旅先で知り合ったイタチさんが、「うちに来なよ」と誘ってくれる。 気が進まなかったけれども、イタチさんにお招きいただくことなんか滅多にあることではないので、ぼくは将門煎餅を手土産に、イタチさんちを訪ねる。 丘の上に建つその家は、とても豪奢で、ぼくは一瞬で気後れしてしまう。 そう云えば、以前、旅先で出会ったときの彼の立ち振る舞いに、どことなく生まれつき備わっているらしい気品のようなもの感じたこ . . . 本文を読む
見晴らしのいい、高いところからなら、あなたを見つけることができるかもしれない--
そう思って屋根の上にあがってみたけど、あなたの姿はどこにも見当たらない。あなたはいったいどこに行ってしまったのですか?
--そうか、そういうことか……
ぼくはもう、それがたとえ遠くからだったとしても、あなたのことを見つめることは許されないんですね……。
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ぼくは、立食パーティーに出席している。 ふと、会場の隅に、1ヶ月前ぼくをフッた女性がいることに気づく。 ぼくはいたたまれなくなって、会場を飛び出した。 駅前の本屋に寄る。 今日は、毎月買っている雑誌の発売日。 会社帰り、学校帰りらしき人で店内は混んでいる。 その客たちは皆、自分よりも背が20センチ以上は高く、ぼくは不安になる。 そして、やはりいたたまれなくなってしまい、目当ての雑誌も買わず . . . 本文を読む
駅までの道のりを小走りに行く途中、みすぼらしい掘っ建て小屋が眼に留まる。こんなところにこんなものがあったなんて、今まで気がつかなかった。 仕事に遅れそうなことも忘れ、ジロジロと観察していると、このぼろぼろな掘っ建て小屋と、その傍らにたたずむ自分を俯瞰的に見た図が頭に浮かび、そしてそれがまたひどく自然な風景であることに、ぼくは嬉しくなってしまう。 ぼくはこの小屋に馴染んでいる…& . . . 本文を読む
近所の水牛の子どもを誘い海へ出た。 この子は、学校に馴染めず、3ヶ月くらい前から不登校らしい。 いい気分転換になるといいのだけれど…。 陸を離れて30分ほど経ったころ、ぼくは訊いてみた。 「毎日、おうちで何してるの?」 少し間を置き、 「お絵描き」 と、彼は答えた。 ふいに生ぬるい風が肌にまとわりつくのが気になりはじめ、ぼくは上着を脱ぐ。 水牛の子どもは、じっと水平線を見つ . . . 本文を読む
1人で絵を描いているのが、ぼくにはお似合いだと思う。 考えてみれば、子どもの頃もそうだった。 病弱で内気で、家のなかでばかり遊んでいる子だった。 1人で絵を描き、1人で考え事ばかりしていた。人と関わると必ず傷ついていた。 今も、そのころと、なにも変っていない気がする。 …けれど、 子どもの頃には未来があった。 今は病弱で内気な自分も、将来は自分のイメージする真っ当な . . . 本文を読む