マヨの本音

日本の古代史から現代まで、歴史を学びながら現代を読み解く。起こった出来事は偶然なのか、それとも仕組まれたものなのか?

アブラハムのお種はどうなったの?

2010年04月10日 09時39分10秒 | 古代史
よくわかりもしないのに旧約聖書の世界を楽しんでいる。もちろん原書ではなく、「憎悪の呪縛」を読みながらではあるが・・・・。
で、こんなことが書いてある。創世記のなかで、アブラムは妻サライを連れてファラオのいるエジプトへ入る。そして美しい妻を妹と偽りファラオの王宮へ入れることになった。とりあえず、いくら美しいからといって王宮へ入ることが簡単にかなうとは思えない。例えば引田天功が金正日に気に入られるような偶然でもあれば別だが、もしこれが本当のことだとするなら、当然アブラムの妻はそれなりの家柄だったとするか、万人が認めるほどメッチャ美しかったしかない。まあ、それはそれとして、王宮でお種をもらえたかどうかは定かではない。アブラムは「妻を妹として差し出すのはだめじゃん!」とファラオから文句をいわれ、妻は王宮から帰される。問題はここである。
以前「タカスしちゃった」話をしたが、ここで二つの考え方があるのではないか。
ひとつはサライはアブラムの種を仕込んだまま王宮に入ったという考えと、ファラオのお種をいただき、つまりファラオのお手つきで王宮を去ったという考え方だ。
この後、アブラムはアブラハムと改名し、サライはサラとなる。そしてアブラハム100歳、サラ90歳でイサクを産むという。最近は婚期が遅くなり高齢出産が増えてきたとはいえ、ちょっといくらなんでも無理じゃないの?
つまり、うそ臭いのだ。しかしながら世界中で信仰されている一神教たる旧約聖書にそう書いてあるとしたら、それはそう考えるしかない。

ファラオのお種をいただき、それを根拠にユダヤ人がエジプト王の子孫だと主張するなら、少なくともイサクにはそれなりに可能性がある。
本来ならユダヤ人は正統なエジプト王の子孫を歌うはずだったのが、あいにくそのエジプトが亡びてしまい、バビロンで捕囚されているうちに物語を書き換えることになったのではないだろうか。
ただ、純粋にお種が欲しかったのなら、サラが生んだのが娘ならその娘を今一度アブラムが犯し、生まれた子供を正統な跡継ぎにするのが正しい。あるいは、男だったとしたらアブラムの娘と結婚させればお種は保存される。

いずれにせよこのイサクが選ばれた民、ユダヤ人の元になるのだからお種はもらってきたと考えたほうがいい。ただし、この場合、妻にはアブラムの種は入っていないのだから、実際のところ本当にサライは妹だったか、もしくは娘だったと考えるほうが合理的ではないだろうか。うーん、難しいな・・・。ただ、はっきりしているのは、その当時それほどエジプト王のお種はものすごい貴重だっただろうという事である。
お種というとすぐ夢中になってしまうマヨの悪い癖でした。