松竹時代の成瀬巳喜男監督1933(昭和8)年のサイレント映画「夜ごとの夢」(64分)「君と別れて」(72分)を、池袋の新文芸坐で観る。「夜ごと~」は港町のカフェで働くシングルマザーが、息子を育てながら自立して生きていく困難さを描いたドラマ。「君と~」は、家族を養うため芸妓になった若い女性と先輩芸者の一人息子との恋と苦悩を描いたもの。
成瀬監督3年目の作品だが、すでに30本近い作品を撮っていて、「夜ごと~」では当時のトップ女優である栗島すみ子が主演を務めている。また、「君と~」の若い芸妓を演じた水久保澄子は、若いころの浅丘ルリ子を思わせるかわいらしさで、すっかりファンになってしまった。
両作品で成瀬監督は、様々な撮影技法を試しているかのようで、そのショットが何か生々しい高揚感をもって観るもの刺激してくるのである。「夜ごと~」の父親役斎藤達夫の強盗、逃亡から始まる後半のスピード感のある目まぐるしいカット割り、鏡、橋、水、階段といった成瀬的な主題の展開。「君と~」の電車内の座席に並んだ男女二人を正面からとらえたショットと、その二人を車外からとらえる切り返しの見事さ。光と影のドイツ表現主義的な使い方などなど、2本で2時間ちょっと。最近の映画は2時間を退屈に過ごすことも少なくないが、充実した映画体験だった。
今回の上映は、澤登翠、片岡一郎が弁士。また「夜ごと~」は古賀政男作曲「ほんとうにそうなら」が主題歌になっている。これは赤坂小梅のデビュー曲で、古賀初の三味線歌謡だった。もちろんサイレントなので実際に音は出ないわけだが、おそらく松竹とコロンビアのタイアップ企画だったのだろう。今回の上映では、タイトルのバックミュージックとしてこの歌が使われていたが、歌詞の内容も曲調も映画の内容には全く合わなかった。また、明治製菓もタイアップしているらしく「夜ごと~」では無職の父親の靴底の穴を子供が明治キャラメルの箱で繕う場面や、「君と~」では、電車の中で芸妓の娘と学生が明治チョコレートを分け合う場面があって、かなり露骨なプロモーションが展開されているのがおかしかった。(お菓子だけに)
サイレント映画に弁士がつくというのは日本の独特の文化で、今回は弁士50年のベテラン澤登翠と弟子の片岡が演じた。弁士もいわば伝統話芸として継承していくことはよいことだが、僕はサイレント映画を観るためには、むしろ不要という立場だ。
当日は、中央の席はほぼ満席で、年配の方が多かった。恐らく弁士の話芸を楽しみにしてきた方も多いだろう。しかし、どうしても弁士の口上に引っ張られるし、強制されるのが煩わしいとも感じた。無声で観たかったかな。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます