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アーリントン墓地(2014アメリカno2)

2014-07-12 | アメリカ

 

 アメリカ合衆国見聞の始まりです。ワシントンDCからポトマック川を渡って、 ヴァージニア州はアーリントン墓地に向かいます。日本からの贈り物「さくら」は、この川のどちらの岸辺を彩るのでしょうか。4月中頃であればその答えは明瞭でしょうが。

 国立墓地の案内板。とはいっても面積は3平方キロ、30万もの墓標。どう探せば目的の墓地にたどり着くのでしょう。でもその心配はいらないのでした。インフォメーションで氏名を入力してもらえば、たちどころに教えてくれるそうです。 この墓地は南北戦争の戦没者を悼んで、南軍のリー将軍の住居周辺につくったのがスタートだったという。その後第一次世界大戦からベトナム戦争を経て最近では湾岸戦争でしょうか。現在でも戦没者や軍人、さらにはテロ犠牲者などアメリカのために尽くした人たちが祀られているといいます。

 墓標には、戦った戦争の名前や階位などが刻まれているといい、後に妻や子供が加わっていくそうです。 一番手前の墓標には第一次世界大戦1896.2.14の文字が見えます。

 

 

 お葬式といっていいのかなあ・・・ 制服姿の軍人さんでしょうか、埋葬のお手伝いをしていました。ここに埋葬できる人は本人と家族の意向次第とのことですが、「埋葬に足る用件(どんな用件か知りません)を満たしていない」ことが発覚すれば、墓は撤去され遺体をお引き取りいただくとのことです。

 

 永遠の炎が揺らぐJFケネディのお墓です。左右にお子さんの、真ん中、こちら側から見れば右にケネディ、左にジャクリーン婦人が眠っているのです。確かジャクリーン婦人は、いつの日かどなたかと再婚していたはずだけど、ここに埋葬されているということは・・・と、いらぬことが気にかかる。

 「アメリカがあなたのために何をしてくれるかではなく、アメリカのために何ができるかを考えてください」 大統領就任時のあの有名な文言が刻まれていると思ったのにそうではないらしい。それは、次の写真、お墓の周りのこの大理石に書き連ねてあったのかもしれない。

 小高い丘の上のケネディの墓から遠くワシントン記念塔が見えています。もう少し撮影場所を選べば、リンカーン記念館が見えたかもしれない。 大統領は軍の最高司令官なのでこの墓地に埋葬される権利があると言いますが、この墓地内に祀られているのはケネディと他にもう一人の大統領だけだそうです。さてなぜでしょうか。 

 ロバート・ケネディのお墓。 弱冠42歳で大統領指名選の最中に暗殺されたという。兄が46歳、何とも不幸な兄弟と言うほか無いのですが、銃社会の怖さを思い知らされます。ケネディが大統領を続けていたら、そして、もし弟も大統領になっていたらアメリカ国はどんな姿に演出されていたでしょうか。6歳ぐらいの時お父さんが凶弾に倒れたのでしょうか。そのお嬢さんキャロラインが今駐日アメリカ合衆国大使として日本にいらっしゃる。一層JFKが身近に感ぜられてなりません。

 

 奥に見えるのが、ロバート・ケネディの墓の上に見えた南軍のリー将軍の邸宅。とにかく広い墓地。墓地の見学って奇妙ですが、やはり観光地なのです。この墓地の中を観光シャトルバスが巡り回っています。前方の3台はそのバスでしょう。

 無名戦士の墓。私たちはここを訪れてはいません。よそ様の画をお借りして掲載させていただきました。外国からの要人がここに献花される姿をよく目にします。日本にいらした国賓に、日本国政府はこんな時どちらへご案内するでしょうか。広島へいらっしゃった方は原爆慰霊碑の前にたたずむでしょうが。まさか「靖国神社へ」とは言えないでしょう。

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