ひとしきりして二人の触診が終わったので私は改めて指導医の先生に診断を聞いた。
ドラマの有能な女医のイメージそのままの
壮年の溌剌とした生命力と経験からくる自信に満ちた声が診察室に響いた。
「膠原病の自己免疫疾患と癌の両方の可能性があります。
今現在の症状は朝の筋肉のこわばりや手足の浮腫みからリウマチと症状が似ていますが
血液検査の結果からはリウマチ由来の炎症であるかは今のところ認められません。
リウマチ性多発筋痛症と症状がほぼ一致しますが、
あなたの年齢での発症はあまり例はありません。
原因を調べる為ともしもの時に手遅れにならない為に
一通りの癌の検査をする事を推奨します。」
と簡潔に述べ、後はまかしたという感じで私と担当医に目礼をして来た時と同じように
指導医は颯爽と去っていった。
二人きりになり担当医は癌の検査をする根拠として、
血尿と尿細胞診検査が陽性である事を上げた。
それが癌由来のものであるか他の病に由来するかを最優先で調べなければならないと。
私は最初の問診で持病として腎臓結石を上げていたので、ここ最近の病と体力の衰えから
併発しているかもしれないと思ったが、兄が癌で死んでいる事実は
医者が癌を疑うのには十分な理由ではあった。
そして担当医は今後の予定として
膠原病系と癌の両方の検査をしてゆき日常生活が困難なほど症状が悪化したら
症状の緩和の対処療法としてステロイドを使う事になるだろうと告げた。
そして、今日はとりあえず痛み止めをどうするかと聞かれた。
私は担当医との問診の時に発症時痛風の勘違いをして、自身の信じる民間療法で
ひと月ほど頑張った話をリスクを覚悟で正直に話した。
子供の頃から様々な医者に掛かってきた経験上、
大半の医者は科学的な根拠のない民間療法など信じていないどころか
侮蔑の対象のように認識していると感じていた。
医者との会話でそのような事を持ち出せばほとんどの医者は気分を害して
何しにここに来たという態度をとられるのが常であった。
しかし受付への私のクレームに対しての若い担当医の冷静な対応を見て
私はその若さにかけて何故西洋医学を信用せず民間療法を信じたかを正直に話をした。
十代の片頭痛は西洋医学は何も役に立たなかった事。
三十代で経験した外傷の後遺症の慢性的痛みに西洋医学の鎮痛剤が効かなかった事。
そしてその時藁をも掴む思いで始めた民間療法でその痛みがうそのように消えた事実。
しかし今回はその療法をもってしても痛みが改善しなかったと。
私が「ロキソニンなどの鎮痛剤はお話したとおり自分には効かないので痛み止めはいらないです。」
と本音で答えると
担当医は「わかりました。」とだけ言い次回の検査の予約の話をして診察を終えた。
診察室を出ると待合のフロアーには人はいなかった。
ロビーに出て膠原病科の受付でカルテを渡すと
「今の時間では通常の会計機での清算は出来ないので
〇番窓口に書類と呼び出し機を出して会計をして下さい。」と言われた。
初診の総合受付の奥にある会計の窓口では、
昼間とは明らかに少ない職員が時間と戦っている様子を隠しもしないでいた。
正面玄関近くのロビーは昼間の喧騒が嘘のように、人影もまばらだった。
十分も経たないうち名前を呼ばれ会計を済ましバス停に向かった。
バスのフロントガラス越しに
私鉄の駅に向かうテールランプの車の流れを見ながら
注射針の先の容器に勢いよく流れ込む血液の鮮やかな赤を
ぼんやりと思い出していた。
⑤に続く