人が死ぬとこの世とあの世の境となる川に至る。これは仏教に限らず他の宗教観にもあるようです。・・ほんとにあるのかもしれませんね。
しかし、次から次へと人は死ぬのに受け入れできるのでしょうか? 過密社会?
どうやら心配いらないようです。
死んだ時点で物質的なものは消滅しますが、スピリチュアルな部分は残るそうです。
そして前世の“原因”をもとに来世への“結果”が決まる、・・死の時点で初期化されて生まれ変わっていくのです。
ただ、うそかほんとか時折初期化漏れや不完全初期化で前世の記憶が残ったままの人がいるなんて聞きますね・・・
この生まれ変わりが輪廻、輪廻は苦と捉え生まれ変わりのサイクルから脱する境地が解脱というそうです。
輪廻の象徴エンドレスノット、エターナルノットとも
年末、キリスト教は七面鳥を食べて祝うようですが、仏教は殺生を認めません。
お肉はおいしいのに・・少子化というのは、前世で肉食べて人に生まれ変われないからかも・・?
精魂を傾けて肉を作る人達は“殺す”とは言わないそうです。“玉を割る”ですかね・・? “賜る”んです。頂いた命は大切にし、決して粗末にしません。
他の命なしには生きていけない・・人は罪深いものです。その点聖人面したいなど ”あろうわけががない” なんですが、テレビの大食い番組というのは大嫌いです。
過剰摂取、無駄・・そして同じ口で “世界中の飢餓に苦しむ人に・・”的なことを言うなよ。どうなの・・ と言いながら自身好き勝手飲み食いしてたりして・・うい〜ひっく!
などと、明日は除夜の鐘を聞きながら身を正し、お屠蘇で良い年を迎えることとしましょう。
・・あっ、お酒を飲むことは不飲酒戒(ふおんじゅかい)の破戒になるそうです。良いところに生まれ変わらない・・あちゃ~
年明けからがんばろうと・・ もうアウト?
だけどふところの深い仏様のことです、きっと抜け道もご用意いただいていることとお祈りします。
みなさま良いお年を!