YOSHIの果てしない旅(人々との出会い、そして別れ)

ソ連、西欧列車の旅、英国滞在、欧州横断ヒッチ、イスラエルのキブツ生活、シルクロード、インド、豪州大陸横断ヒッチの旅の話。

ロンドンの旅~(その2)ヴィクトリア駅で捜し回る

2021-08-24 16:23:17 | 「YOSHIの果てしない旅」 第5章 イギリス
△ロンドンのヴィクトリア駅にてシーラと会う 挿絵  By M.Yoshida

(その1)からの続きです。
 Dover(ドーバー)駅から再び列車に乗り換えた。列車はロンドンのVictoria(ヴィクトリア)駅に向かって田園の中をひた走った。私は乗車中、シーラに会えるのか如何か、どんな出逢いになるか、思案しているとハートがバクバクするのでした。
 そして終に、ほぼ定刻通りの午後7時35分、ロンドンのヴィクトリア駅に到着した。シーラには既に知らせてあるように、私は列車から下車したらその場を動かず、万が一の為に昨日作った『Sheila Morgan』と書いたプラカードを高く掲げ、胸をドキドキさせながら彼女が現れるのを待った。彼女は必ず私の手紙を受け取っているはず、そしてきっと迎えに来ている、と信じていた。
 お互いに初めて会うのだから、写真を交換したその顔だけが頼りであった。実際に実物と写真では見方によって大分違うので、分るかどうか不安であった。一周り見渡しただけでも、このプラットホームに東洋人は、私だけであるから分る筈だ。既に他の乗客は下車し、プラットホームからその姿はなくなり、私だけがホームに取り残された状態であった。不安が募り、10分、20分と時間だけが過ぎて行った。
 上野や東京から比べたらこのヴィクトリア駅構内は、それほど広くなかった。私はプラカードを高く掲げ、もう一方の手でトランクを提げ、恥ずかしさと荷の重さで暑くないのに汗をかきながら、今度は駅構内を捜し歩いた。何人も振り返って私を見た。中には、「どうしたんだ」と言ってくれる人も居た。私は一々説明せず無視した。念頭にあるのは、彼女を捜し出す事だけであった。
30分を過ぎた頃には、不安で一杯になって来た。『今日はもう会えないのであろうか。パリから出した手紙は、確かに届いたのであろうか。何か手違いがあったのではないか』等、色々な事を考えてしまった。彼女の住所を知っているので明日、彼女が住んでいる所へ行けば会える事は確かなのだ。何も今、会えないからと言って不安や心配する必要はないのだ、とも思った。
 既に時刻は、午後8時10分近くになっていた。とりあえず今日の泊まる所を確保しなければならないので、構内にインフォメイション・オフィス(案内所)があったので、そこに行ってペンションの予約を取る事にした。
予約を取った後、中年女性のスタッフに事情を話したらその彼女は、「駅の方に話して、アナウンスをしてもらってはどうか」とアドバイスをしてくれた。
私は、ヨーロッパの駅・列車内に於いて案内放送をしていないのは承知していたが、イギリスは分らないのでお願いしてみる事にした。
案内所近くの2階に駅事務室があると教わった。私は階段を上って駅事務室へ行き、ドアをノックした。出て来た駅員に、「私は日本からシーラ モーガンさんに会いに来ました。約束の時間を既に過ぎて、30分以上捜しているのですが、まだ会えないのです。どうかシーラ モーガンさんの呼び出しをお願いします」とお願いした。
「残念ですが、呼び出しはしていません」と駅員。
「駄目ですか。わざわざ日本から来たのです。お願いします」と私。
「申し訳ないが、出来ません」とあっさり断られてしまった。
システム上出来ないのか、呼び出し業務をしていないのか、いずれにしても仕方なかった。後日分ったのだが、イギリスもやはり何処の駅でも構内放送、列車の案内放送をしていないのであった。
 仕方なく、再び駅構内に出てプラカードを掲げ、「シーラ、シーラ」と呼びながら捜し歩いた。皆がジロジロと私を見た。恥ずかしいやら情けないやら、胸中は複雑な心境であった。      
 7年間文通して来てやっとシーラに会う為、ロンドンに遣って来たのに彼女の出迎えもないのか。非常に残念であった。諦めの気持で引き返し、トランクを預けてある案内所へ戻ろうとした。すると、若い女性が私の前面に来て立ち止まり、そして、その女性が不意に、「私、シーラです」と言ったのです。私はただ、「Are you Sheila Morgan?」と聞き返すのがやっとで、後は何も言えなかった。 
「Yes」と彼女が言った。その瞬間、私は彼女に抱きついてしまった。そしてお互いに抱き合い、会えた事の喜びを確かめ合った。彼女から伝わる温もり、香水の香りとシーラの匂い感じながら一瞬の間であったが、彼女は私の胸の中に居たのでした。
彼女の友達(Miss. Mairwen)からシーラを紹介され知り合うようになって7年間、お互いに文通を続けて来たのだ。その過程の中で個々に於いては色々な事があったが、終にこうしてやっと会えたのだ。私は何も言えない感じであった。 
シーラを良く見るとミニスカートが良く似合い、スラットして美人であった。
「私の送った手紙は届いたのだね。40分位シーラを捜して、今日はもう会えないと思った」と私。
「私がここに居る事が届いた証拠よ、Yoshi。私も随分と捜し廻りました。もう、今日は貴方に会えないから、帰ろうかなと思っていたのよ」とシーラ。
「そうでしたか。どうしてお互いに会えなかったのでしょう。手紙に書いた通り、列車が到着し、下車した場所から私は動かずに貴女を待っていたのです。なかなか貴女が来ないので、駅構内を随分捜し歩きました。今日、私は貴女が来てくれないのかなと思い、諦めかけていました」と私。
「でも、こうして会える事が出来て、本当に嬉しいです。Yoshiは長旅で疲れているでしょう。何処か泊まる所を予約してあるのですか」
「先程、ペンションを予約しました」
「そうですか。それでは私がそこまで連れて行ってあげましょう」
案内所の女性スタッフが特別に預かってくれたそのトランクを受け取りに、シーラと共に行った。
「トランクを預かっていただき、有り難うございました。お陰様で友達に会う事が出来ました」とお礼を述べた。
「会えて良かったですね。どうぞロンドン滞在を楽しんで下さい」とその女性スタッフは言ってくれた。その女性スタッフと言うのは、私がイギリスに来て初めて言葉を交わした人だった。
 それから私とシーラはUnderground(『アンダーグランド』と言ってロンドンの地下鉄)を乗り継いで、ペンションの最寄り駅へ行った。
それにしても、ギリギリセーフでシーラに会えて本当に良かった。私の今までの人生でこんな劇的な出会い、出来事があったであろうか。そして、想像していた以上の綺麗なシーラが私の隣に居るのだ、と地下鉄に乗りながら思った。
 宿泊最寄り駅は、ヴィクトリア駅からそんなに遠い感じではなかった。ペンションも簡単に見付かり、泊まる手配は直ぐ出来た。宿泊代は1泊1ポンドと少々、私にとっては高い感じがしたが、2泊する事に決めた。前払いであったが、ロンドンに来ての初めての支払いで金の計算方が分らず、所持金を示しその中からマダムに取って貰った。何だかマダムに余計取られた様な気がしたが、シーラが付いていたのでそんな事はないだろうと信じた。
 マダムはある部屋にベッドが5つある、その1つを案内した。私の隣は田舎から出て来たイギリス青年、他に3人居た。私とシーラのカップルが珍しいのか、我々は彼等の注目の的になってしまった。 
「シーラ、これは世界的に有名なソニーのトランジスターラジオです。貴女にお土産です」と言って、秋葉原で買って持参して来たラジオを手渡した。シーラは大変喜んでくれました。彼女は以後、大事に使ってくれたのでした。余談ですが8年経ったある時、Yoshiがプレゼントしてくれたラジオは、まだ調子が良いよ、と手紙が来た事があった
 午後の10時近くになっていたが、まだ会ったばかりで何処かコーヒーでも飲みに行こうと言う事で、我々は近くのカフェ店へ出掛けた。
カフェ店で“私の旅の事(彼女は旅の途中で送った絵葉書を大変喜んでくれた)、明日のロンドン観光の事等を話し合った。シーラから、「これがあると、とても便利だから」と言って、公共交通の案内、観光案内等が記されているロンドンの地図本を頂いた。以後、この本は大変役立った。 
所で、私の英会話力の無さで、彼女の話し方が早すぎて(実際は早くないのだ。聞き取れないから早く感じたのだ)聞き取れなかったり、言っている事が分らなかったりして、コーヒーを飲みながらシーラと会話を楽しむと言う訳には行かなかった。いずれにしても、私の英会話力の無さを暴露してしまった。
彼女からすれば、『何年も文通をして来たので、私が上手く英語を話せるであろう』と思っていたに違いない。しかし私自身その事は、最初から承知していたし、私の英会話力については、既に前もって彼女に伝えてあった。彼女は自分の思っている事、伝えたい事を私が分るように話す、と言う事を理解する事が大事なのであった。
大分夜も遅くなって来た。明日、この店の前で10時に待ち合わせして、それからロンドン見物することを約束して、今夜はこれにて別れる事になった。
 私はベッドの中に入ってからも今日の出来事が頭の中を駆け回り、興奮して眠りに付くのが遅かった。