
うさちゃんの島。
噂どおり、かわいいうさちゃんがいっぱい

生野菜の方が喜ぶよ!って言われたけど
その通りでした

驚いたことに
島にやってくる多くの人が
エサを持ち込んでいました
子供の頃に1、2度海水浴に行きましたが
今とは全然様子が違っていました
今日、大久野島に行ったのは
父が
18歳の頃、この島の毒ガス工場で働いていました
いつか一緒にここを訪れたいと思っていました
やっと実現しました

毒ガス資料館で
一生懸命に話に耳を傾けました
オットもそうです
18歳の若い身で
真夏に全身ゴム製の防毒着を着たら
すぐに汗でベチャベチャになるよ
そりゃあ耐えれたもんじゃあないと
もう70年近くも前のことです
そのあと
飛行機の整備兵になり
最後はシベリアで抑留されたのです
戦争のこと。あまり多くを語ってくれませんが
聞いたことにはきちんと答えてくれます
たしかに聞いてもよくわからないけれど
聞いておかないといけないと思うのです
もうそんなに多くの時間は残されていませんけど
今からでも遅くはないかな?と思います
母も一緒に黙って聞いていました
父が今日のことをどう思ったのかはわかりません
ひょっとして
嫌な思い出を思い起こさせたのかも知れません
それでも私は一緒に行ってみたかったのです