伊勢崎、ロンドンバスの裏にある、ブラジル人経営の”ボンバー”で11時ごろから、踊ります。みなさん遊びに来て下さい。
彼とお会いしたのは数年前のあるお店。私の踊りに気前よくチップをくれた。それから、私のスタジオに中国人の友達や日本人の男や女の友達を連れてきたり、私のステージを見にきてくれたり、していた。彼が肺がんで入院したのを知ってから高崎から車で一時間の彼のいる病院に行った。もう命があと一か月半と言われたと私に電話がきた。彼が死んだと聞くまでに私は、玄米のおかゆをもって、7回行った。彼はカッコよく死にたいと言った。私はそのつど一時間くらいしか、いられなかった。が、いつ行っても彼はひとりぼっちだった。お葬式も身内だけですまされていた。紳士であり、人につくし、仁徳のある人だった。でも私から見て、娘さんも、元奥様もいるのに、いない最後だった。朝ごみを出しながら、前の洗濯屋の奥様と話をした。そんな仁徳のある人が、さみしい死に方をするのは、きっと先祖に問題があったんだよ。そして、もし自分がつらい死に方をしても、精一杯人につくし、美しく生きていればきっと子供や孫、子孫につながって行くと思うよ~。すごい”明言”朝からいい話。彼はある日カッコよく死にたいと言った。そんな極限の時に、美学を語る彼は、ほんとうに、紳士でかっこ良かった。