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絵じゃないかおじさんぐるーぷ
ドン・ガラッキーが、輸入洋酒に涎を垂らし、
力を込めて披露してくれる妙技の数々、
私も、初めて見せて貰う、ダマしのテクニック集だ。
四方を、山に囲まれたススキの茂る野原だった。
そこにゴキブリMを放った。
エィッの掛け声とともに、Mが人間の姿に戻った。
サヤカにバックミラーを、Mの頭の部分に当てさせ、
ヤッタールに、心の解読を始めて貰う。
ススキの穂が、ササーッと、白骨の手に変わってゆく。
Mは、ぼんやりとしている。
寝呆けているのか、そういう風景を見ても、
何も感じないのか、ボケーッと、つっ立ったままだ。
そのうち、座り込んで何かを始めた。
オイデオイデの白骨の手を、一本もぎ取り石で、
砕いているみたいだった。
ナ、ナンダ! あれは!
何と、何か呟きながら、砕いた粉を食べ始めたのだ。
「こりゃ、あかんわ」
オイデオイデが、白骨の手を挙げながら、
まいったをしている。
私は、サヤカのガソリンの給油口に、
しっかりと、耳を当て頭を横にして、
その光景を見ていた。
「聞きしにまさる人!」
ガラッキーも、感心している。
次の手段だ。
私は手を挙げる。
言い出しっぺのお陰で、
進行役をやらせてもらっているのだ。
イガチッチのうらみちゃん、コガ坊のつらみちゃん。
ガラッキーによる、レンタルの顔と手の幻想加工場面。
はい、スタート。
「おじちゃん、おてて、返してよ!!」
「やっぱり、居たなあ!」
Mは、一向に動じる気配はない。
「おててがないと、わたし遊べないのよ、返してったら!」
うらみちゃんが迫る。
髪は振り乱し、顔には血を垂らしている。
もちろん、手は長袖の中に隠して、
無いように、みせかけている。
「おじちゃんが、遊んであげるから、いいだろ?」
Mの奴、何を思ったのか、
うらみちゃんの顔の血を手で拭い、ペロリと舐めた。
「きゃーっ。もうイヤ!」
つらみちゃんに交替する。
「わたし、貧血になってしまって、
動けなくなったわ。血を返して!」
Mが、ニーッと笑う。
眼鏡の奥の目が、キラリと不気味に光る。
この世に、これほど恐い顔があるのだろうか。
私は、とんでもないものを相手にしてしまったと、
後悔し始めた。てんで歯が立たない。
もう、愛するOさんの所へ帰りたくなった。
こんなのどうしょうもないや、という絶望感が襲ってくる。
ガラッキー渾身のバラバラになった、
恐怖に歪む顔や手を空中に飛ばすが、Mの奴は、
蝶を追うように、眼の色を変えて追っ掛け回している。
「恐かった。人間ってあんなになれるの?
もう、帰りたい」
イガチッチが、サヤカの傍で泣き始めた。
私は、力無く、止めの合図を出す。
これ以上しても無駄のような気がした。
常識が、全く通用しないという事は、恐しいことだ。
けれども、皆を煩わせて計画したのだから、
とにかく、終わりまで、やってしまおうと思った。
ドン・ガラッキーによる地獄の責め。
これは、ドン・ガラッキーが、Mの精神世界に入り込み、
地獄の責めの数々を展開するのだ。
これは、目には見えない。
後で、ドン・ガラッキーに聞くしかない。
始まって、いくら経っても、Mの表情は全然変わらない。
「あーあ、疲れた! オッさん、洋酒、半ダースに
増やしてくれよ。こんなの知らんわ」
ドン・ガラッキーもお手上げみたいだ。
地獄の血の池の血を飲むわ、鋸で引かれる自分の手足を
興味深げに見るわ、親の泣き叫ぶ声を聞いて、
ニッと笑うわ、もう手つけられへんでえー。
お前ら、すごい人間を持つ時代になったものだなあ。
ほんの100年も前までは、このワシの術で、
まいらなかった者は居なかったのに、どうなったんだ?
ワシゃ、わからん! 一から人間の勉強のやり直しだ。
ガラッキーも、もう投げ出して帰る気十分だ。
仕方ないので、私は、半ダースを受けることに決めた。
後始末があるし、最後の切り札もある。
最後、スッ、タァー、トーッ。
全然、力が入らない。
リース手が、Mを身動き出来ないように、
しっかりと掴む。特に、顔は絶対背けることが、
出来ないように、固定する。
さすがのMも何が始まるのか、チラッと恐怖の色が、
浮かんだが、すぐに元の無表情の能面の顔に変わった。
イガチッチが、Mの愛車に化ける。
ドン・ガラッキーが数1,000本のビデオテープに化ける。
最初は、愛車からだ。
Mが、なつかしそうに見入る。
押さえ込んでいる手群れを振り切って、
飛びつきたそうにしている。
猿石の小岩のわんが飛び乗る。
天井が引っ込んだ。
Mの口から、ヒッと声が漏れる。
これも小岩のわんわんが、ボンネットでジャンプする。
何回も何十回も。
ゆっくり、ゆっくりと。
フロントガラスが割れ、バックミラーが歪み、
バンパーが外れ、ドアが落ちる。
もう、奴の車はガタガタだ。
奴は、顔を真っ青にして、怒りに震えている。
つらみちゃんが、奴のビデオテープを一本一本壊してゆく。
カセットの中から、磁気テープを取り出し、
引き伸ばしては、テープの山を作ってゆく。
二度と元には戻せぬようにしてしまう。
奴の目尻には涙が滲んでいる。
奴もしぶとい。
大声を上げたりはしない。
この責めは、私は好きではなかった。
奴に対する、単なる復讐のような気がして、
どうも、スッキリしなかった。
ジョジィは、奴を捉えている悪の根源を、
断ち切ることにより、奴の変革を意図したのだろうが、
うまくいったかどうかは、わからない。
後は、ヤッタールの報告を聞くばかりだ。
ドン・ガラッキーに、
Mを、再びゴキブリに戻して貰って、
奴を、送り返すことにした。
ヤッタールの話では、詳しい分析は、
本部の解読器にかけないと分からないそうだが、
奴の頭の中では、正気と狂気が、自由自在に、
切り替え出来るようになっていて、それも自分の意志で、
どうにでもなるらしい。
自分に都合が悪くなれば、サッと狂気の世界に入れるし、
都合の悪いものが無くなると、
正気に戻れるようになっているみたいだ。
まるで、機械に意識を植えつけたようだと言う。
どちらにしても、ヤツは、全然変わらなかったのが、
結論のようだ。
失敗だった。完敗である。
嫌なモノに係わったものだと思った。
これからは、何にでも飛びつくのは、
少し差し控えようと思った。
タイタイとコロに後始末を頼み、皆に別れを告げ、
サヤカとともに、
月明かりの照らす山道を、力なく帰った。
サヤカも元気がなかった。
きっと皆も暗い気持であるに違いないと思った。
奴の涙は見はしたが、私の望んでいたものは、
奴の心からの、反省の涙だったのだ。
奴の悔し涙なんか見たって、何の足しにもならなかった。
人にあれば 己れに似たものと 思いたき
相通ずる心 されど得難し
ち ふ
親友のちうに、この時の心境を話すと、
彼は、そのような短歌を詠んだ。
署名は、一部改作して、私がしている。
ちうは、高校時代からの親友だ。
適当にしておいてと、うるさくは言わない。
今、パチンコのプロとして生活しており、
定職には、ついていない。
住所や連絡場所はあるが、
全国のパチンコ店を回っているので、
めったに会わないが、
電話は、時々思い出したようにかかってくる。
つづく