ジャガイモ警察
登録日:2018/04/09 Mon 01:54:52
更新日:2021/07/14 Wed 12:56:44NEW!
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ジャガイモ ジャガイモ警察 ファンタジー プロギャラリー リアリティ 中世 創作 史実厨 批判 異世界 考証 自警団 設定厨 警察 近世 近代 野暮なツッコミ
ジャガイモ警察とは、ファンタジー世界に警笛を鳴らす警察官、いや自警団のことである。
特に異世界モノ小説が氾濫する小説家になろうで多く見られる。
その歴史は古く、元祖ハイファンタジー小説である「ホビットの冒険」「指輪物語」の頃には既に存在しており、教授の頭を悩ませていたとされる*1。
●目次
【はじめに ~ジャガイモの来歴と「中世ヨーロッパ」とは~】
【で、問題なの?】
◆ファンタジーだし、既に交流路があってジャガイモも普及しているんだよ派
◆ファンタジー世界の生態系では、ドラゴンや怪鳥によってジャガイモという種が海を超え運ばれ普及しているんだよ派
◆そのファンタジー世界ではジャガイモは南米原産じゃないよ派
◆異世界から持ち込まれた品種だよ派
◆生活レベルは中世じゃなくて近世だよ派
◆「その世界におけるジャガイモっぽい植物をジャガイモと訳しているだけ」だよ派
◆そもそも「その世界の主食は『タロイモ』だ」と言われてその異世界に行きたいのか?という話派
【類似例】
◆科学技術、文化全般
◆メートル法
◆時間・暦
◆マナー
【総論】
【補足】
【はじめに ~ジャガイモの来歴と「中世ヨーロッパ」とは~】
ジャガイモというのは元々南米原産の作物である。
インカ帝国など中南米では比較的一般的な作物で、スペイン人による南米侵略の際にヨーロッパに持ち出された。16世紀のことと推測されている。
だが、この当時のジャガイモは「見知らぬ国の珍しい植物」であり、植物学者以外はそもそも存在を知らないものだった。当然、食べ物としても扱われていない。
おおよそ17世紀後半ごろにようやく救荒作物として徐々に栽培されることが広がるようになっていったが、完全にメジャーな作物となるのは18世紀になってからと考えられている。
そして、中世とは歴史上の時代区分の一つ。
地域や学派によって対象になる期間は様々だが、「中世ヨーロッパ」とは概ね西ローマ帝国の滅亡(西暦476年)から15世紀頃*2までを指す。
15世紀頃に中世が終わってからの時代区分は、ルネサンス期に「今はもはや中世ではない」と感じた当時の人々が考え出した区分である「中世→近代」と、
後世にその区分に限界を感じた学者が創出した「中世→近世→近代」という区分、大きく分けてこの2つの説がある。
現在は後者が主流で、ヨーロッパ史においては16世紀~18世紀の期間は一般的に「近世」と扱われる。
……で、この知識を前提にして、次のような描写を読んでいただきたい。
ここは異世界。生活レベルは概ね中世ヨーロッパ程度。人々の主食は、ジャガイモだ。
この一節に対し、
「中世ヨーロッパにジャガイモはない。この表現は明らかに間違いである」
このようなことを声高に指摘する人々のことを揶揄して、「ジャガイモ警察」と呼ぶのである。
【で、問題なの?】
別にファンタジー世界に「ジャガイモ」を登場させることは間違いではない。
「なんで中世ヨーロッパ風なのにジャガイモが普及しているのか?」を説明すれば、ジャガイモ警察だって納得する。
だがそんな配慮が特にない 作品の方が圧倒的に多いのは事実である。
ぶっちゃけそんな細かい設定まで考えるのは面倒くさい。
そういう作品はジャガイモ警察の格好の餌食となる。
「中南米原産の植物が、大航海時代以前の中世ヨーロッパに普及しているわけがない。これは間違いである」となるわけだ。
ぶっちゃけ「面倒くさい読者」の代表例であり「設定厨」と揶揄されることも多い存在だが、一応読者は読者なので完全に無視するわけにもいかず、作者からすると対処に困る相手ともいえる。
ただし、「読んでて明らかに感じる矛盾」を無視するのも作者の態度としてどうか、という一面もある。この辺はもう「作風と読者の相性」としか言いようがないところもあるが。
特にリアル寄りなファンタジーを書く場合は「時代考証」という側面もあるので、気にせざるを得ない部分も大きい。
そういうのが面倒くさい作者は、以下のような解釈から好きなものを選んで作品に取り入れることになる。
仮に面倒くさくなくてもこういった要素全てにつっこみ&解説を入れると大量の説明がクドクドと並ぶわけで…
そうなると本末転倒だし、丁寧に書いたつもりが最悪ただの尺稼ぎとしか思われないため、程度はともかくとして妥協も必要であることが分かる。
◆ファンタジーだし、既に交流路があってジャガイモも普及しているんだよ派
魔法世界だし、中世程度でも既に中南米(向こうの世界における)とも交流ができているのかもしれない。
そもそも違う歴史を歩んでいるはずなので、作中の歴史にもよるが普及していたところで異常ではない。
◆ファンタジー世界の生態系では、ドラゴンや怪鳥によってジャガイモという種が海を超え運ばれ普及しているんだよ派
現実世界で鳥の糞などから植物の種が運ばれるように、ファンタジー世界では雑食のドラゴンや怪鳥の糞からジャガイモの種が運ばれたのかもしれない。
◆そのファンタジー世界ではジャガイモは南米原産じゃないよ派
そもそも南米(向こうの世界における)から持ち帰るまでもなく、その世界ではすでにヨーロッパ風の国に存在していて、古くから主食として親しまれていることもあるかもしれない。
こちらも上と同じく違う歴史(以下略)
◆異世界から持ち込まれた品種だよ派
南米原産じゃないよ派の亜種で、主に異世界転移物で見られるパターン。
主人公以前にも異世界人が訪れていたという世界観なら、過去に何かしらの形で現代の物品が持ち込まれて既に普及していたとしても不思議でも何でもない。
作品によってはそれ自体が伏線になっているパターンも。
◆生活レベルは中世じゃなくて近世だよ派
中世というワードを出すから突っ込まれるのであって、そこは「近世」もしくは「近代」と表記すれば問題ないはず、という解決策。
ただしこちらは ジャガイモ以上のツッコミどころを増やすことになりがち なので、近世ヨーロッパ「風」などとあえてボカす方が賢明。
中世もそうであるように、 近世の文化や風習全てに精通している 者など居ないと断言して良い。仮に西欧世界に限定したとしても範囲が広すぎて無茶な話である。
民族・国(地方)・時代などが異なれば文化も異なってくるのだから。
そのため完全に矛盾しないように描写することは歴史学者であっても困難であり、日本人にとって馴染み深い日本文化ですら同じことが言える。
また、「近世」という言葉自体、歴史オタクや歴史の授業を真面目に聞いて覚えている者にとっては常識であっても、
一般的なファンタジー読者にとっては「知らない学術用語」でしかなく 、直感的に理解してもらえないこともある。
◆「その世界におけるジャガイモっぽい植物をジャガイモと訳しているだけ」だよ派
大量にオリジナル名詞を出しても読者が混乱するだけなので、似たようなものは似たようなものに置き換えてしまう。という理屈。
一番手っ取り早くて細かな説明も要らず、ジャガイモに限らず大体の物事に使える。
ただし、現実的なファンタジー世界で安易に入れると色々混ざって矛盾が生じたりなど、大変になる可能性もあるにはある。
◆そもそも「その世界の主食は『タロイモ』だ」と言われてその異世界に行きたいのか?という話派
誰だって異世界というのは「行ってみたい」と思わせてくれる所に行くのが良いだろう。ハードな世界観の異世界でハードボイルドに生きるのもありだが、どうせ自分が行くならメシが美味くて風光明媚な異世界に行きたい。だから、「異世界でもジャガイモ食べたいよね。なんだったら肉とニンジンと玉ねぎがあれば、香辛料があればカレーが、醤油さえ作れれば肉じゃがが作れるなぁ…。」と異世界で「ふるさとの味」を再現する事に思いを馳せるためにジャガイモは必要なのだ。
【類似例】
◆科学技術、文化全般
「スパゲッティをフォークで食べる」といった描写も、スパゲッティ用のフォークが開発されたのが18世紀に入ってからである。
中世ヨーロッパではスパゲッティは手づかみで食べていた。
他にも下水道に関しては中世ヨーロッパでは汚物はそのまま道に撒いており、それによって疫病やペストの流行を招き、本格的に下水整備がされたのは産業革命期以降である。
もっとも、汚水を流す下水路は古代ローマなど大昔にも存在してるので、道に撒いていた時代が異常だったとも言えなくもない。*3
それに糞尿が道に撒かれているファンタジー世界を描写されても作品自体の魅力を損なうだけだし、最悪作者の頭やら品性やらの心配をされるだけでしかない可能性すらある。
そんなこんなでそういう設定だとしても、あえて描写する必然性がなければデメリットでしかない。
美少女の糞尿が2階からバラ撒かれるのに興奮する?病院行こうか
ベルサイユのばらは史実のフランスが舞台なので王侯貴族はお城でゴージャスに暮らしているが平民は糞尿が道に撒かれている貧民街に暮らしている。
インフラをもっと整備していれば、フランス革命は起きなかったかもしれない…。
そのほか、同じ時代でも国によってまちまちな文化も多い。
例えば入浴に関しては、キリスト教では場所や時代による違いも大きいが中世までは入浴を良くないものとしていることが多く*4、特に中世フランスでは水や湯を浴びることは良くないと広く信じられていた模様*5。
一方でキリスト教圏内やお風呂の形態に限定しなければ各地に普遍的にあったり、同じ中世ヨーロッパでも場所によっては公共浴場は存続していたり、公共浴場は廃れても個人風呂はある場合もあったりする。
お風呂嫌いのイメージが強い中世フランスでもマリー・アントワネットは母国のオーストリアで入浴の習慣があったため、久しく使われていなかったらしいヴェルサイユ宮殿のバスタブで入浴しているなど、一概に「この時代・地方にはあった/なかった」といいきれない。
まあこの辺は魔法とかがあればどうにかなる範疇ではあるが、
◆メートル法
かなり扱いが面倒くさい例。
元々1メートルの定義は「地球の子午線の一千万分の一」だったので 地球以外の世界でメートル法が発達する確率は非常に低い のだ。
そういう意味ではジャガイモ以上に取り扱い注意だったりする。
オリジナル単位に置き換えてしまう(1m=1○○とするのが楽)のも手だが、これはこれで読者を混乱させて想像しにくくなる。
例えばアニメ『聖戦士ダンバイン』では「メット(m)」、「ルフトン(t)」という元の単位と似た言葉を使っている。
「ヤード・ポンド法のフィートを使う」というのも一手。フィートは元々は人の足の大きさに由来する単位であり、「人間型生物が主体である」というだけで概ね共有した感覚で扱える。
ただ、日本じゃフィートを含めたヤードポンド法は珍しくていずれにせよピンと来ないという欠点がある
頻繁に必要になるのでもなければ、地の文で○メートル相当などと表記することも多い。
実のところ、『進撃の巨人』ではメートル法が重要な伏線だったりする。
◆時間・暦
「1日は24時間、1年は365日」の方を変えるのはさほど面倒ではない。だが、「30分」などの正確な単位を作中でどう表すか、となるとこれが厄介である。
そもそも昔はそこまで厳密な時間測定方法が必要とされていなかったので、「大体2時間」ぐらいならまだしも「10分」とか「30分」を作中で矛盾なく表現するのは結構難しい。
また「8月は夏で2月は冬」というのもあくまで地球の北半球の話なので、そのまま異世界に持っていくと違和感が出る。
実際オーストラリアではサンタクロースはサーフィンに乗ってくるし。だからと言って「4月は夏!」のように分かりづらいオリジナル設定を盛り込めばいいというものでもない。
こちらの回避方法としてはゲーム「タクティクスオウガ」のように完全オリジナルの月の数え方を使った独自の暦にしてしまうという手がある。
これも現実換算で表記してます。などとした方がシンプルで分かりやすいことは言うまでもない。
◆マナー
マナーというのはその世界の歴史に根差しているものなので、魔法が当たり前に存在する世界では、その辺りの常識も細かく違ってくる可能性がある。
例えば、フィンガーボウル。洋食では当たり前のマナーである。 でも、みんなが洗浄魔法を使えるような世界なら、自分で手を洗う方がマナーに沿っているかもしれない 。
そういうことを考えずに万能な魔法とごく当たり前のヨーロッパ風マナーを混在させると、かえって妙な違和感が生まれることもある。
【総論】
色々書いたが、基本的には「フィクションなんだから気にする必要はない」というのが大勢の意見であろう。
そもそも大抵は中世ヨーロッパと似た文化の異世界を舞台にしているだけで、史実の中世ヨーロッパが舞台になっているわけではない。
「この世界ではこうなんです」と言ってしまえばそれまでの問題でもある。大抵の人はそれで納得する。
また、ジャガイモに注目して問題視するような読者はごく一部に限られるし、
ノンフィクションの料理や歴史漫画やジャガイモがメインの漫画などでもなければ、至極どうでもいい要素である。
ツッコミが入るからってただジャガイモやその代替要素の説明を細かく入れたところで、何かあるわけでもない。
せいぜいジャガイモ警察がジャガイモをつっこめなくなって興味を失う程度である。
もちろんそこら辺りの説明も 適度に することで世界観に深みが増すということもあり得るだろう。
「どこまで考え、どこから適当にするか?」というところも作者の個性が光るともいえる。
【補足】
なお、実際の中世ヨーロッパで主食となっていたものは「麦」である。
概ね、キュケオーンオートミールのポリッジ(麦粥)や、パンとして食べられていた。
パンは小麦を使った現代の白パンを食べられていたのは上流階級だけで、一般市民は荒いふるいのライ麦で作られた黒いパンを食べていた。(ハイジの白パンに思いを馳せよう。)
パンは作り置きするため日持ちする様に表面が固く(言うまでもなくフランスパンの先祖)、スープにつけて食べられていた。
また、衛生環境的に水は好まれず*6、ワインやビールが飲み物として好まれた。
ただし今私達が飲んでいるようなものを飲めたのは貴族など上流階級の人々だけで、庶民は二搾目、三搾目のほぼアルコールの無い代物だったという。
追記・修正警察だ!
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最終更新:2021年07月14日 12:56
*1 ただし設定上、中つ国は太古のヨーロッパそのものであり、「何で大昔のヨーロッパにジャガイモとトマトがあるんだよ」と言われるのは仕方ない面もある。
*2 中世の終わりをいつにするかは様々な意見があるが、一例としては西ローマ帝国の滅亡と対置して、東ローマ帝国(ビザンツ帝国)が滅亡した1453年を中世の終わった年とする場合がある。
*3 こうなったのは中世諸国はローマ帝国ほどインフラ管理を行える国力が無かったことが大きいので、インフラ維持が可能な国力のある国家なら問題ないと思われる。
*4 入浴マナーが衰退してニャンニャンする者などが増えたり、それらから逆に伝染病の温床になった可能性も高いなど、衰退するに値する現実的な問題もあるにはあった。
*5 その結果、体臭を消すための香水が発達した
*6 これまた古代ローマ時代に上水道が完備されていた時代は普通に水も飲めていた。それ以降は今から100年ほど前までは煮沸した水以外は飲めるものではなかった。例えばイギリスで紅茶が庶民にも広まったのは、不衛生な産業革命期の都市部では生水が飲めないために煮沸して紅茶で香りづけしたうえで上で飲む必要があったからだという説もある。
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ジャガイモ ジャガイモ警察 ファンタジー プロギャラリー リアリティ 中世 創作 史実厨 批判 異世界 考証 自警団 設定厨 警察 近世 近代 野暮なツッコミ
ジャガイモ警察とは、ファンタジー世界に警笛を鳴らす警察官、いや自警団のことである。
特に異世界モノ小説が氾濫する小説家になろうで多く見られる。
その歴史は古く、元祖ハイファンタジー小説である「ホビットの冒険」「指輪物語」の頃には既に存在しており、教授の頭を悩ませていたとされる*1。
●目次
【はじめに ~ジャガイモの来歴と「中世ヨーロッパ」とは~】
【で、問題なの?】
◆ファンタジーだし、既に交流路があってジャガイモも普及しているんだよ派
◆ファンタジー世界の生態系では、ドラゴンや怪鳥によってジャガイモという種が海を超え運ばれ普及しているんだよ派
◆そのファンタジー世界ではジャガイモは南米原産じゃないよ派
◆異世界から持ち込まれた品種だよ派
◆生活レベルは中世じゃなくて近世だよ派
◆「その世界におけるジャガイモっぽい植物をジャガイモと訳しているだけ」だよ派
◆そもそも「その世界の主食は『タロイモ』だ」と言われてその異世界に行きたいのか?という話派
【類似例】
◆科学技術、文化全般
◆メートル法
◆時間・暦
◆マナー
【総論】
【補足】
【はじめに ~ジャガイモの来歴と「中世ヨーロッパ」とは~】
ジャガイモというのは元々南米原産の作物である。
インカ帝国など中南米では比較的一般的な作物で、スペイン人による南米侵略の際にヨーロッパに持ち出された。16世紀のことと推測されている。
だが、この当時のジャガイモは「見知らぬ国の珍しい植物」であり、植物学者以外はそもそも存在を知らないものだった。当然、食べ物としても扱われていない。
おおよそ17世紀後半ごろにようやく救荒作物として徐々に栽培されることが広がるようになっていったが、完全にメジャーな作物となるのは18世紀になってからと考えられている。
そして、中世とは歴史上の時代区分の一つ。
地域や学派によって対象になる期間は様々だが、「中世ヨーロッパ」とは概ね西ローマ帝国の滅亡(西暦476年)から15世紀頃*2までを指す。
15世紀頃に中世が終わってからの時代区分は、ルネサンス期に「今はもはや中世ではない」と感じた当時の人々が考え出した区分である「中世→近代」と、
後世にその区分に限界を感じた学者が創出した「中世→近世→近代」という区分、大きく分けてこの2つの説がある。
現在は後者が主流で、ヨーロッパ史においては16世紀~18世紀の期間は一般的に「近世」と扱われる。
……で、この知識を前提にして、次のような描写を読んでいただきたい。
ここは異世界。生活レベルは概ね中世ヨーロッパ程度。人々の主食は、ジャガイモだ。
この一節に対し、
「中世ヨーロッパにジャガイモはない。この表現は明らかに間違いである」
このようなことを声高に指摘する人々のことを揶揄して、「ジャガイモ警察」と呼ぶのである。
【で、問題なの?】
別にファンタジー世界に「ジャガイモ」を登場させることは間違いではない。
「なんで中世ヨーロッパ風なのにジャガイモが普及しているのか?」を説明すれば、ジャガイモ警察だって納得する。
だがそんな配慮が特にない 作品の方が圧倒的に多いのは事実である。
ぶっちゃけそんな細かい設定まで考えるのは面倒くさい。
そういう作品はジャガイモ警察の格好の餌食となる。
「中南米原産の植物が、大航海時代以前の中世ヨーロッパに普及しているわけがない。これは間違いである」となるわけだ。
ぶっちゃけ「面倒くさい読者」の代表例であり「設定厨」と揶揄されることも多い存在だが、一応読者は読者なので完全に無視するわけにもいかず、作者からすると対処に困る相手ともいえる。
ただし、「読んでて明らかに感じる矛盾」を無視するのも作者の態度としてどうか、という一面もある。この辺はもう「作風と読者の相性」としか言いようがないところもあるが。
特にリアル寄りなファンタジーを書く場合は「時代考証」という側面もあるので、気にせざるを得ない部分も大きい。
そういうのが面倒くさい作者は、以下のような解釈から好きなものを選んで作品に取り入れることになる。
仮に面倒くさくなくてもこういった要素全てにつっこみ&解説を入れると大量の説明がクドクドと並ぶわけで…
そうなると本末転倒だし、丁寧に書いたつもりが最悪ただの尺稼ぎとしか思われないため、程度はともかくとして妥協も必要であることが分かる。
◆ファンタジーだし、既に交流路があってジャガイモも普及しているんだよ派
魔法世界だし、中世程度でも既に中南米(向こうの世界における)とも交流ができているのかもしれない。
そもそも違う歴史を歩んでいるはずなので、作中の歴史にもよるが普及していたところで異常ではない。
◆ファンタジー世界の生態系では、ドラゴンや怪鳥によってジャガイモという種が海を超え運ばれ普及しているんだよ派
現実世界で鳥の糞などから植物の種が運ばれるように、ファンタジー世界では雑食のドラゴンや怪鳥の糞からジャガイモの種が運ばれたのかもしれない。
◆そのファンタジー世界ではジャガイモは南米原産じゃないよ派
そもそも南米(向こうの世界における)から持ち帰るまでもなく、その世界ではすでにヨーロッパ風の国に存在していて、古くから主食として親しまれていることもあるかもしれない。
こちらも上と同じく違う歴史(以下略)
◆異世界から持ち込まれた品種だよ派
南米原産じゃないよ派の亜種で、主に異世界転移物で見られるパターン。
主人公以前にも異世界人が訪れていたという世界観なら、過去に何かしらの形で現代の物品が持ち込まれて既に普及していたとしても不思議でも何でもない。
作品によってはそれ自体が伏線になっているパターンも。
◆生活レベルは中世じゃなくて近世だよ派
中世というワードを出すから突っ込まれるのであって、そこは「近世」もしくは「近代」と表記すれば問題ないはず、という解決策。
ただしこちらは ジャガイモ以上のツッコミどころを増やすことになりがち なので、近世ヨーロッパ「風」などとあえてボカす方が賢明。
中世もそうであるように、 近世の文化や風習全てに精通している 者など居ないと断言して良い。仮に西欧世界に限定したとしても範囲が広すぎて無茶な話である。
民族・国(地方)・時代などが異なれば文化も異なってくるのだから。
そのため完全に矛盾しないように描写することは歴史学者であっても困難であり、日本人にとって馴染み深い日本文化ですら同じことが言える。
また、「近世」という言葉自体、歴史オタクや歴史の授業を真面目に聞いて覚えている者にとっては常識であっても、
一般的なファンタジー読者にとっては「知らない学術用語」でしかなく 、直感的に理解してもらえないこともある。
◆「その世界におけるジャガイモっぽい植物をジャガイモと訳しているだけ」だよ派
大量にオリジナル名詞を出しても読者が混乱するだけなので、似たようなものは似たようなものに置き換えてしまう。という理屈。
一番手っ取り早くて細かな説明も要らず、ジャガイモに限らず大体の物事に使える。
ただし、現実的なファンタジー世界で安易に入れると色々混ざって矛盾が生じたりなど、大変になる可能性もあるにはある。
◆そもそも「その世界の主食は『タロイモ』だ」と言われてその異世界に行きたいのか?という話派
誰だって異世界というのは「行ってみたい」と思わせてくれる所に行くのが良いだろう。ハードな世界観の異世界でハードボイルドに生きるのもありだが、どうせ自分が行くならメシが美味くて風光明媚な異世界に行きたい。だから、「異世界でもジャガイモ食べたいよね。なんだったら肉とニンジンと玉ねぎがあれば、香辛料があればカレーが、醤油さえ作れれば肉じゃがが作れるなぁ…。」と異世界で「ふるさとの味」を再現する事に思いを馳せるためにジャガイモは必要なのだ。
【類似例】
◆科学技術、文化全般
「スパゲッティをフォークで食べる」といった描写も、スパゲッティ用のフォークが開発されたのが18世紀に入ってからである。
中世ヨーロッパではスパゲッティは手づかみで食べていた。
他にも下水道に関しては中世ヨーロッパでは汚物はそのまま道に撒いており、それによって疫病やペストの流行を招き、本格的に下水整備がされたのは産業革命期以降である。
もっとも、汚水を流す下水路は古代ローマなど大昔にも存在してるので、道に撒いていた時代が異常だったとも言えなくもない。*3
それに糞尿が道に撒かれているファンタジー世界を描写されても作品自体の魅力を損なうだけだし、最悪作者の頭やら品性やらの心配をされるだけでしかない可能性すらある。
そんなこんなでそういう設定だとしても、あえて描写する必然性がなければデメリットでしかない。
美少女の糞尿が2階からバラ撒かれるのに興奮する?病院行こうか
ベルサイユのばらは史実のフランスが舞台なので王侯貴族はお城でゴージャスに暮らしているが平民は糞尿が道に撒かれている貧民街に暮らしている。
インフラをもっと整備していれば、フランス革命は起きなかったかもしれない…。
そのほか、同じ時代でも国によってまちまちな文化も多い。
例えば入浴に関しては、キリスト教では場所や時代による違いも大きいが中世までは入浴を良くないものとしていることが多く*4、特に中世フランスでは水や湯を浴びることは良くないと広く信じられていた模様*5。
一方でキリスト教圏内やお風呂の形態に限定しなければ各地に普遍的にあったり、同じ中世ヨーロッパでも場所によっては公共浴場は存続していたり、公共浴場は廃れても個人風呂はある場合もあったりする。
お風呂嫌いのイメージが強い中世フランスでもマリー・アントワネットは母国のオーストリアで入浴の習慣があったため、久しく使われていなかったらしいヴェルサイユ宮殿のバスタブで入浴しているなど、一概に「この時代・地方にはあった/なかった」といいきれない。
まあこの辺は魔法とかがあればどうにかなる範疇ではあるが、
◆メートル法
かなり扱いが面倒くさい例。
元々1メートルの定義は「地球の子午線の一千万分の一」だったので 地球以外の世界でメートル法が発達する確率は非常に低い のだ。
そういう意味ではジャガイモ以上に取り扱い注意だったりする。
オリジナル単位に置き換えてしまう(1m=1○○とするのが楽)のも手だが、これはこれで読者を混乱させて想像しにくくなる。
例えばアニメ『聖戦士ダンバイン』では「メット(m)」、「ルフトン(t)」という元の単位と似た言葉を使っている。
「ヤード・ポンド法のフィートを使う」というのも一手。フィートは元々は人の足の大きさに由来する単位であり、「人間型生物が主体である」というだけで概ね共有した感覚で扱える。
ただ、日本じゃフィートを含めたヤードポンド法は珍しくていずれにせよピンと来ないという欠点がある
頻繁に必要になるのでもなければ、地の文で○メートル相当などと表記することも多い。
実のところ、『進撃の巨人』ではメートル法が重要な伏線だったりする。
◆時間・暦
「1日は24時間、1年は365日」の方を変えるのはさほど面倒ではない。だが、「30分」などの正確な単位を作中でどう表すか、となるとこれが厄介である。
そもそも昔はそこまで厳密な時間測定方法が必要とされていなかったので、「大体2時間」ぐらいならまだしも「10分」とか「30分」を作中で矛盾なく表現するのは結構難しい。
また「8月は夏で2月は冬」というのもあくまで地球の北半球の話なので、そのまま異世界に持っていくと違和感が出る。
実際オーストラリアではサンタクロースはサーフィンに乗ってくるし。だからと言って「4月は夏!」のように分かりづらいオリジナル設定を盛り込めばいいというものでもない。
こちらの回避方法としてはゲーム「タクティクスオウガ」のように完全オリジナルの月の数え方を使った独自の暦にしてしまうという手がある。
これも現実換算で表記してます。などとした方がシンプルで分かりやすいことは言うまでもない。
◆マナー
マナーというのはその世界の歴史に根差しているものなので、魔法が当たり前に存在する世界では、その辺りの常識も細かく違ってくる可能性がある。
例えば、フィンガーボウル。洋食では当たり前のマナーである。 でも、みんなが洗浄魔法を使えるような世界なら、自分で手を洗う方がマナーに沿っているかもしれない 。
そういうことを考えずに万能な魔法とごく当たり前のヨーロッパ風マナーを混在させると、かえって妙な違和感が生まれることもある。
【総論】
色々書いたが、基本的には「フィクションなんだから気にする必要はない」というのが大勢の意見であろう。
そもそも大抵は中世ヨーロッパと似た文化の異世界を舞台にしているだけで、史実の中世ヨーロッパが舞台になっているわけではない。
「この世界ではこうなんです」と言ってしまえばそれまでの問題でもある。大抵の人はそれで納得する。
また、ジャガイモに注目して問題視するような読者はごく一部に限られるし、
ノンフィクションの料理や歴史漫画やジャガイモがメインの漫画などでもなければ、至極どうでもいい要素である。
ツッコミが入るからってただジャガイモやその代替要素の説明を細かく入れたところで、何かあるわけでもない。
せいぜいジャガイモ警察がジャガイモをつっこめなくなって興味を失う程度である。
もちろんそこら辺りの説明も 適度に することで世界観に深みが増すということもあり得るだろう。
「どこまで考え、どこから適当にするか?」というところも作者の個性が光るともいえる。
【補足】
なお、実際の中世ヨーロッパで主食となっていたものは「麦」である。
概ね、キュケオーンオートミールのポリッジ(麦粥)や、パンとして食べられていた。
パンは小麦を使った現代の白パンを食べられていたのは上流階級だけで、一般市民は荒いふるいのライ麦で作られた黒いパンを食べていた。(ハイジの白パンに思いを馳せよう。)
パンは作り置きするため日持ちする様に表面が固く(言うまでもなくフランスパンの先祖)、スープにつけて食べられていた。
また、衛生環境的に水は好まれず*6、ワインやビールが飲み物として好まれた。
ただし今私達が飲んでいるようなものを飲めたのは貴族など上流階級の人々だけで、庶民は二搾目、三搾目のほぼアルコールの無い代物だったという。
追記・修正警察だ!
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最終更新:2021年07月14日 12:56
*1 ただし設定上、中つ国は太古のヨーロッパそのものであり、「何で大昔のヨーロッパにジャガイモとトマトがあるんだよ」と言われるのは仕方ない面もある。
*2 中世の終わりをいつにするかは様々な意見があるが、一例としては西ローマ帝国の滅亡と対置して、東ローマ帝国(ビザンツ帝国)が滅亡した1453年を中世の終わった年とする場合がある。
*3 こうなったのは中世諸国はローマ帝国ほどインフラ管理を行える国力が無かったことが大きいので、インフラ維持が可能な国力のある国家なら問題ないと思われる。
*4 入浴マナーが衰退してニャンニャンする者などが増えたり、それらから逆に伝染病の温床になった可能性も高いなど、衰退するに値する現実的な問題もあるにはあった。
*5 その結果、体臭を消すための香水が発達した
*6 これまた古代ローマ時代に上水道が完備されていた時代は普通に水も飲めていた。それ以降は今から100年ほど前までは煮沸した水以外は飲めるものではなかった。例えばイギリスで紅茶が庶民にも広まったのは、不衛生な産業革命期の都市部では生水が飲めないために煮沸して紅茶で香りづけしたうえで上で飲む必要があったからだという説もある。