父が送ってきた本は当時話題になっていた尿療法に関する本であった。
『奇跡が起こる尿療法ー勇気さえあれば、治らなかった病気が治る』
中尾良一 編 1990年発売
1990年代の初頭、上記の本をきっかけに
尿療法はマスコミにも取り上げられ健康雑誌などでは何度か特集が組まれたと思う。
医師中尾良一氏は、日本での尿療法の周知、普及に半生をかけた方だ。
上記の本出版後、90年代に何冊か本を出された。
尿療法はミレニアムを超える頃まで民間療法のマニアックな例としてそれなりに知られていたが
氏が2002年に亡くなった後は、シンボリックなリーダーを失った為か
表立って話題に上がる事もほとんどなくなった。
私はその本の題名を見て「これはオシッコを飲むやつだ」と
TVで見た事のある健康法だと思い当たった。
電話をしようか迷っていると、頃合いを見計らったように
父から電話がかかってきた。
父は私の痛みの辛さを気にかけて、いろいろ民間療法や健康法を調べてくれていたらしく
今もあるが当時から有名だった『壮快』『安心』といった雑誌に載った
尿療法の記事を読んでこの本を買ったらしかった。
父は尿療法の理論的な説明をした後
「お前は理屈で納得出来れば良いだろうからまずは本を読んでみろ。」と言った。
私は当然の事ながら父が尿療法を試してみたかを聞いてみた。
父の答えは「わしは今はまだ健康だからやってない。」という予想どうりの答えであった。
そして
「これ以上薬に頼る事が出来ないのなら一度試してみたらどうだ
戦争に行く覚悟に比べたら、ションベンを飲むくらい容易いだろう。」
と大正生まれの決め台詞を言った。
私には父が提案した健康法に苦い記憶があった。
片頭痛で苦しんでいた時、頭のてっぺんにお灸をすると
とてもよく効くという話を聞きこんできて私に勧めた。
お灸についてはとにかく悪い印象しか持っていなかった。
昔のお婆さんたちはよくお灸をしたが、その跡はケロイドのようになっていたりして
だいたいが、子供の頃悪さをするとお灸で焼かれて辛かった話を父自身から聞いていたから
とてもではないが、頭頂部が禿になりそうで尚且つ熱くて辛いお灸をする事は
片頭痛の痛みを天秤にかけても思春期の私にはとてもする気になれなかった。
父はお灸をしないと言った私に「勇気が足りない」というような事を言い。
その事は当時の自分の劣等感をより一層刺激した。
私は「本を読んで納得がいったら実践してみるかもしれない」
と言って電話を切った。
そうは言っても私には選択肢は残されていなかった。
本当にもう後がないと思い悩んでいた時であったから
今回は父の勧めに素直に向き合おうと思い早速本を読んでみた。
『奇跡が起こる尿療法』の内容は思った以上に理論的で体験談も納得が出来るものであった。
なにより『尿療法』の効果の中で一番私の目を引いたのは
その鎮痛効果だった。
自排尿は鎮痛剤として有効だと書いてあり、
何よりそれが一般の薬と違って体への負担が全く無いという事であった。
父が電話口で説明してくれたとうり
お金はいっさい掛からず全ては自分のオシッコを飲むという生理的な嫌悪感を
いかに克服できるかという一点にかかっていた。
手術後の痛みは、筋肉の縫合部はもちろん、ボルトの挿入部や関節内部の痛みも激しかった。
仕事の後はもちろん、雨が降る前に気圧が下がり始めると決まって
関節の奥深くが錐で刺すように痛んだ。
私にはもう『尿療法』を拒む理由は無くなっていた。
そして覚悟を決めた次の日の朝、
本に書いてあるとおり自身の尿を一気に飲んでみた。
『尿療法』を実行してから3日が過ぎた頃だった
朝いつもどうり目を覚ますといつになく気持ちよかった。
なんとなくいつもとの違いを感じ体を動かした。
手術以来、眠っている時以外片時も放れなかった痛みは
魔法のように消えていた。
⑦に続く