大阪府北部に住む私は関西を中心にいろいろなところを歩いてきました。しかし北大阪からは距離的にも近い「京都」。伏見や石清水八幡宮など周辺は歩きましたが「祇園」や「金閣」「銀閣」などいわゆる京都の中心部にはまだ足を踏み入れていません。理由は3つあります。
1つ目。私の「歩紀」には一応ちょっとしたテーマがあるのですが、何といっても京都は世界的な観光地であり歴史の町です。たとえば「祇園を歩く」などのようなテーマで足を踏み入れたものの、とても1日で足早には走り抜けられないほどの「質量」があります。安易にテーマを決めることができないのです。
そして2つ目。「インバウンド」です。コロナ禍を挟んだインバウンドの波で京都は大変なことになっています。しかしこれはいつかは解消されるでしょう。何も「いつかは廃れるだろう」というような悪い意味ではありません。法や制度が整備されるとともに受け入れ側のインフラも整い、また訪れる観光客のマナーも向上して京都は本当に落ち着いた素晴らしい観光地になると思います。
最後3つ目です。私ももう年です。今は馬鹿みたいに長い距離や炎天下に歩いたりしていますが、もうそろそろ足腰の衰えを感じ始めています。そうなれば以前の「南丹」や「奥琵琶湖」のようにマイカーを利用した歩紀に移行すると思います。しかし京都には車で踏み入ることはできません。またいずれ運転免許も返納することになるでしょう。
そこで「京都」です。私の家からであれば電車・バスで十分に日帰り往復ができます。交通機関も整っています。そしてそのころには隠居の身。平日観光も可能でしょう。一日「一寺」「一社」でもいい。杖でもついて「京都歩紀」をしようと思います。酒でも吞みながら。その日のために残しておきましょう。
1つ目。私の「歩紀」には一応ちょっとしたテーマがあるのですが、何といっても京都は世界的な観光地であり歴史の町です。たとえば「祇園を歩く」などのようなテーマで足を踏み入れたものの、とても1日で足早には走り抜けられないほどの「質量」があります。安易にテーマを決めることができないのです。
そして2つ目。「インバウンド」です。コロナ禍を挟んだインバウンドの波で京都は大変なことになっています。しかしこれはいつかは解消されるでしょう。何も「いつかは廃れるだろう」というような悪い意味ではありません。法や制度が整備されるとともに受け入れ側のインフラも整い、また訪れる観光客のマナーも向上して京都は本当に落ち着いた素晴らしい観光地になると思います。
最後3つ目です。私ももう年です。今は馬鹿みたいに長い距離や炎天下に歩いたりしていますが、もうそろそろ足腰の衰えを感じ始めています。そうなれば以前の「南丹」や「奥琵琶湖」のようにマイカーを利用した歩紀に移行すると思います。しかし京都には車で踏み入ることはできません。またいずれ運転免許も返納することになるでしょう。
そこで「京都」です。私の家からであれば電車・バスで十分に日帰り往復ができます。交通機関も整っています。そしてそのころには隠居の身。平日観光も可能でしょう。一日「一寺」「一社」でもいい。杖でもついて「京都歩紀」をしようと思います。酒でも吞みながら。その日のために残しておきましょう。