YOSHIの果てしない旅(人々との出会い、そして別れ)

ソ連、西欧列車の旅、英国滞在、欧州横断ヒッチ、イスラエルのキブツ生活、シルクロード、インド、豪州大陸横断ヒッチの旅の話。

オーストリアの旅~ドイツ人を唸り飛ばす

2021-08-13 08:32:26 | 「YOSHIの果てしない旅」 第4章 西ヨーロッパ列車の旅
・昭和43年8月13日(火)晴れ(ドイツ人を唸り飛ばす)
*参考=オーストリアの1シリングは約14円(1Gloschenは約14銭)

 夜の車中、半袖シャツにカーデガンでは、とても冷えた。セーターを日本から持って来るか、或は、物価の安いスペインかイタリアでセーターを買えば良かった、とつくづく思った。
 始発のローマから一緒に乗った金髪の女性は他の男性と知り合って他の車両へ移動してしまったが、その代わりに途中駅から乗車して来たアメリカ人女性が同じ座席に座るようになった。前の女性よりこのテキサス女性の方が気安く、好みのタイプであった。夜、座席で寝る事になった私が彼女の足を抱く様な状態になり、寒いので都合よかったし、彼女も強いて拒否しなかった。
 ウィーン駅到着後、私は列車時刻表が何処にあるのか、駅構内をうろついていたらトイレへ行きたくなった。大の方なので戸を開けて入ったら、落書きが一杯書いてあった。中には芸術的(?)なそのものズバリ(性器や性交の絵)の落書きもあった。『洋の東西関係なく、用を足しながら落書きを書くものだなぁ』と変に感心した。
用を足した後、それでは私もその作品に参加しようと考えていたら、急に清掃係のおばちゃんが戸を開けてしまった。それにしても用を足した後なので良かったが、鍵を掛け忘れた自分が悪かったのだ。お陰で(芸術)作品を書き損じてしまったが、つまらない事をしなくて良かった。有料だとは知らずに入ってしまい、出てからおばちゃんに1.5シリング(21円)請求されてしまった。有料なのに一杯落書きがあるのは、ヨーロッパのトイレでここだけであった。管理を四六時中しているのに、落書きを如何して消さないのか。色々考えさせるトイレであった。
 夜、ユースで30人程のベッドがある部屋で皆が寝ているのに、5~6人がドイツ語で話をしていたのでドイツ人であろう一団が遅くまで固まって大声を上げて喋っていた。その内に彼等も寝るであろうし、さもなければ誰かが注意をしてくれるであろう、と思っていた。しかしなかなか話を止めないし、誰も注意をしなかった。時計を見たら真夜中の1時30分を過ぎていた。
旅先で友達同士、知らない旅人同士が多いに語り合うのは良いが、やはり時間や場所柄等をわきまえる事が必要であろう。とうとう私は頭に来て、「ばかやろう、貴様等何時まで騒いでいるのだ。時計を見ろ。早くベッドへ行って寝ろ。このドイツ人ヤロウ!」と怒鳴り飛ばしてやりました。そうしたら、誰だか分らないが英語圏の人、多分アメリカ人かカナダ人が「そうだ、そうだ」と私の注意に賛同して言ってくれた。それから直ぐ彼らは静かになり、皆が寝る事が出来た。