獣医師インディ・ヤスの冒険!

家畜伝染病と格闘する獣医師インディ・ヤスさんのブログです。インディ・ヤスさんはロシア・東欧のオタクでもあります。

豚コレラ発生がもう1年も続いている。国も遂にワクチン使用を認める!?

2019-09-26 22:47:43 | 仕事
先週の9月20日(金)に江藤農林水産大臣は記者会見で、豚コレラが発生した県や自民党などの要請を受けて、「現在の豚コレラ防疫指針では、豚コレラワクワクチンの予防的ワクチン接種はできないとされており、これを可能となるように防疫指針の改定作業に着手する」と発表した。これは、昨年9月から続いている豚コレラがこれまでのやり方、すなわち摘発淘汰では終息の目途がたたず、一旦ワクチンを使ってでも豚コレラの発生を抑え込む。そのためには、豚コレラ清浄国から非清浄国に長期間落ちるのもやむを得ない、という積極的な決意表明と思われた。これには私も賛成である。
私が、昨年9月の初発例からのデータを、農水省のプレスリリースを元にまとめたところ、9月22日までに岐阜、愛知、長野、大阪、滋賀、三重、福井及び埼玉の8府県で62農場(関連農場及び関連と畜場を含む)の豚、計143,398頭が淘汰された。ここに至っては、豚コレラワクチンの予防的使用は必要であり、そのために豚コレラ清浄国に戻るのに時間が掛かってもやむを得ない。
上の大臣発表後、ある記者から、「農水省としてもワクチンの接種に踏み切るという考えか。」という質問に対して、江藤大臣の、「ワクチン接種を可能とする環境を整えるということでございます」との返答を聞いて拍子抜けをしてしまった。要するに、「これまでは使用が許されなかった、豚コレラワクチンを使用できるようにしてあげる。どうしても使用したいならば県の責任で使用して下さい。」ということである。「何としても豚コレラを抑え込む」という強い決意表明ではなく、「本当はワクチンを使用させてたくないけど、皆さんがあまり求めるので、仕方ないから使用を認めます」というかなり消極的なものであることが解った。
 何故、国は豚コレラワクチンを使用させたくないか、その理由が農水省のHPの検索で引っ掛かった、「豚コレラワクチンの使用についての検討会議の資料」に記されていた。以下は、その資料の一部である。

資料6、2ワクチン接種のデメリット
※ワクチンを接種した豚群においても、全ての豚が十分な抗体を得るとは限らないことから、野外ウイルスの侵入を許す可能性、また侵入時の感染豚の発見を困難にする。
(1) 緊急ワクチン接種(地域限定)
① 野外感染豚とワクチン接種豚との区別ができないことから、接種豚のトレーサビリティや移動制限等が必要になる。
② 非清浄国となれば、他の非清浄国からの豚肉輸入解禁の圧力が強まる可能性がある。
③ 消費者がワクチン接種豚の購入を控えることなど風評被害が生ずる可能性があり消費への影響が懸念される。
④ 農家の飼養衛生管理水準を向上しようとする意欲がそがれ、アフリカ豚コレラ等の農場への侵入リスクが高まる可能性がある。
(2) 予防的ワクチン接種(全国)
① 野外感染豚とワクチン接種豚との区別ができず、防疫に支障を来す(予防的接種は「特定家畜伝染病防疫指針」で認められていない)。
② 非清浄国となれば、他の非清浄国からの豚肉輸入解禁の圧力が強まる可能性がある
③ 農家の飼養衛生管理水準を向上しようとする意欲がそがれ、アフリカ豚コレラ等の農場への侵入リスクが高まる可能性がある。
④ 長期間のワクチン接種になれば莫大な費用がかかる。
以上から関係者間の合意形成が大前提

(1)は激しい流行を封じ込めるための地域、期間を限定するワクチン使用、(2) は多くの感染症予防に行われている、通常のワクチン使用の場合である。内容はどちらも同じようであるが、私にはどちらも国の役人の、上から目線の内容に思える。農水省主催の会議の資料なのでこのような内容、表現になるのかもしれないが、これでは豚コレラの発生で全頭殺処分され大変な苦痛を強いられた養豚場、いつ豚コレラが侵入してくるか心配で夜もまともに眠れない養豚場の関係者に、豚コレラワクチンを使用しないことを理解して貰うのは無理である。

ところで、今回の豚コレラでは、どうして国が豚コレラワクチンの使用を認めざるを得ないところまで追い込まれたのであろう。言い換えると、豚コレラワクチンを使用せずに済んだ過去の事例とどう違うのか。それについて、8月8日に農水省から出された、拡大豚コレラ疫学調査チームによる、「コレラの疫学調査に係る中間取りまとめ」に記載されてあった。
第一に、今回の豚コレラの原因ウイルスの病原性が過去に我が国で発生した豚コレラのそれより格段に弱いことである。今回の豚コレラウイルスは日本国内に存在したものでなく、中国又はその周辺諸国から持ち込まれたウイルスであることは遺伝子解析から明らかにされている。国内の従前の豚コレラでは、養豚場で豚の大量死が起こるのが普通であったが、今回の豚コレラでは豚の死亡が極めて少ないのである。中間報告では大半の症例で、“いつもとは違う”、食欲不振、呼吸器症状、下痢、流産などが起こり、念のために管轄の家畜保健所に連絡して豚コレラと判明する、という流れであり、豚の死亡は殆ど記載されていない。これでは、豚コレラウイルスが農場に侵入しても解らないで豚の飼育を続け、そのために農場内で増殖した豚コレラウイルスが拡散した可能性が大きい。因みに、上記の諸症状は、普通の養豚場では日常茶飯事のことである。
第二に、今回の中国等から持ち込まれた豚コレラウイルスは、まずイノシシに感染し、イノシシの間で拡がった豚コレラウイルスが養豚場に持ち込まれたと考えられる。このウイルスの病原性が強ければ、感染したイノシシは死亡するためその拡散は防げる。しかし、今回の豚コレラウイルスは病原性が弱いため感染イノシシは死なず、そのまま餌や雌豚を求めて養豚場内に入って農場内に豚コレラウイルスを持ち込んだと可能性がある。さらに可能性が高いのは、感染イノシシがそのテリトリーである、野山、畑などに豚コレラウイルスをまき散らし、そのまき散らされた豚コレラウイルスを捕食したネズミやカラスなどの野生動物が養豚場内に持ち込んだ。又は、まき散らされた豚コレラウイルスが車両や機材に付着して農場内に持ちこまれたなどである。
 以上を一言で言うならば、今回の豚コレラウイルスは病原性が低い、しかし伝染力は強いという、神出鬼没のウイルスである。そのため、従前の豚コレラのような、豚の大量死が起こって家畜保健所に連絡、家畜保健所の検査で陽性と判明したら全頭殺処分、というこれまでの対策では今回の豚コレラの感染拡大を防ぎきれない。その結果、国は豚コレラワクチンの使用を認めざるを得なくなったのである
 今回の豚コレラでは、これまでの想定された疾病と大きく異なっていたため、農水省の対応が後手後手になったことは否めない。一部の新聞はそのことを強く批判している。しかし、本当に批判されなくてはならないのは、今回の豚コレラウイルスが日本国内に入り込む要因となった、中国人観光客への大幅なビザ緩和、中国他からの技能実習生という単純作業労働者を大量に受け入れなど、無責任な入国管理政策ではないか。





本日、定年退職しました。

2019-03-31 20:46:29 | 仕事
 本日、正確には明日の人事発令によりますが、これまで勤めてきた会社を定年退職しました。退職とは言っても、家畜や家禽の伝染病相手の獣医師としての仕事はこれからも続いていきます。「働く現場が変わる」、それだけではありますが、これからの現場はこれまでと異なり、様々なウイルスや細菌の感染症が起こる現場です。当然ながらワクチンが使用できます。
 本来、私は家畜や家禽の感染症の診断と対策を本業として生きてきました。対策については、医薬品メーカーにいたことから、特にワクチネーションによる対策が得意分野です。しかし、この10年間はワクチネーションと無縁に過ごしてきました。と言うのは、この10年間、ワクチンの原材料としてのSPF動物の生産に係わってきたためです。それがやっと終わったということで、今はほっとしています。何故、SPF動物の生産ではワクチネーションが行われないのか、これを記すのは長くなるので後日に回します。
 また、これまでは勤務先への遠慮で書けなかったことをこれからは自由に書けるようになった、と言うことでもあります。これから自分の責任の上で、今、思うことを書いていきたいと思ってします。
 まずは、やっと本来の場所に戻ってきたことをお伝えします。


岐阜市で発生した豚コレラが止まらない。

2019-02-18 22:18:17 | 仕事
 昨年9月、国内では26年ぶりに岐阜市の養豚場で発生した豚コレラが拡がっている。当初、私は小規模の発生で終息すると予想していたが、予想に反して徐々に拡大しており、現在までに岐阜県、愛知県、長野県、滋賀県、大阪府の5府県で発生が確認された。ただし、長野、滋賀、大阪の豚コレラ発生例は、愛知県での1例目の農場が出荷した子豚によるものであり、各府県が早期に発見して防疫措置を行ったおかげで各発生農場からは被害が拡がっていない。
 一方、岐阜県での豚コレラの被害拡大は、これまでの疫学的調査でイノシシが関与したものであることが判明しており、これまでに死亡と捕獲を含め岐阜県で152頭、愛知県では10頭のイノシシで豚コレラウイルスの感染が確認されている。

 今回の豚コレラ発生に対する国の防疫対策会議の報告書によると、
1.原因ウイルスは、最近、中国やモンゴルで流行している豚コレラウイルスと遺伝子的には極めて近縁である。このタイプのウイルスは我国ではこれまで存在しておらず、中国大陸から入って来たことは明らかである。
2.第1例は、昨年9月3日に豚コレラの疑いで報告、翌日確定されたが、8月時点ですでに豚コレラは当該農場で発生していた。この農場での豚コレラウイルスの侵入はイノシシが関与した可能性がある。
3.第2例目は、第1例目の農場とは長良川を挟んでかなり離れた、岐阜市畜産センター公園内であった。第1例目の発生後、この畜産センター公園内及びその近くで豚コレラに罹って死亡したイノシシが発見されている。
4.さらに、岐阜市ではイノシシの死亡が昨年は8月までに畜産センター公園付近を中心に23頭も確認されており、これは例年の年間死亡頭数の3~4倍である。
5.岐阜市畜産センター公園は山の麓に位置し、岐阜市民の憩いの場であり、バーベキューパーティーなども行える。
 上の項目1が気になって政府統計で県別の在留中国人数を調べたところ、岐阜県は在住中国人が多い方ではあるものの、他県と比べて特別多いとも言えなかった。しかし、技能実習生で見るとその数は愛知県と共に突出して多かった。このことは、経済的に豊かではなく、高度な知識技能を持たない中国人が岐阜県にはかなり多く住んでいることを意味している。以上を合わせて次の仮設を立ててみた。

 中国から豚コレラウイルスが汚染した豚肉、又はその肉を原材料とした加工食品が違法に日本国内に持ち込まれて岐阜市に運ばれた。中国から持ち込んだのは技能実習生か、彼らの家族、友人かは判らない。郵送されて入って来た可能性もある。いずれにしても豚を含む偶蹄類の肉及びその加工品を中国から日本国内に入れることは法律で禁止されている。
 この中国から入ってきた豚肉や食品を岐阜市畜産センター公園に持ち込んでバーベキューなど飲食を行った後、その残飯を持ち帰らず畜産センター公園内に捨てた。捨てられた残飯をイノシシが食べて豚コレラウイルスに感染してイノシシの間で感染を拡げていったのであろう。さらに、豚コレラウイルスが感染したイノシシの一部が養豚場に入り込んでその養豚場の豚に豚コレラウイルスを感染させて豚コレラが発生した。

 この仮説は可能性の一つに過ぎないが、何故、日本にいないはずの豚コレラウイルスによる豚コレラが岐阜市の養豚場を初発として拡がっているのか、それを説明できる有力な推論と思のだが。果たして真実は如何に。

コレラ、豚コレラ、そしてアフリカ豚コレラ

2018-09-20 22:42:13 | 仕事
コレラは昔から有名な人の感染症で細菌の一種であるコレラ菌(Vibrio cholerae )が起こす重篤な伝染性疾病である。豚に似たような名前の病気が二つあり、一つは豚コレラ、もう一つはアフリカ豚コレラである。両方ともウイルスによる感染症であり、従って共に人のコレラとは全く関係ないが、両方とも豚への病原性が極めて強く畜産分野では非常に危険な感染症である。この豚の“二つのコレラ”が今問題になっている。
 豚コレラは、かつて日本でも多くの養豚場で発生していた疾病であり、私が学校を出て就職した頃は養豚場では豚コレラのワクチンが普通に使われていた。その原因病原体は、フラビウイルス科ペスチウイルス属の豚コレラウイルスで、この科のウイルスはRNA型のウイルスである。日本脳炎ウイルスは同じ科に含まれる。
 豚コレラについて、我国では過去30年に、まずは徹底したワクチネーションで発生を抑え、発生がなくなった都道府県から段階的にワクチネーションをやめて発生した場合は発生農場の豚を全頭殺処分し、そして平成12年には豚コレラワクチンの使用を全国的に禁止する、というやり方で日本国内から豚コレラウイルス撲滅を行ってきた。その結果、平成4年の熊本県の事例を最後に野外ウイルスの感染による豚コレラの発生はなくなった。
 しかし、残念ながら先日の9月9日、岐阜県のある小規模の養豚場で26年ぶりに豚コレラが発生した。今のところ続発事例はなく幸い小規模な被害で済みそうである。
 一方のアフリカ豚コレラは我国では発生したことがない。その原因病原体は、アスファウイルス科アスフィウイルス属のアフリカ豚コレラウイルスで、こちらはDNA型ウイルスである。原因ウイルスの核酸から解るように、豚コレラとアフリカ豚コレラは全く別の豚の伝染病である。このアフリカ豚コレラによる被害が世界で拡がっている。
 もともとアフリカ豚コレラはアフリカ大陸のサハラ砂漠より南の地域で発生していた疾病でアフリカの風土病の一つと考えられていた(少なくとも私はそう教わった)。それが過去10年、特にこの3,4年の間に中東欧諸国からロシアに及ぶユーラシア大陸の広大な地域でアフリカ豚コレラの発生が相ついている。そして、アフリカ豚コレラが今年8月に中国でも発生した。
 余計な世話だと思ったが、我国の農水省が発表した中国でのアフリカ豚コレラの発生を一覧表で整理してみた。中国では8月3日の遼寧省(りょうねいしょう)瀋陽市での初発から9月18日までに24養豚場でその発生が確認されている。これらの農場が限定的な特定地域に集まっているのであれば大きな心配はない。しかし、本病発生農場は、遼寧省、河南省、江蘇省、浙江省、安徽省、黒龍江省、内モンゴル自治区と広大な地域に渡っており、しかも短期間に発生している状況が分かった。これでは中国政府はお手上げではなかろうか。実際、初発から数例までは発生後の防疫対策、具体的には発生農場を含む制限地域内の殺処分頭数が報告されていたが、途中から防疫対策が殆ど示されなくなっている。多分、広大な地域(日本全土がすっぽり入るぐらいの)に渡って次々にアフリカ豚コレラが発生しているのであろうと推察している。
 我々は、中国でのアフリカ豚コレラの大発生を、“対岸の火事”と見てはおれない。その火の粉が日本に飛んでこないように、何としてもアフリカ豚コレラウイルスの日本国内への侵入を防がねばならない。

アフリカでまたエボラ出血熱ですか。今回はワクチンでコントールできると良いけど。

2018-05-19 00:53:15 | 仕事
ゴールデンウイーク後の5月14日、世界保健機関(WHO)は、コンゴ民主共和国(旧ザイール)の赤道州の数か所の農村でこの4月13日から5月10日までの間に39人がエボラ出血熱を疑う症状を発症し、うち19人は死亡したとの発表を行った。さらに本日の新聞によると、赤道州の州都で人口約100万の大都市であるムバンダカでもエボラ出血熱の患者が見つかったとのこと。このムバンダカは交通の要所であり、首都のキンシャサからも近くて交通の往来が激しい。人口は約900万人のキンシャサにエボラ出血熱が入ると大変な事態なることは容易に想像できる。
 ただ、今回のエボラ出血熱の発生は、2014年から2016年にわたって、シエラレオネ、リベリア、ギニアの3か国で大発生した時とは大きな違いがある。実は、正式には未だ認可されていないが、試験ではエボラ出血熱に対して十分な有効性を示したワクチンが用意されているのである。
 我国の厚生労働省によると、コンゴ民主共和国では昨年5月にもエボラ出血熱が発生し、WHOはその対策として試験ワクチンの使用を計画したが、ワクチンの用意ができるまでに病気が終息した。もし、今回のエボラ出血熱がさらに広がるようであれば、WHOは試験ワクチンを使用する可能性が大であり、本ワクチンを開発してきたメルク社としては臨床試験が行える絶好の機会である。
 私としては、本ワクチンがエボラ出血熱の予防に大きな効果を示すことを大いに期待している。ただし、本ワクチンも他のワクチンと同様に冷房保存が必要らしく、流通のコールドチェーンが未発達なこの国で、試験ワクチンが本来の効果を示すためには克服しなければならない課題も多く、楽観は全くできないらしい。