賛美の心

こちらでは賛美、礼拝、心を主の前において静まり、まことの心で神様を賛美することだけです。

中共の残酷な迫害は私の神への愛を強めるばかり

2020-02-06 11:23:43 | 勝利者の証し

   2000年、私は幸運にも全能神の国の福音を聞くことができました。神の御言葉を読むことで、神の御名の奥義、神の受肉の奥義、いかに神の三段階の働きが人類を救い、人類を徹底的に変え、清め、完全にするかなどといった真理がわかりました。全能神が再臨なさった主イエスであると確信し、神の国の福音を喜んで受け入れたのです。その後は積極的に教会生活に参加し、福音を広め、神の証しをしました。2002年には、福音を宣べ伝えていることで地元で知られるようになり、中共警察に逮捕される危険に絶えずさらされました。今後も本分を尽くし続けられるよう、私は自宅を離れることを余儀なくされたのです。

   中共政府はクリスチャンを監視し逮捕する手段として常に電話を用いていたため、私は家を出て以来、家族に電話する気になれませんでした。2003年の初めには家族と離れて一年近く経っており、家族のことがとても恋しかったため、夫に会いに義母の家に行きました。夫の弟は私が戻ったと知ると実家の母に電話して、私が義母の家にいることを伝えました。驚いたことに、その三時間後、市公安局の警官四人がパトカーで義母の家に来たのです。家に入るとすぐ私に「市公安局の者だ。お前がだな?一年近く指名手配してついに見つけたぞ!同行してもらう!」と憎々しげに言いました。私はものすごく怖くなり、心の中でひたすら神に祈りました。「ああ全能神よ!今日、中共政府はあなたのお許しにより私を逮捕します。しかし私はあまりにも背丈が小さく、臆病で怖気づいています。私を導き、守り、信仰と強さを与えてください。彼らにどう扱われようと、私はあなたに頼り、証しを立てることを望みます。ユダになってあなたを裏切るぐらいなら監獄に行く方がましです!」祈った後、神の次の御言葉を思い出しました。「彼の性質は権威の象徴であり、あらゆる正義の象徴であり、また、あらゆる美と善の象徴である。しかもそれは、暗闇やいかなる敵の勢力にも圧倒されず、侵害されることのない者の象徴[a]であり」(『言葉は肉において現れる』の「神の性質を理解することは極めて重要である」より)「そうよ」と私は思いました。「神は万物を統治し支配される。過去数年間、中共政府は神の国の福音が広まるのをあの手この手で妨げ、阻もうとしてきたけれど、神を誠実に信じて神の御声を聞くすべての宗教や教派の人々が、終わりの日の救いを受け入れようと神の御座の前に戻ってきた。このことから、神の働きはどんな勢力にも止められず、どんな人間にも邪魔できないことは明らかだわ。今、私は中共警察の手に落ちたけれど、彼ら自身も神の御手の中にあるのだし、神がそばにいてくだされば、何も怖くはない!」神の御言葉に信仰と強さを与えられ、私は徐々に落ち着きました。

   市公安局に到着した後、私は尋問室に連れて行かれました。警察は私のベルトを外し、服も靴も靴下も脱がせて身体を調べました。それから、警官の一人が叫びました。「さっさと知ってることを全部教えるんだ。信者になって何年になる?誰に教わった?お前の教会の指導者は誰だ?自分は何人教えたんだ?教会では何をしている?」私が尋問に答えなかったので、警官は即座に腹を立て、「吐かないなら吐かせる手はいくらでもあるぞ!」と怒鳴りながら、私を乱暴に椅子から引きずって床に叩きつけました。二人の警官が私の脚を踏みつけ、もう二人がその間に背中を強く踏みました。私は頭を床に強打しそうになり、息がしづらくなりました。警官の一人が鉛筆で私の足の土踏まずを軽く前後に引っかき、傷つけながらくすぐりました。それは耐えがたいもので、私はあまりの息苦しさに窒息寸前になり、死の恐怖に苛まれました。警官の一人が「吐くのか、吐かないのか?吐かないなら死ぬまで拷問するぞ!」と脅してきました。この警官どもによる責め苦と脅迫の中、私は心の底から恐怖を感じ、死ぬまで拷問されるのではないかと危惧しました。自分にできたのはひたすら神に祈り続け、自分が証しを立てて決してユダになって神を裏切らないように信仰と強さを与え、守ってくださるようにお願いすることだけでした。祈った後、神の次の御言葉が思い浮かびました。「信仰とは一本の丸太橋のようものである。卑屈になって命にしがみつく者がそれを渡るのは困難だが、自らを進んで犠牲にする者には不安なく渡ることができる。臆病と恐怖を抱いている者はサタンに騙されているのだ。サタンは私たちが信仰の橋を渡って神の中に入ることを恐れている。」(『言葉は肉において現れる』第一部「キリストの初めの言葉」の「第六章」より)神の御言葉に感化された私は自分の中に力がみなぎるのを即座に感じ、自分の臆病さと死への恐怖はサタンにもてあそばれた結果であると気づきました。私が死ぬことを恐れ、苦痛を受けたがらないのをいいことに、中共政府は私を残酷な拷問にかけることで、その暴威に屈服させ、教会を売り渡させ、神を裏切るユダにならせようと空しい望みを抱いていたのです。サタンの狡猾な陰謀を成功させるわけにはいきません。そこで私は、自分の命を犠牲にしてでも神の証しをする決意をしました。警察は同じやり方で私を拷問し続けましたが、私はもうさほど怖くありませんでした。その時には、これは神が憐れみと加護を見せてくださっているのだと承知しており、神に大変感謝していたのです。

   二人の警官が私を手錠で椅子につなぎ、再び厳しい口調で同じことを尋ねましたが、私が依然として返答しなかったため、拷問をさらに激しくしました。私の両腕を真っ直ぐ引っぱり、強引に背中のほうへひねり上げたのです。たちまち両腕が引きちぎれそうに感じ、その激痛で全身が汗だくになって思わず悲鳴を上げました。次に彼らは私の足が頭の上にくるように両脚を引っ張り上げてから、それぞれ反対方向に引っ張りました。その引き裂くような痛みに私は失神しそうになり、心の中で神に祈り続けました。「ああ全能神よ!この痛みに耐える信仰と強さと決意を与えてください。あなたが私の堅固な後ろ盾となり、私の霊に強さを与えてくださいますように。この悪魔どもにどんな残忍な策を仕掛けられても、私はいつもあなたに頼り、証しを立てます」祈った後、神の御言葉の賛美歌が私の心に浮かびました。「試練が来ると、人は弱く悲観的になる。彼らは神の意志を実行する時、最善の道への明確さを欠くかもしれない。だがあなたは神の業を信頼するべきで、弱い自分の生まれた日を呪っても全を与えてまた取り去る神を否定しなかったヨブのように。…神が完全にするのはあなたの信仰。それに触れることも見ることもできない時、あなたの信仰が求められる。何かが見えない時は信仰が求められる。それが肉眼から隠されている時、あなたが自分の思想を手放せない時、神の働きがわからない時には信仰を持て、人は苦難の時、それを奮い立たせ、鍛錬を信仰で耐え抜く。信仰で神が見えて、完全になる。」(『小羊に従って新しい歌を歌おう』の「試練には信仰が求められる」より編集)神の御言葉に大きな信仰と強さを与えられ、私はヨブが経験した大変な試練のことを思い出しました。そのときヨブは全身が腫れ物でぼろぼろになり、ひどい苦痛に苛まれましたが、そのつらさにもかかわらず神の御心を求めることができました。言葉で罪を犯すことも、神を否定することもなく、それどころか神に従い、神の聖き御名を讃えたのです。ヨブには神に対する真の信仰と崇敬の念があり、そのため神の証しを立て、サタンを徹底的に辱め、打ち負かすことができました。そして最後に神がお姿を現され、ヨブに語りかけられたのです。このとき私に降りかかった逆境と試練も神がお許しになったものです。私は神の御心を完全には理解しておらず、私の肉は極度の苦痛に見舞われていましたが、私が生きるか死ぬかを最終的に決定されるのは神であり、警察も神のお許しがなければいくら私を拷問しても絶対に命を奪うことはできません。この警官たちは表向きこそ凶暴ですが、神の御前ではただの張り子の虎であり、神の御手の中の道具にすぎないのです。神は私の信仰を完全にするために彼らの残虐性と迫害を用いておられるのであり、私は神への忠誠を保ち、自分を完全に神の御手に委ねるとともに、サタンに打ち勝ってこれ以上警官を恐れないよう神に頼ろうと思いました。

   警察は繰り返し私を拷問しました。私はそれでも無言だったため、警官の一人に五十センチほどの白い鉄の定規で顔をひどく叩かれました。何回それで叩かれたかわかりません。顔が腫れ上がり、焼けるように痛みました。目から火花が出て何も見えず、頭がガンガンしました。二人の警官に革靴のかかとで太ももを踏みつけられ、一度踏まれるごとにものすごい激痛に見舞われました。苦しみの中でできたことは、ただ心の中で必死に神に呼びかけ、中共警察による残酷な拷問に打ち勝てるよう私をお守りくださいと願うことだけでした。

   翌朝の午前八時、刑事警察隊の隊長が尋問室に入ってきました。私から何の情報も得られていないことを知ると、「吐く気がないんだな?ふん!今に見ていろ!」と息巻いて部屋を出ました。その日の午後、太った警官が身分証明書を持って私のところに来て、「こいつを知っているか?」と尋ねました。それが同じ村の教会の姉妹であるとすぐにわかったので、「何があっても姉妹を売り渡すわけにはいかない」と思い、「いいえ、知りません」と答えました。警官は目を細め、テーブルの上に置いてある電気棒を取って私の顔の前で振りながら、こう恫喝しました。「頑固な奴め。お前が教会の指導者なのは知ってるんだ。だから白状しろ!お前の教会の信者は何人いる?教会の金はどこだ?教えないと電気棒を食らわせるぞ」警官の悪意に満ちた顔を見て、私は極度に怖気づき、急いで静かに神に祈りました。そのとき、神の御言葉が思い浮かんだのです。「恐れてはならない。万軍の全能神が必ずあなたと共にいるのだ。神はあなたのしんがりとなり、神はあなたの盾である。」(『言葉は肉において現れる』第一部「キリストの初めの言葉」の「第二十六章」より)私は権威のある御言葉に信仰と強さを与えられ、自分には頼れるものがあるのだとすぐさま感じ、「神は全能で、どんなに残酷なサタンと悪魔たちも神の御手の中にあるのではないかしら。全能神が堅固な後ろ盾としていらっしゃるなら、何も怖くない」と思いました。そのため「何も知らない」と何気なく答えました。太った警官は「知らないならこうしてくれる」と意地悪く言いながら、私の手錠を電気棒で触りました。強烈な電流とともに、耐え難い痛みの波が私の全身に広がり、その苦しさは言語に絶しました。警官は棒で私を感電させ続けましたが、ちょうど私が我慢できなくなったとき、棒の電池が切れるという奇跡が起こりました。私は神の全能と主権を目のあたりにした上、神がいつもそばで自分を見守り、加護し、弱さを気遣ってくださっていることを体験したのです。私の信仰は高まり、神を証ししようという決意が強まりました。

   その後、警察は私がまだ話しそうにないと見て、二人ずつ交代で私を見張ることにしました。私に飲食も睡眠もさせませんでした。私がうとうとし出すと、彼らは私の意志をくじこうと即座に殴ったり蹴ったりしました。しかし神が私をお導きになり、彼らの狡猾な策略を見極められるようにしてくださいました。そこで静かに神に祈り、心の中で賛美歌を歌い、神の御言葉をじっくり考えたところ、気がつくと士気が上がっていたのです。一方、この警官たちは何度もコーヒーを飲んでいましたが、それでも疲労のためにあくびをし続けていました。その一人は驚愕して言いました。「この女は何か魔法の力で耐え続けているんじゃないのか?でなけりゃどうしてこれだけ元気でいられるんだ?」それを聞いて、私は神の大いなる力を何度も讃えました。なぜなら、それはすべて神の御言葉の導きによるものであり、神ご自身のいのちの力が私を支え、信仰と強さを授けてくれていることを心の中でよく承知していたからです。警察が他にどんな残虐な拷問を用意しているか、その時はわかりませんでしたが、神に頼ってこれからの尋問に立ち向かう信仰をもち、「決して中共政府の暴威に屈せず、神を証ししよう」と決心しました。

   三日目の夕方、刑事警察隊の隊長が私にコップ一杯のお湯をかけ、気遣うふりをして言いました。「もうバカな真似をするな。お前だって誰かに売り渡されたのに、他の奴らのためにこれほど我慢して何になる?知っていることを全部話せ。そうすればきっと解放してやる。お前の息子はまだ小さくて母親の愛情が必要だ。せっかくいい暮らしができるのに、神など信じて無駄するのか!お前を救えるのは神じゃない。我々だ。困ったことがあれば助けてやるし、ここから出たらいい仕事を見つけられるようにしてやるから…」警官の話を聞きながら、私は幼い息子のことを考え、自分の逮捕以来どうしているだろうと心配せずにいられませんでした。「信仰のない友達や親戚に笑われないかしら同級生にいじめられないかしら?」私が弱りだしたまさにそのとき、神は御言葉のある一節によって私を啓いてくださいました。「あなたがたは常に目を覚まし、待っていなければならない。わたしの前にて、さらに祈らなければならない。いくつも存在するサタンの企てやずる賢い策略を見極め、霊を知り、人々を知り、どのような人や物事をも見分けることができなくてはならない。」(『言葉は肉において現れる』第一部「キリストの初めの言葉」の「第十七章」より)私は神の御言葉に感化され、サタンは私の家族への思いを利用して、私が神を裏切るように誘惑しているのだとはっきり悟りました。サタンは私が息子を何よりも大切にしていることを知っており、警察を代弁者に用いて私を苦しめ誘惑し、私が息子への愛情のために兄弟姉妹を売り渡すように仕向けていたのです。そうすれば私は神を裏切ることになり、ついには神に呪われ罰せられるユダとなってしまいます。サタンはそれほど陰湿で悪意があるのです。私は息子のそばにいて面倒を見てやれないことで悩みましたが、それは中共政府が神の敵だからであり、クリスチャンを必死に逮捕し、迫害するからではないでしょうか。なのに警察は、私が神を信じているせいだと言っています。そう言うことで、彼らは真実を引っくり返し、事実を歪めてはいないでしょうか。中共政府は実に恥知らずでよこしまです。そのため警官が何を言っても、私はまったく相手にしませんでした。私が飴でも鞭でも動かないと知ると、警官はカンカンになってその場を去りました。神の導きと加護の下、私は再びサタンの試みに打ち勝ったのです。

   その夜の午後八時過ぎ、例の太った警官が大きな電気棒を手に、三人の部下を引き連れて戻ってきました。彼らは私を体育館に連れて行き、服を脱がせ(下着だけにし)、ロープで踏み車に縛り付けました。彼らの見るからに悪意に満ちた顔に、私はとてつもない恐怖と絶望を感じ、これからどんな残酷な拷問を加えてくるのか、それがいつまで続くのか見当もつきませんでした。その時点でとても弱気になり、死のうという考えが頭をよぎりました。しかしこの考えが間違っているとすぐに悟ったため、急いで神に祈り、呼びかけました。「ああ全能神よ!あなたは私の心をご存じです。私はユダになってあなたを裏切り、裏切り者として歴史に名を残したくありません。しかし私の背丈はあまりに小さく、この責め苦の中、あまりにも痛みと弱さを感じているため、我慢できずあなたを裏切ってしまうことを恐れています。ああ神よ!私を守り、信仰と強さを与えてください。私とともにいて、導き、手を引き、私がこの残忍な拷問を通して証しを立てられるようにしてください」祈った後、神の次の御言葉を思い出しました。「このように、終わりの日に、あなたは神に対して証しとならなければならない。あなたの苦しみがいかに大きくても、最後まで経験しなければならず、あなたの呼吸が止まるまで神に対して忠実であり続け、神に身を委ねていなければならない。これのみが真に神を愛するという事であり、これのみが強く確固とした証しとなるのである。」(『言葉は肉において現れる』の「辛い試練を経験して初めて、神の素晴らしさを知ることができる」より)神の御言葉は私に慰めと励ましをもたらしてくれました。この残酷な拷問が私に加えられるのを神がお許しになっているのは、私の中に真の信仰と愛が培われるためであり、私が苦しみの中でも神に忠実であり続け、神の指揮と采配に従い、試練がどれほど大きくても、苦痛がどんなにひどくても、神の御言葉に頼って証しをするためであることを、私は御言葉によって悟ることができたのです。神の御心がわかったため、サタンと最後の最後まで戦う勇気と決意がたちまち私の中で芽生え、「これからどんな拷問に遭うことになっても生き続けたい。苦しみがどんなに大きくなっても、息のある限り神に従おう!」と決心しました。

   ちょうどそのとき、太った警官がタバコを口に咥えながら、「吐くのか、吐かないのか?」と尋ねてきました。私は毅然として、「殴り殺してもいいけど、私は何も知らないわ」と答えました。警官は烈火のごとく怒り、タバコを床に投げつけ、電気棒を私の背中と太ももに何度も押し付けました。私は耐え難いほどの激痛で全身が冷汗だらけになりました。警官は棒を私に押し付けながら、「しゃべらないからこうなるんだ!泣き叫ばせて、どれだけもつか見てやる!」と怒号を上げました。部屋の中で周りに立っている他の警官たちがやかましく笑い、「なぜお前の神は助けに来ないんだ?」など、神を冒涜する言葉を何度も口にしました。彼らの悪魔のような顔を目にしながら、私は神に真剣に呼びかけ、私が苦痛に耐え、サタンが笑えなくなるように信仰と強さを授けてくださいとお願いしました。祈った後、私は口を閉じ、彼らにいかに苦しめられても音一つ出そうとしませんでした。彼らは絶えず私を感電させ、電気棒の電池が切れるたびに取り替えました。私はあまりの拷問を受けて頭の中がぼやけ、死んだほうがましなように感じられました。筋肉を動かすこともできませんが、彼らは私が静止したのを見ると気絶したと思い、目覚めさせようと冷たい水をかけ、感電させ続けました。苦痛の中、私は神の次の御言葉を思い出しました。「全くけしからぬ共犯者集団である[1]。悪魔は人間の中に来て享楽にふけり、混乱を助長する。…悪魔は、地における暴君としての権力を掌握することさえ望む。悪魔は神の業を妨害しており、それにより神の業は辛うじて前進し、銅と鋼の壁のように、人間を封じ込めることが出来る。極めて多くの罪を犯し、極めて多くの問題を引き起こしてきた悪魔には、どうして罰を待つ以外に何か期待出来ることが有るだろうか。悪魔と悪霊は、地上を暴れ回り、神の心と丹精を込めた努力を封じ込めて、それらを浸透不可能なものとしている。何という大罪であろうか。どうして神が不安にならずにいられようか。どうして神が怒らずにいられようか。悪魔は、神の業に対して重篤な妨害や反対を引き起こしている。まったく反逆的過ぎる。そうした大小の悪魔は、自分よりも強力な悪魔に対してでさえも、横柄な態度を取って波乱を引き起こす。」(『言葉は肉において現れる』の「働きと入ること(7)」より)

   神の御言葉の啓きにより、私は中共政権の素顔をはっきりと知ることができました。中共は真理と神を徹底的に憎み、全能神の言葉が広く伝わっていることに恐れをなしています。自分の支配を永久に保つため、あの手この手で神の国の福音が広まるのを止めようとし、神の選民の逮捕、拷問、虐待に手段を選びません。中共政府が信者をこのように蹂躙し、迫害するのは、終わりの日の神の働きをつぶしたいからです。宗教信仰を根絶し、人々が神を信じて従うことをやめさせ、中国を無神論の地に変え、そうして中国人民を永久に支配するという狂った目標を達成するためなのです。中共政府は外の世界に向かって「信教の自由」、「中国市民は合法的な権利を享受している」と宣言していますが、実際にはどれも人々を欺き、だまし、わなにかけるための真っ赤な嘘であり、中共の悪しきやり方を隠す策略なのです、中共政府のふるまいはよこしまで天に背いており、その本質は神の敵である悪魔サタンの本質です。まさにそう悟った時、私は沈黙しつつ何としても決意せざるをえませんでした。「神が払ってくださった大変な代償を無駄にせず、決意と良心をもたないといけないし、どんな残酷な拷問に遭っても常に神の証しをしよう」ちょうどその時、えもいわれぬ正しさの感覚が私の中で生まれ、神が自分のそばにおられ、強さを与えてくださるのを感じました。それからは警官にどう感電させられても痛みを感じませんでした。神の不思議な御業を再び目の当たりにしたのです。神の臨在、すなわち、神が私を加護し、見守ってくださっていることを深く実感しました。警官は私を四時間にわたって拷問しましたが、それでも情報を聞き出せず、万策尽きて私を踏み車から解くほかありませんでした。私は体力がまったく残っていなかったため、床に倒れました。二人の警官が私を尋問室に引き戻し、椅子に座らせ、手錠で暖房管につなげました。彼らのとてもくじけた様子を見て、私は神に感謝と称賛を表わさずにいられませんでした。「ああ全能神よ!私はあなたの全能と主権を経験し、あなたのいのちの力が他のすべての勢力を打ち負かせることがわかります。神に感謝します!」

   四日目、五人の警官が尋問室に入ってきました。その一人は電気棒を持ち、電気でパチパチさせました。数日にわたる残忍な拷問のため、私はその嫌な青い光を放つ棒を見て恐怖でいっぱいになりました。私に尋問したことのない警官が私の前に来て立ち、電気棒を私を押し付けて言いました。「お前はしぶといらしいな。今日はどれだけしぶといか見せてもらうぞ。どうにもならない奴だとは思わん。吐くのか、吐かないのか?吐かないなら今日がお前のくたばる日だ!」私は「何も知らない」と答えました。これに警官は屈辱のあまり激怒し、私を椅子から強引に引きずって床に叩きつけ、そこに抑えつけました。別の警官が私のシャツの下から電気棒を押し付け、背中を感電させながら、「吐くのか、吐かないのか?吐かないと殺すぞ!」と叫びました。彼らの残酷さと醜くいやらしい表情を前に、私はどうしようもない恐怖に陥り、急いで神に呼びかけました。「ああ全能神よ!どうかお導きください!真の信仰と強さを授けてください!」警察は止め処なく泣き叫んでいる私を感電させ続けました。私は全身の血が頭に流れ込んでいるかのように感じ、そのあまりの痛さで汗だくになり、失神しそうになりました。私がまだ話しそうにないと見て、警察は怒り狂って私を罵倒し始めました。少し経って私が気絶しそうになったとき、彼らは私を引きずり戻し、再び手錠で椅子につなぎ、私を眠らせないように二人ずつ交代で見張りました。その時の私はもう四日間何も食べず、水も飲まず、睡眠もとっていませんでした。その状態で彼らに残酷な拷問を加えられ、体がこの上なく弱っていました。寒い上に空腹で、この二つの苦痛に体の負傷によるズキズキした痛みも重なり、自分の人生の終わりが近いように感じられます。極度に弱った私の心の中に、神の御言葉の一行が現れました。「人はパンだけで生きるものではなく、神の口から出る一つ一つの言で生きるものである」(マタイによる福音書4:4)この御言葉をじっくり考えた私は、神の御言葉だけが自分がこうした状況で生き続けるための支えになりうることを理解すると同時に、神がまさにこの状況を用いて、私のこの側面の真理への入りを完全になさっているのだと気づきました。このことを何度も熟考すると、知らないうちに自分の苦しみも、飢えも、寒さも忘れていました。

   五日目、私が断固として沈黙しているのを見た警察は、「判決まで待つんだな。七年以上の刑だが、今しゃべればまだ避けるチャンスがあるぞ!」と悪意も露わに脅しだしました。そこで私は静かに神に祈りました。「ああ、全能神よ!中共警察は私を懲役七年に処すと言いますが、私は彼らには決められないことを知っています。私の運命はあなたの御手にあるからです。神よ!あなたを裏切るぐらいなら、これから一生監獄に入って真の道に留まります」その後、警察は私が神を裏切るように仕向けるため、信仰のない夫を連れて来ました。夫は手錠をかけられた私の姿と、全身の切り傷や打撲傷を見て、「手錠なんて今までテレビでしか見たことない。まさかお前がこうなるなんて」と嘆きました。夫のその言葉を聞き、顔に浮かぶ悲しげな表情を見た私は急いで神に祈り、自分が家族への思いからサタンのわなにはまらないようお守りくださいとお願いしました。祈った後、私は穏やかな口調で夫に言いました。「私は神を信じているの。泥棒や強盗はしていない。ただ集会に行って、神の御言葉を読み、神のお求めどおりに正直な人を目指してるの。何の犯罪も犯してないのに刑務所行きにするって言うのよ」夫は「弁護士を探すよ」と答えてくれました。警官たちは、夫が私に教会と兄弟姉妹の情報を伝えさせよう”としないどころか、弁護士を手配すると言ったのを知ると、夫を部屋から引きずり出しました。これは神が守ってくださったのだと私にはわかりました。私の家族への思いがとても強いため、もし夫が私の体の状態を気遣うことを言っていたら、強くいられたかどうかわかりません。私がサタンの誘惑に打ち勝つことができたのは、神の導きと加護のおかげだったのです。

   警察は私がぼろを出さなかったことで頭に血が上り、「気が狂う注射を今からしてやろう。そうしたらここから出してやるし、死ぬこともできなくなるぞ!」と言いました。それを聞いて私はたちまち不安に陥り、再び恐怖に取り憑かれました。そして中共政府がどれほど残酷で邪悪であるかを思い起こしました。彼らは教会の責任者を逮捕してひどい暴行と拷問を加え、それでも教会に関する情報が何一つ得られないと、薬物を強制的に注射して発狂させ、統合失調症にさせてしまいます。中共政府にこのような残酷な拷問と迫害を受けた兄弟姉妹もいるのです。そのことを考えると胸の鼓動が激しくなり、「正気を失って狂人のようにさまようまで、この中共の手先たちに苦しめられるのかしら」、そう考えれば考えるほど怖くなり、冷汗が止まらず体中に染み渡りました。私は急いで神に祈り、こう呼びかけました。「ああ全能神よ!中共の手先たちは私に麻薬を注射して狂わせようとしており、私は狂人になってしまうことを恐れています。神よ!あなたの証しをすべきなのは承知していますが、今とても臆病で怖気づいています。神よ!私が自分の生死をあなたに委ね、あなたの指揮と采配に従うことができるように私の心を守り、真の信仰を与えてください」そのとき、「また、からだを殺しても、魂を殺すことのできない者どもを恐れるな。むしろ、からだも魂も地獄で滅ぼす力のあるかたを恐れなさい。」(マタイによる福音書10:28)という主イエスの御言葉が思い浮かびました。主の御言葉は私に信仰と強さを与えてくれました。「そうよ」と私は思いました。「この悪魔たちは私の体を殺し、傷つけることはできても、私の魂は殺すことも傷つけることもできない。神のお許しがなければ、その薬を注射されても狂いはしない」そして神の次の御言葉を思い出しました。「人々が自らの命を犠牲にする覚悟がある時、全てがささいなものとなり、彼らをしのぐ者はいなくなる。いのちよりも大切なものがあろうか。だから、サタンは人の心に働くことはできず、人に対して何もできなくなる。」(『言葉は肉において現れる』第二部「全宇宙への神の言葉の奥義の解釈」の「第三十六章」より)神の御言葉を思案するうちに、心の奥で感じていた恐怖が徐々に消え、もはや怖気づかなくなりました。むしろ自分を神の御手に委ねて、自分が生きようと死のうと、狂人になろうと白痴になろうと、神の主権に従おうと思ったのです。ちょうどそのとき、警官が針と薬を持ってきて、「吐くのか、吐かないのか!吐かないならこいつをぶちこむぞ!」と脅しました。私はまったく恐れることなく、「好きにしなさい。何かあったらあなたのせいよ」と言いました。私が怖がっていないのを見た警官は、「エイズ患者を連れて来い!ウイルスを注射してやる」と残忍に言い放ちました。私がそれでも恐れをなさなかったため、警官は怒りで歯ぎしりし、「このアマ。劉胡蘭よりしぶとい奴だ」と吐き捨ててテーブルに針を投げつけました。私は意気揚々でした。神の御言葉が私を導き、再びサタンを辱めたのを目の当たりにして、神に感謝の祈りを捧げずにはいられませんでした。結局、警察は望む情報を私から得られないと悟ったため、落胆して立ち去りました。

   やるだけやっても効果がなかったため、警察はやむなく私を拘留所に送りました。そこに着くとすぐ、看守が「この女は東方閃電だ。熱烈に歓迎してやれ」と言って他の囚人を煽りました。私が反応する間もなく、数人の囚人が寄ってたかって私をトイレの中に引きずり込み、服を脱がせてから、凍るような冷水で身体を洗いました。鉢一杯の冷水をかけられるたびに、岩を体にぶつけられたような冷たさと痛みに襲われ、あまりの寒さに全身ががたがた震えました。床にしゃがんで頭を抱えながら、心の中で何度も神に呼びかけました。しばらくして囚人の一人が「そのくらいでいいわ。病気になられたくないからね」と言いました。私にこの罰を加えていた囚人たちは、この囚人がそう言うのを聞いてやっと手を止めました。彼女は私が五日間何も食べていないことを知ると、夕食の時に(トウモロコシ粉の蒸しパン)を半分くれました。これは私の弱さに対する神のお気遣いであり、この囚人を動かして私を助けてくださったのだと、私にはよくわかりました。神がいつも私とともにおられると知り、心の底から神の憐れみと救いに感謝しました。

   拘留所の中で、私は他のさまざまな囚人とともに暮らしました。三度の食事はいつも一切れと塩漬けのカブ二枚か、虫が浮いていてキャベツがほとんど入っていないキャベツスープ一杯でした。週に一度は小麦粉の蒸しパンが出ましたが、それも拳ほどの大きさしかなく、まったく腹を満たせませんでした。そこでの日課としては、刑務所規則の暗唱の他に手工芸品作りの作業がありましたが、ノルマをこなすのは不可能でした。きつい手錠で両手が傷つき、感覚をすっかりなくすほど感電させられ、しかも作らされる工芸品があまりにも小さいため、それを手で持つことも、重いノルマをこなすこともできませんでした。ある時、私が作業を終えていなかったことを理由に、看守は私を眠らせないよう他の囚人に一晩中見張らせました。また、罰として見張り番に立たされることもしょっちゅうで、睡眠は一晩に四時間しか許されませんでした。この間、中共警察は絶えず私への尋問を続けました。私をそそのかして神を裏切させようと息子に手紙を書かせさえもしました。しかし神の加護と導きの下、私はサタンの狡猾な策略を見破り、何度も証しを立てることができました。警察は何の証拠も得られなかったにもかかわらず、私を「社会の治安を乱した」罪で起訴し、労働再教育三年という判決を下しました。

   2005年12月25日、私は刑期を終えて釈放されました。この正義と悪の戦いを経験して、私は心身ともに苦しみましたが、それでも多くの真理を悟り、中共政府の神に反抗する悪魔的本質をはっきりと目にしました。また、神の全能、主権、不可思議さ、知恵についても真の認識を得て、神の私への愛と救いを真に経験しました。あの悪魔たちが私を拷問し迫害している間、神の御言葉の時宜を得た啓きと導きが私の堅固な支えとなり、サタンと最後まで戦う決意と勇気を与えてくれたのです。サタンがありとあらゆる狡猾な策略で私を試み、神を裏切るように誘惑しようとしていたとき、神が折よく御言葉を用いて私に警告と導きをくださり、私の霊の目から塵を払い、私がサタンの策略を見破ってしっかり証しを立てられるようにしてくださいました。私があの悪魔たちによるひどい拷問の末、死んだ方がましのように思い、命が風前の灯になったとき、神の御言葉が生き延びる土台となってくれました。御言葉からとてつもない信仰と強さを与えられることで、私は死による支配を脱することができました。このようにして神の美しく優しい本質を本当に目にすることができたのです。神だけが人類を最も愛しておられます。一方、このサタンと悪魔の群れである中共政府は、人々を堕落させ、傷つけ、むさぼるだけです。現在、中共政府が全能神教会に加えるますます野蛮な攻撃を前に、私はこの老いた悪魔である中共政府を完全に拒み、神に心を捧げ、全力で真理を追い求めて神への愛を求めることを固く決意しています。私を救ってくださった神の御恩に報いるためにも、神の国の福音を広め、心から神を信じる人々、真理を渇望する人々、中共政府にとても深く惑わされた人々を残らず神の御前に連れて行きます。


困難を経て、神への愛が強まる

2020-01-19 23:06:04 | 勝利者の証し

   私はチョウルイという名前で、全能神教会のクリスチャンです。物心ついた時から、両親が生活のために朝から晩まで畑で一生懸命働くのを見ていました。両親が大変な努力をしても、毎年のように稼ぎがほとんどなかったため、私たち一家の暮らしは常に困窮していました。権力や影響力のある人たちが一生懸命働かずに非常に安楽に暮らしているのを見ると、いつもうらやましく思ったため、「大きくなったら絶対に仕事で成功するか官僚になって、家族の貧乏で時代遅れな状態を挽回し、両親も金持ちの生活ができるようにしよう」と堅く決心しました。しかし、この理想のために何年苦労しても、望みどおりに行くことはなく、貧しい暮らしを続けました。どれほど忙しくしても何の成果もないのではないかと不安でため息をつくことが多く、次第に人生への信念を失いました。ちょうど落胆して絶望し始めたその頃に、終わりの日の全能神の救いが私のもとに到来したのです。神の御言葉から、私は真理をある程度把握し、世の人の苦しみの根本原因を知りました。また、人が最も意義と価値のある人生を送るにはいかに生きるべきかを理解しました。混乱して無力でしたが、その時から人生の方向性を見出だしました。憂鬱と落胆を忘れ、新たな生命力と人生再開の機会を得たように感じ、生きる希望が見えました。その後、いまだに苦しみと無力に生きている人々がこの千載一遇の救いを得ることができるように、私はあちこちで終わりの日の神の救いを精力的に説いて回るようになりました。ところが、予期していなかったことに、福音を広めている最中に中国政府に二度捕らえられ、残忍で非人道的な拷問に苦しんだのです。この暗い悪魔のねぐらで、全能神は私のそばを決してお離れになりませんでした。神の御言葉は私に信仰と強さを与え、サタンの闇の勢力に対する勝利へと何度も導き、私の神への愛を強めてくれました。

   2003年6月のある日のことでした。私と二人の兄弟はある村に福音を広めに行ったところ、悪人に密告されました。三台のパトカーに乗った警官が五、六人私たちのもとに走り寄り、何の質問もせずに手錠をかけ、私たちを押して蹴りながら車に押し込み、公安局に連行しました。車の中で私はあまり恐怖を感じませんでした。福音を広める目的は人々を救うことだなのだから、何も悪いことをしておらず、公安局に着いて状況を説明すれば警察は釈放してくれるだろうと思いこんでいました。まさか中国政府の警官がどんな悪党や悪しき暴君よりも残忍で粗暴だとは知る由もありませんでした。公安局に着くと、警察は私たちに説明の機会も与えず、一人ずつ引き離して個別に質問しました。私が尋問室に入るとすぐに、警官から「共産党の方針は『自白する者には甘く、抵抗する者には厳しく』だ。知っているか」と怒鳴りつけられました。その後、その警官は私の個人情報を尋ねました。私の返事に不満そうな様子を見た別の警官が私の隣に歩いて来て、うなりました。「ふん、聞き分けの悪い奴だ。思い知らせてやらないとな。それで本当のことを言うか試してやる」そして手で合図をし、「レンガを何個か持って来い。それで奴をこらしめてやるんだ」と言いました。その警官が話し終わるともう二人の警官がすぐに近づいて来て、私の片手を取って、肩の上から背中に沿って下に引っ張りながら、もう片方の手をねじり上げ、両腕を強引に手錠でつなげました。私は直ちに腕が折れそうな耐えがたい痛みを感じました。私のような弱い者がどうしてそのような苦しみに耐えられるでしょうか。しばらくして私は地面に倒れました。これを見て、悪しき警察は手錠をいきなり持ち上げ、私の両手と背中の間にレンガを挟み込んだのです。何千匹ものアリに骨を噛まれているかのような激痛が突然私の胸を貫きました。苦悶に満ちた中、私は余力を出し切って「全能神、助けてください、全能神、助けてください」と願いました。その頃の私は、三ヶ月ほど前に終わりの日の神の救いを受け入れたばかりで、まだ御言葉があまり身についておらず、真理の理解も浅かったのですが、それでも神に懇願し続けるうちに、神は私に信仰と強さを与え、私の中に「神の証しを立てないと。絶対にサタンに屈してはいけない」という確固たる信念を植え付けてくださいました。それからは私は歯を食いしばり、断じて一言も話そうとしませんでした。焦って腹を立てた悪しき警官たちは私を威圧しようと別の残忍な策をしかけました。床に二つのレンガを置き、私をその上にひざまずかせながら、私の手錠を強く引っ張ったのです。私の両腕はあまりに耐えがたい急な痛みに襲われ、折れたかのように感じました。二、三分間ひざまずいては床に倒れて動けなくなり、そのたびに警官たちに乱暴に手錠で持ち上げられ、ひざまずき続けるように強いられました。このような拷問が何度も繰り返されたのです。そのときは盛夏だったので、苦悶に暑さが重なり、玉の汗が顔から絶えず滴り落ちていました。持ちこたえるのがあまりにも困難で、息がしづらく、気を失いそうになりました。それでもこの悪しき警官連中は私の不幸を喜ぶだけでした。「大丈夫か」とその一人が言いました。「いつまでも話さないつもりなら、こっちは他にも色んな手があるからな」私が返答しないため、警官は「まだ足りないのか。次行くぞ」と息巻きました。こうした責苦を二、三時間受けた末、私は全身が痛み、力は全く残っていませんでした。床に倒れて動けなくなり、大小便を失禁しました。悪しき警官たちの野蛮な拷問に遭って、それまで実に盲目で無知だった自分を本当に恨みました。単純にも公安局が道理の通用する場所で、警官たちが正義を守って、自分を釈放してくれると思いこんでいたのです。まさか彼らがこれほど悪意に満ちて残忍で、少しの証拠もなしに拷問で自白を強要し、半殺しの目に遭わせるとは思いませんでした。彼らは本物の極悪人です。私は体がバラバラに崩れ落ちたかのように床に横たわり、動きたくても動けませんでした。彼らがさらにどのように拷問してくるつもりなのかも、自分がどれだけ長く持ちこえられるかもわかりませんでした。苦しく無力な中、私ができることは、耐え続けられるように強さを与えてくださいと絶えず神に願うことだけでした。神は私の嘆願を聞き、憐れみをかけ、御発言の一つを思い出させてくださいました。「今は重大な時期である。落胆したり、弱気になったりしないよう気をつけなさい。すべてのことに前向きになり、振り返ってはならない。すべてを断念し、人間関係のもつれはすべて捨て、全力で追求しなければならない。あなたに最後の一呼吸が残っている限り、最後の最後までやり抜きなさい。このことだけが、称賛に値するのだ。」(『言葉は肉において現れる』第一部「キリストの初めの言葉」の「第二十章」より)神の御言葉は私に大きな信仰と強さを与えてくださいました。まったくそのとおりです。光と義の道を歩んでいるのだから、私には続けていく信仰があるはずです。たとえ息絶えても、最後までやり通さなければなりません。神の御言葉は生命力にあふれており、御言葉のおかげで私はこの悪しき悪魔と最後まで戦う信仰と勇気を持つことができ、体力もだんだんある程度まで回復しました。その後、悪しき警察に尋問され続け、両足がずたずたに潰れるまで容赦なく踏みつけられました。しかしもう痛みを感じませんでした。これが神のすばらしい御業によることを私は知っていました。私を憐れみ、私の弱さを気遣い、苦しみを和らげてくださったのです。後に、悪意ある警官は私たちを「治安を乱した」罪で拘留しました。その夜、私たちを一人ずつ三、四百斤(訳注:約二キロ)のセメントの塊に手錠でつなぎ、翌日の夜までそのままにして、その後また地元の拘留所に移動させたのです。

   拘留所に入るのは、一種の地獄に落とされるようなものでした。監督官は私に色付きの電球を数珠つなぎにする仕事を課しました。ノルマは当初一日六千個でしたが、その後毎日増えて一万二千個にまでなりました。この過剰な仕事量の結果、指が疲れきりましたが、それでも作業が終わりませんでした。夜通しつなぎ続けるしかありませんでした。時には堪りかねて少しだけ眠りたかったのですが、それを見られるたびに直ちにひどく殴られました。監督官は、「この囚人どもが仕事をすませていないか、ちゃんとやっていなければ、ペニシリンを何発か食らわしてやれ」と大声で獄中の「いじめ役」たちをけしかけさえしました。「ペニシリン」とは、囚人の股を膝蹴りし、痛がって身をかがめている間に背中の真ん中を激しくひじ打ちし、かかとで相手の足を踏みつけることです。この残忍な仕打ちを受けた人はその場で気を失うこともあれば、体が一生不随になることさえあります。この悪魔のような刑務所で、私は毎日骨の折れる重労働をし、さらに残忍な暴行も受けたのです。その上、毎日三度支給された食事は、味付けのない大根の葉と(腐った葉と根や砂や泥がよく混ざっている)空心菜に、百五十グラムほどの米飯と、米を洗うのに使われた水一杯という、犬や豚の餌以下のものでした。一日中、私はあまりの空腹で腹が絶えずゴロゴロ鳴っていました。こうした環境では全能神だけが頼りでした。殴られるといつも神に切実に祈り、「サタンの試みに打ち勝てるようにどうか信仰と強さを与えてください」と願いました。二十数日間の蹂躙と拷問の末、私の体はすっかりやつれて見違えるほどになっていました。両腕も両脚も力が入らず、まっすぐ立ち上がることもできず、腕を伸ばす力もありませんでした。狂った看守たちはそれでも私の苦境に無関心だっただけでなく、私の家族が送ってくれた数百元さえも横領しました。時間が経つにつれて、私の体調はますます悪化しました。あまりに衰弱したため、心の中で不平を言わずにいられませんでした。「どうしてこの国では、神を信じる者はこんな苦しみに遭わないといけないのだ。私が福音を広めるのは、人々を神の御前に連れて行き、神の救いを得られるようにするためではないのか。それに犯罪など犯したこともないのに」そう考えれば考えるほど耐え難くなり、被害感が増しました。できることは絶えず神に祈り、「どうか私を憐れみ、救ってください」と願うことだけでした。苦悩と無力感の中、神が私にご自身の御言葉からなる賛美歌を思い出させてくださいました。「… 2. あなたがたは皆このような言葉を覚えているだろう。『このしばらくの軽い患難は働いて、永遠の重い栄光を、あふれるばかりにわたしたちに得させるからである。』あなた方は皆過去にこの言葉を耳にしたことがあるが、その言葉の真意を理解した者はひとりもいない。今日あなたがたは、この言葉の持つ真の意義をよく理解している。これらの言葉は終わりの日に神が成就するものである。そしてそれは、赤い大きな竜の横たわる地で、竜にひどく苦しめられている人々の上に成就する。3. 赤い大きな竜の地で働きを実行することは神にとって非常に困難だが、神はこのような困難を通して、自分の働きのひとつの段階を行い、自分の知恵と不思議な業を明らかにする。神はこの機会を通して、この一群の人々を完全にする。人々の苦しみ、彼らの素質、そしてこのけがれた地の人々のサタン的なすべての性質故に、神はその清めや征服の働きを行うことで栄光を手にし、神の業の証に立つ人々を得るのだ。これこそが、神がこの一群の人々のために行った全ての犠牲のすべての意義である。」(『小羊に従って新しい歌を歌おう』の「君たちは神の嗣業を受け取る者」より編集)神の御言葉に大きな慰めと励ましを与えられ、私は御心を悟ることができました。私たちは無神論の国で神を信じているため、悪魔サタンの抑圧と迫害に遭う運命にあります。しかし、私たちがこの苦悩を受けることを神がお許しになっています。つまり、この苦しみには価値と意義があるのです。まさにそうした迫害と苦しみによって、神は私たちの中に真理を植え付け、神の約束を受ける資格を与えてくださいます。この「苦しみ」は神の祝福であり、この苦しみを通して神に忠実であり続けられることは、神のサタンに対する勝利の証であり、私が神のものになったことの動かぬ証拠でもあります。私は思いました。「今日、神に従っているために中国共産党の悪魔たちの手でこんな迫害に苦しんでいるが、これは神が私に特別なご厚意を示してくださっているのだから、当然神の指揮に従い、しっかりした平静な心で喜んで向き合って受け入れるべきだ」そして神が恵みの時代に語られた御言葉を思い出しました。「義のために迫害されてきた人たちは、さいわいである、天国は彼らのものである。」(マタイによる福音書5:10)そのとき、私の信仰と強さはさらに大きくなりました。サタンとその手下からどんな拷問を受けても、彼らに屈しないと決心し、神を証しして満足して頂こうと誓ったのです。権威と力の備わった御言葉により、私が内に抱いていた惨めさと無力感が拭い去られ、それまで受けてきた破滅的な肉体的苦痛が和らぎました。こうして私は暗闇の中で光が見え、霊がさらに強く、不屈になったのです。

   その後、証拠がないにもかかわらず、中国政府は私を一年間の「労働再教育」に処しました。警察が私を労働収容所に連行したとき、そこの看守は私がほとんど骨と皮だけで、もはや人間に見えない姿であることに気づきました。私が死ぬことを恐れて受け入れようとしなかったため、警官は私を拘留所に連れ戻すしかありませんでした。その時の私は、この悪しき警察による拷問のため、物を食べることができなくなっていましたが、警察には治療を与えられるどころか、はったりだとさえ言われました。何も食べられずにいると、人を呼んで口をこじ開けて無理やり食料を流し込ませました。飲み込むのに手間取ると殴られました。日に三度、無理やり食べさせられ、ぼろ切れ人形のように殴られました。警察はこれ以上食べ物を押し込めないと見て、私をやむなく病院に連れて行きました。検査の結果、静脈が硬化していたことが明らかになりました。血が黒くドロドロになり、まともに循環できなくなっていたのです。医者は「これ以上拘留が続けばこの男は間違いなく死ぬ」と言いました。それでも憎しみに満ちた悪しき警察は私を釈放しませんでした。その後、私は今にも死にそうだったので、他の囚人たちに「もうどうしようもない、終わったな」と言われました。そのときには苦悩のどん底で、「こんなに若く、終わりの日の神の働きを最近受け入れたばかりで、まだ楽しめることがたくさんあり、まだ神の栄光の日を見ていないのに」と感じました。中国政府から死に至る拷問を諦めて受ける気はまったくありませんでした。まったく無慈悲な悪しき警察連中を徹底して蔑み、中国政府というこのよこしまで天に背く非道でサタン的な政権をさらに憎みました。中国政府こそが真の神に従う自由を私から奪い、私を死の淵に追いやり、私が真の神を崇めることを許そうとしない張本人です。中国共産党は猛烈に神に抵抗し、クリスチャンを残忍に迫害し、神を信じるあらゆる人を根絶し、中国を神なき地に変えようと目論んでいます。この非道な悪魔サタンはまさに神の不倶戴天の敵であり、それも私が決して赦すことのできない敵です。私はたとえその日に拷問で命を落とすことになろうとも、絶対にサタンに妥協せず、屈しないことを誓いました。悲しみと憤りの中で、私は神が仰ったことを思い出しました。「数千年におよぶ憎しみが心に凝縮され、数千年におよぶ罪深さが心に刻み込まれている。こうした状態で、どうして憎悪感を覚えずに居られようか。神の仇を討ち、神の敵を掃討し、敵が二度と蔓延ることを許してはならない。また敵が意のままに問題を起こすことを許してはならない。今がその時である:人は随分前からこのために全力を振り絞り、努力の限りを尽くし、費やせるだけ費やしてきた。それは、この悪魔の忌まわしい顔をはぎ取り、盲目にされた人々、あらゆる苦しみと苦難に耐えてきた人々が痛みから立ち上がり、この邪悪な古い悪魔に背を向けることができるようにするためである。」(『言葉は肉において現れる』の「働きと入ること(8)」より)神の御言葉について黙考した後、私は中国政府の悪しき残忍な悪魔の素顔をさらにはっきり見極め、自分がその時点で生と死、善と悪の霊的な戦いに直面しているのだと悟りました。中国政府がこのように私をぼろぼろにする目的は、私に神を捨てて裏切るように強いることでしたが、神は私がしっかり立ち上がり、死による呪縛を脱し、神のために勝利の証しをするように注意と励ましを与えてくださいました。私は消極性の中に退くわけにはいきませんでした。懸命に神と息を合わせ、神の指揮と采配に従わなければなりません。ペテロのように死ぬまで服し、人生の最後の瞬間にはしっかり声高に神の証しをし、神の心をお慰めしなくてはならないのです。私の命は神の御手の中にあり、サタンはたとえ私の肉体を傷つけ殺することはできても、私の魂は滅ぼせず、ましてや神を信じて真理を追い求めようという私の決意を妨げることはできません。私はその日生き延びるか否かにかかわらず、ただ自分の命を神に委ね、神の指揮を受け入れることを願いました。たとえ死ぬまで痛めつけられても、絶対にサタンに屈しません。自分の命を犠牲にしてもよいと思い、神の証しを立てようと決意したとき、神は他の囚人たちが私に食べさせようとするように仕向けることで、道を開いてくださいました。その時、私は胸を躍らせました。神が自分のそばにおられ、いつもともにいてくださったことを心の奥で知っていました。これまでずっと私を見守り、私の弱さを思いやり、入念にすべてを采配してくださっていたのです。その暗い悪魔のねぐらの中、体はぼろぼろにされながらも、私の心はもはやそれほど苦痛と苦悩を感じませんでした。その後、悪しき警官たちは私をさらに十五日間拘留しましたが、私が虫の息でいつ死んでもおかしくないと見てついに釈放せざるをえませんでした。私はもともと体重が五十キロ以上ありましたが、監禁された二か月間ほどのあいだ、拷問の末、骨と皮だけになって二十五~三十キロまでやせ、何とか生きてる状態でした。それでもこのけだもの連中は一万元の罰金を取ろうとしました。結局は、家族にそれほどの大金を用意するのが絶対に無理であるとわかったので、私の食費として六百元を請求し、それを支払ってからやっと私は釈放されました。

   中国政府の手によるこの非人道的な拷問と虐待に苦しんだ私は、かろうじて地獄の門を逃れたような気分でした。私が生きて戻れたことは、すべて神のお気遣いと御加護のおかげです。神が私に大いなる救いを見せてくださったのです。神の愛を思うと、私は二倍に心を打たれ、神の御言葉の尊さをさらに深く実感しました。以来、私は毎日神の御発言を熱心に読み、頻繁に神に祈りました。徐々に神が終わりの日に人類を救うためになさっている働きの理解を深めていきました。しばらくして、神のお気遣いのもと、体が次第に回復し、私は再び福音を広め、終わりの日の神の働きの証しをするようになりました。しかしサタン的政権は存続する限り、神の働きの妨害と破壊を試みることを決してやめません。その後、私は再び中国政府の警察による猛烈な追跡と逮捕に遭いました。

   2004年11月のある日、冬の冷たい風がひどく吹き、空気が厚い雪で渦巻いていました。私と何人かの兄弟姉妹は福音を広めていたのですが、そのあいだに私は中共警察に尾行されていました。その夜の8時に、集会の最中に突然、玄関でドアをしつこく叩く音と「ドアを開けろ。公安局だ。今すぐ開けないと蹴破るぞ」と叫ぶ声が聞こえました。考える間もなく、私たちは急いでビデオCDプレーヤー、書籍、その他の資料を隠しました。しばらくして警官が五、六人ドアを破って入って来て、盗賊か追いはぎのように突進してきました。そのうちの一人が「誰も動くな。頭に手を置いて、壁際にしゃがみ込め」と怒鳴りました。すぐに数人の警官が各部屋に駆け込み、あちこち荒らしまわると、小型ビデオCDプレーヤー四台と神への信仰に関する書籍数冊を没収しました。その後直ちに私たちをパトカーに押し込み、地元の警察署に連行しました。私はそこに行く途中、昨年悪しき警官たちに加えられたおぞましい拷問の場面が次々に脳裏によみがえり、この悪魔のような警察に今度はどんな手で苦しめられるのかわからず、大変緊張せざるをえませんでした。彼らの残忍さに耐えかねて、神を裏切ることをしてしまうのではないかと恐れ、黙って熱心に神に祈りました。すると不意に、数日前に集会の際に読んだ御言葉をいくつか思い出したのです「私は兄弟姉妹に対する希望に満ちており、あなたがたが落胆したり意欲を喪失したりせず、そして、神が何をしようとも、あなたがたは火のるつぼのようであり、決して生半可ではなく、神の働きが完全に現れ、神が監督する劇が終わるまで、最後まで貫徹できると信じている。」(『言葉は肉において現れる』の「道……(8)」より)「私達の間に障壁がなく、私達全員が「団結して働き、最後まで献身し、決して別れず、常に共にある」という誓いを立てられるように。私達の心が道を逸れず、私達の意志が揺るぐことがないように兄弟姉妹が神の前でこの決意ができるように。」(『言葉は肉において現れる』の「道……(5)」より)神の御言葉は私の心を揺さぶりました。神が人類に救いをもたらすために天から地に降りられ、ご自身の働きにおいて非常に多くの試練と苦難を受けられたことを私は思いました。人々がどんなに厳しい状況にあっても、神に最後まで揺るぎなく忠誠であり続けることが神のお望みです。神によって選ばれた者、神の発言の施しを享受した者として、私には神に完全に自分を捧げる義務がありました。私は思いました。「どんなに苦しみ、痛めつけられても心は信仰に満ちたままでなくてはならない。神への気持ちは変わらず、意志は揺らいではいけない。声高に神を証しするのであり、絶対にサタンに屈服してはならない。それに神を裏切って無意味で卑しい生き様をさらすのももってのほかだ。神こそ私が頼る方であり、それ以上に強力な支えなのだ。私が神と真摯に歩調を合わせる限り、神は確実に私をサタンに対する勝利に導いてくださる」こうして、私は黙って神に誓いました。「神よ、たとえ自分の命を犠牲にせざるをえなくても、私はあなたを証しします。どんな苦しみに遭っても、真の道を守ります」神の御言葉に元気づけられて、私の信仰は百倍になり、すべてを犠牲にしてでも神の証しを立てる信念と決心を見出ししました。

   警察署に着くとすぐに、警官は急いでストーブで体を温めました。彼らはみな私をにらみつけ、眉をひそめて燃えるような目つきと厳しい声で尋問しました。「しゃべるんだ。名前は何だ。何人に宣教した。誰と連絡を取っていた。教会の指導者は誰だ」私があくまで沈黙を守るつもりでいると知ると、悪しき警官の一人がその残忍な本性を表して私に跳び掛かり、首を乱暴につかみ、頭を何度も壁に叩きつけ、私はついにめまいと耳鳴りがしました。次にこぶしを上げ、私の顔と頭を猛然と殴りながら、叫びました。「お前が指導者だろう。何とか言え。さもないと建物のてっぺんから吊るして、凍え死にさせるぞ」私はこの悪しき警官たちに三十分以上も激しく殴られ、しまいに目から火が出て鼻血が流れていました。彼らの望みどおりに話さなかったため、公安局に連行されました。そこに向かう途中、悪しき警官からたった今受けた狂気の暴行を思い、不覚にも恐怖が波のように押し寄せ、思いました。「地元の警察署に着いてからこんな非情な仕打ちなら、公安局の警察はどこまで残忍なやり方で拷問してくるだろう。嫌な予感がする。今度は生きて出られないかも…」このことをじっくり考えると、心は言葉にならない絶望と悲しみで満たされました。つらく無力な中、一年前悪しき警察によって死の寸前まで拷問されていたところを神のおかげで奇跡的に生き伸びられたことをふと思い出しました。すぐに心が明るくなり、思いました。「私が生きるか死ぬかは神の手にあるのではないか。神のお許しがなければ、サタンはどんな手を使っても私を殺すことはできない。これまでの神のすばらしい御業を目にしたのに、どうして忘れられたのだろうか。どうしてそこまで信仰がなかったのだ」その瞬間、自分の霊的背丈がまだ未熟であると悟りました。死が差し迫る試練に直面すると、いまだに神のおそばに立てなかったのです。神の御発言の一つを思い出さずにはいられませんでした。「しかし、自分の心の中で生きることは、サタンの虜となることであり、それは行き止まりである。これは今とても簡単なことである。あなたの心でわたしを見上げなさい。そうすれば、あなたの霊はすぐに強くなり、あなたは実践するための道を持ち、わたしはあなたを一歩一歩導くだろう。わたしの言葉は、あらゆる時にあらゆる場所で、あなたに明らかにされる。それがどこであれ、いつであれ、またどんなに状況が不利であれ、あなたの心でわたしを見上げるなら、わたしはあなたにはっきりと示し、わたしの心はあなたに現される。このようにして、あなたは前に延びる道を走り抜き、自分の道を見失うことは決してないだろう。」(『言葉は肉において現れる』第一部「キリストの初めの言葉」の「第十三章」より)神の御言葉は導きの灯台であり、おかげで私の思いはますます明らかになりました。神のお望みはこの困難な環境を用いて私を清めることであり、危機の最中に私が自分の観念や想像、肉への執着を捨て、神にのみ頼り、神の御言葉に頼って前進するようになることだと私は悟りました。これは、私が神の働きを体験するように神が導いてくださる重要な瞬間であり、私は絶対にひるんではならないと知りました。私は自分の生と死を完全に神の手に委ね、神に頼りつつ、最後までサタンと戦わなければならなかったのです。

   公安局に着くと、警官は再び私たちを引き離して個別に尋問しました。彼らが私から神への信仰に関する事柄を無理に聞き出そうとし続けるなか、そのうちの一人は、私がどうしても口を閉じたままでいようとしていたことに激怒しました。「黙ってただですむと思っているのか。もう我慢ならん」警官はそう言いながら、両手で私の襟をつかみ、サンドバッグのように床に投げ飛ばしました。そこで寄ってたかって来た他の悪しき警官に、私は蹴られて踏みつけられ、転げまわるほど痛がりました。そして、頭に足を乗せられ、きつく押しつけられ、前後に引きずられたのです。まだ一年前に受けた野蛮な拷問から完全に回復していなかったので、再びひどく殴られた後、急にめまいと吐き気を催しました。頭の天辺からつま先まで苦痛に見舞われ、体はボールのように丸く縮こまりました。次に、悪しき警察に靴と靴下を破り取られ、裸足で床に立たされました。あまりの寒さで歯が勝手にガチガチ鳴り、両足の感覚がすっかりなくなりました。もう限界だ、いつ床に倒れてもおかしくないと感じました。悪意に満ちた警官の残忍な責苦に、怒りと憤りを燃やさずにはいられませんでした。この極悪な鬼たちを蔑み、卑劣で反動的な中国政府を忌み嫌いました。中国政府は天に背き、神の敵であり、神を裏切り拒むように強いるため、私を抹殺しようと躍起になって蹂躙、拷問しました。サタンの残虐非道さを前に、私は神の愛に一層思いを馳せました。人類に救いをもたらすべく、そして私たちの今後の生存のため、神ご自身が私たちのもとで歩んで働きをなさりながら、極度の屈辱に耐えられたことを私はじっくり考えました。神は私たちのためにご自身の命を捧げ、真理を追い求めて救いを得る道に私たちを導くために今では辛抱強く真剣に御言葉を表してくださっています。神が人類の救いのために払われた大変な代償をすべて集計すると、神よりも私を愛してくれる者はいないと感じました。神は他の誰よりも私の命を尊んでくださいます。サタンは私を傷つけるか、むさぼって殺すことしかできません。その時、私は心に神への愛と崇敬の念が更に募るのを感じ、静かに神に祈らずにいられませんでした。「神よ、このように導き救ってくださってありがとうございます。今日サタンにどのように拷問されても、私はあなたに歩調を合わせるために必ず懸命に働きます。悪魔の軍門には下らないと誓います」肉体は拷問で弱く無力になっていましたが、神の愛による励ましで心は堅く強くなり、決して悪しき警官たちに屈しませんでした。彼らは私を翌朝の一時まで拷問し続け、本当に何らの情報も私からは得られないと見ると、しぶしぶ拘留所に連れて行きました。

   拘置所に着くと、悪しき警官は再び「いじめ役」たちを扇動し、私を罰する手を考えるだけ考えるように仕向けました。その時の私はあまりの拷問の末、全身が切り傷や打撲傷で覆われていました。まったく足の自由が利かず、監房に入ったとたんにこけて、凍てついた床に倒れました。私のこの有様を見た「いじめ役」たちは無言で私をつかみ上げ、拳で頭を殴りました。私は目が回るまで彼らに殴られ、再び床にどさりと倒れました。その後やって来た囚人たち全員にからかわれ、彼らの指示で片方の手を床に押し付けながらもう片方の手を耳に当てて、床の上でコンパスのように回ることを強いられました。二回り以上する前にめまいがして床に倒れると再び蹴られ、殴られました。その上囚人の一人に腹部を激しく突かれたため、その場ですぐに意識を失いました。その後、囚人たちは毎日私を様々な手で拷問して虐待し、皿洗いやトイレ掃除といった汚い日課をすべてさせるように監督官から指示されました。雪の日に冷たいシャワーを浴びることまで強制されました。しかもシャワーを浴びる度に頭からつま先までせっけんを泡立ててから冷水を全身にゆっくり流すように強いられしました。三十分近くシャワーを浴びた後、あまりの寒さで全身が紫になり震えていました。この非人道的な拷問と虐待の中、私は絶えず神に祈り、もし神を離れれば完全にサタンの捕虜となってしまうだろうと恐れました。祈りを通して神の御言葉が私に響き渡り、導いてくださいました。「神が勝利者と呼ぶ者は、サタンの影響下に置かれ、サタンに包囲された時、つまり闇の軍勢の中にいる時でも、神の証しに立ち、神への確信と忠誠を維持できる者である。何があっても、あなたが依然として純真な心と神に対する真実の愛を維持できるのであれば、それは、あなたが神の前で証しに立っているということであり、それは神が言うところの勝利者となることである。」(『言葉は肉において現れる』の「あなたは神への忠誠を保たなければならない」より)神の御言葉は、私の思考を照らして落ち着かせる光でした。サタンに包囲されているときこそ神への忠実さと愛をもつ必要があると私にはわかっていました。この悲惨な環境は私の体に苦しみと痛みをもたらしましたが、その背後には神の広大な愛と祝福が隠れていました。神が私にサタンの前で神を証ししてサタンを徹底的にはずかしめて打ち負かす機会を与えてくださったのです。そのため、私はこの苦しみを経験しつつ、「最後まで辛抱し、この暗い悪魔のねぐらで神の導きに頼って神の証を立て、勝利者になるよう努めなければ」と何度も何度も自分に言い聞かせました。神の御言葉に導みで、私の心は堅く強くなりました。衰弱と苦痛で肉体をぼろぼろにされても、私は自分がそれにすべて耐えてサタンと決死の戦いを繰り広げ、神の証を立てて息絶えられる自信がありました。

   二十日以上投獄された後、私は突然ひどい風邪をひきました。両手両足が痛んで自由が利かなくなり、体力がすっかりなくなり、思考が混乱しました。状態の悪化と他の囚人たちの容赦ない暴行と拷問のために、これ以上耐えられないと感じました。心の中でとりわけ弱さと憂鬱を感じ、こう思いました。「この毎日の拷問と虐待はいつ終わるのだろう。今度は判決を下されるようだから、生きて出られる見込みはない」すると心が不意に底なしの深淵の中に落ちたように感じ、あまりに深い絶望と苦痛に沈んで抜けようがありませんでした。この上ない絶望にある時、神の御言葉の賛美歌を思い出しました。「わたしはあなたがたが多くの感動的な言葉を語ったり、興奮するような物語りを語れることを望まない。むしろ、わたしに立派な証しをすること、現実に完全に深く入ることができることを求める。.…もはや自分の前途については考えず、すべての物事における神の采配に委ねるとわたしの前で決心したそのとおりに行動しなさい。わたしの家の内に立つ者はみな、できる限りの努力をしなければならない。わたしの地上での働きの最終部分に自己の最善を差し出さなければならない。あなたは、このように実践する気持ちがほんとうにあるだろうか。」(『小羊に従って新しい歌を歌おう』の「あなたがたは本当に神の采配に服従できるか」より編集)御言葉の一行一行に心を打たれ、私は深く恥じ入りました。何度苦渋の涙を流したかを振り返り、万事において神に自身を捧げ、神の指揮と采配に従う決心を固めました。また、拷問の苦しみを受けていた私を神の御言葉が導いてくださったとき、命がけで神の証を立てることを御前で誓ったのに、いざ実際の代償を払って神にご満足いただくことを本当に神に求められると、私はそうするどころか命に卑しくも執着して死を恐れて、自分の身がどうなるかだけを気にかけていたことも思い起こしました。神の御心を完全に無視し、できるだけ早く自分の苦境を逃れて安全圏に行くことしか考えていなかったのです。自分がどれほど実に低俗で無価値であるかを悟りました。神への信仰が不十分で、あまりにも不実でした。神に真に献身することができず、この身の中に本当の従順がなかったのです。そのとき、私は神が終わりの日の働きにおいて求められているのは人類の真の愛と忠実さであると理解しました。これが神の最後の要求であり、神が人類に託された最後の使命なのです。「神を信じる者として、私は完全に神の御手の中に自身を置くべきだ。私の命は神に与えられたのだから、私の生死の最終的な決定権は神にある。私は神を選んだのだから、神に自分を捧げ、神の指揮に従うべきだ。どんな苦しみや屈辱にさらされようと、神に献身して行動すべきだ。自分の選択や要求を持つべきではない。これは私の本分であり、私が持つべき理知だ。私がまだ呼吸をして生きているのは、すべて神の御加護とお気遣いのおかげだった。神によるいのちの施しだったのだ。それがなければとっくに悪魔につぶされて死んでいなかっただろうか。私がこのような深い苦しみと困難を最初に経験したとき、神が克服するよう導いてくださった。今やどんな理由があって神への信仰を失うのだ。どうして否定的で軟弱になり、尻込みして逃げたがることができるのだ」この考えが浮かぶと、私は静かに自分の罪を神に告白しました。「全能神よ、私はとても自分勝手で貪欲です。ただあなたの愛と祝福を享受したいだけで、心からあなたに自身を捧げたいとは思っていませんでした。刑務所で長く苦しみに耐えなければならないと思うと、ただ自由になってそれを避けたいと思います。本当にあなたの気持ちをひどく傷つけてしまいました。神よ、これ以上深く沈みたくありません。ただあなたの指揮と采配に従い、あなたの導きを受け入れたいと思います。たとえ獄死しても、あなたを証ししたいのです。死ぬまで拷問されるかもしれませんが、最後まであなたに忠実であります」祈った後、私は二倍に心を打たれました。苦痛はそれまでのままでしたが、心の中では、神にご満足いただくという誓いを果たすまであきらめないという信仰と決意を感じていました。死に至るまで神を証しするという決意と自信が芽生えると、奇跡的なことがすぐに起こりました。ある早朝、ベッドから起き上がると、どちらの足にも感覚がないことに気づきました。歩くのはおろか、立つこともまったくできませんでした。悪しき警察は当初私の話を信じず、はったりだと思いこみ、無理に立ち上がらせようとしました。しかし私はどんなに頑張っても立てませんでした。彼らは翌日戻ってきて、再び私の体を調べました。私の両足が凍るように冷たく、血がまったく通っていなかったため、彼らは私が本当に麻痺していると納得しました。その後、私の家族に「家に連れて帰ってもいい」と連絡しました。私が帰宅した日、足の感覚が奇跡的に戻り、何の不自由もなく歩けるようになりました。これはすべて全能神が私の弱さに憐れみを示してくださったおかげだと私は心の奥で知っています。神ご自身が私のために道を開いてくださったため、私は中国政府による一か月の不法拘留の末、サタンのねぐらから無事に出ることができたのです。

   二度拘留され、中国政府の非人道的で残忍な拷問を受けた後、私は肉体的な苦しみを多少受け、死にかけもしましたが、このとてつもない経験は二度とも、私が神への信仰を持つ道の強固な土台となりました。私の苦しみと困難の最中に、全能神は私に最も実践的な真理の潤しといのちのほどこしを与えてくださいました。こうして私は中国政府とその真理への憎悪、神への敵意、その悪魔的な素顔を徹底的に見極め、猛烈に神に抵抗して神の信者を迫害するという中国政府の凶悪な犯罪を詳しく知ることができただけでなく、神の御言葉の力と権威の理解も授けられました。私が中共の魔の爪を二度逃がれて生き延びられたのは、すべて神のお気遣いと憐れみの結果でした。さらに言えば、神のとてつもない生命力の具現と確証でもありました。私は今や、全能神がいつでもどこでも常に私の唯一の支えと救いであると深く悟っています。この人生でどんな危険や困難に遭遇しても、全能神につき従い、積極的に御言葉を広めて御名を証しし、真実の献身で神の愛に報いることに専念しようと決意しました。


全能の神は私に人生の二度目のチャンスをお与え下さりました

2020-01-15 19:57:52 | 勝利者の証し

   2012年7月21日は私にとって最も忘れられない1日、そして私の人生で最も重要な1日となりました。

   あの日、北京の房山区は過去61年で最も激しい豪雨に見舞われていました。午後4時過ぎに、私は外の様子を見に街路に出ると、あちこちが水浸しになっていました。私の家の車は既に水に浮かんだ状態で、未だ水流に流されていなかったのは車の前にあった物が車をブロックして動かないようにしていたからです。この光景を見てとても気掛かりになった私は、すぐさま私と同様に神の信者であった旦那に電話をしたのですが、何度電話しても連絡が取れませんでした。その時、私は神の御心を求めずに、急いで家に戻って旦那と連絡を取ることにしました。

   その後、私と旦那は傘を手に車を見に行きました。私達が車の隣まで行くと、旦那は運転しようと車に入ろうとしたのですが、車は旦那が触れる前に勝手に動き始めたのです。旦那は急いで数歩だけ追い掛けましたが、車は水流に流され、旦那も一緒に引き込まれてしまったのです。これに慌てた私は駆け寄って旦那を掴みたかたのですが、そう動く前に私も水流に引き込まれてしまったのです。あっという間に、私達はこのうなるような水流に60メートル以上も押し流されてしまったのです。丁度その時でした、ミニバンタイプのタクシーが突然私達の目の前に横向に浮かび上がって来たのです。私の旦那はこのタクシーに寄り掛かって体を起こそうとしたのですが、そうする前にタクシーは押し流されて行き、私達も一緒に数メートル押し流されてしまいました。水流の流れが変わった個所で、旦那はついに無理やり起き上がる事ができたのです。旦那は、「早く!あの高いパビリオンに入るんだ!」、と言って、私達は手をつなぎ、やっとの思いで小さなパビリオンの中によじ登っていったのです。丁度その時、洪水はその水位を増し、私達はまた流されてしまわないかとビクビクしながら柱にしがみつきました。私は、この生きるか死ぬかの危機に陥ってから初めて神を頼りにすることを思い出したのです。私は心の中から、「神様!今日私が生きるか死ぬかはあなた次第で御座いますが、私の死もあなたの義となることでしょう!」、と続けて祈りを捧げて懇談しました。私は神から一瞬たりとも離れようとせずに、何度も続けて祈りを捧げ続けました。突然その時、奇跡が起こったのです。沢山の棒が私達の方向に流れる水流をブロックし、洪水に体を打たれ続けても痛みを感じなくなったのです。水位が高くなるにつれ、私達は神を讃えながら祈りを捧げ、讃美歌を歌い続けました。後に、水流の勢いは増し続け、私は完全に疲れ果ててしまい、これ以上は柱にしがみついていられないと思いました。私は慌てて、「これ以上は無理。私はこれで終わりだわ!」、と旦那に叫びました。そして突然、私は洪水に飲み込まれてしまったのです。私の旦那は急いで私を掴もうとしたのですが、その瞬間が私の生死の分かれ目となったのです。丁度その時でした、車が私達の前に浮かび上がり、偶然にも柱の間に挟まったのです。急流は車の両サイドを流れるようになり、私達の無事が確保されたのです。神はなんて素晴らしいのでしょう!神は本当に全能なお方なのです!あの日、神が私を御救い下さっておらなければ、私は洪水に流されてしまいどこかで命を落としていたことでしょう。全能の神が、私に人生の二度目のチャンスをお与え下さったのです。神はこれについてこう仰っておられます、「神は自分のいのちを使って生けるものといのちのないもの両方のすべてのものを供給し、神の力と権威によって、すべてに良き秩序をもたらすのである。これは、誰も想像できず、たやすく理解できない事実であり、これらの理解不可能な事実こそが、神の生命力の顕示と証明なのである。」(『言葉は肉において現れる』の「神は人間のいのちの源である」より)

   こうして私達は5時間も雨に打たれ続けました。実は、それまでに、レスキュー隊員数人が既に私達を発見していたのですが、水流の勢いを見た彼らは自分達が流されてしまうことを懸念して、私達を救助しに来ずにただ単に遠くから見つめていたのです。明らかに、人は災害発生時には自分勝手でどうすることも出来ないのです。全能の神のみがいのちの源であり、それ以上に、神のみが時にかなって私達を救うことが御出来になるのです。全能の神から離れるということは死ぬということなのです。私は神の愛を個人的に体験できたことを踏まえ、「私は、本日より、意を決して全能の神に従い、神から授かった御救いに対して、神の優しさの恩に報いることが出来るよう自らの個人的な経験を用いて福音を広げ、より多くの人々を神の前に導いて行く」と神に誓いたく思います。

一般的な兄弟姉妹2人(北京)

2012年8月15日


患難が神への愛を鼓舞する

2019-12-04 22:57:23 | 勝利者の証し

   私は生まれつき正直な人間で、そのためいつも他人からいじめられました。それゆえ、人の世の冷たさを味わい、自分の人生は空虚で意味のないものだと感じてきました。全能神を信じ始め、神の御言葉を読んで教会生活を送ることで、私はかつて味わったことのない熱意と喜びを心の中で感じました。全能神教会の兄弟姉妹が家族のように愛し合っているのを見て、神だけが義でいらっしゃり、光は全能神教会にしか存在しないことがわかりました。また数年にわたって全能神の働きを自ら経験することで、全能神の御言葉は本当に人を変えて救うことができるのだと実感するようになりました。全能神は愛にして救いでいらっしゃいます。そのため、より多くの人が神の愛を享受して神の救いを受け取れるよう、私は兄弟姉妹と一緒に全力を尽くして福音を広めようと努めましたが、共産党に逮捕、迫害されるとは想像だにしていませんでした。




   2011年1月12日、私は数名の兄弟姉妹と共に福音を伝える場所へ車で向かいましたが、悪人たちに通報されてしまいました。それから間もなく、県政府が風紀犯罪取締班や国家治安部隊、薬物対策班、武装警察隊、地元警察など複数の法執行機関に指示を出し、10台以上の車で私たちを包囲し、逮捕するよう命じました。兄弟の1人と私が車に乗って逃げようとしていると、7、8名の警官が別の兄弟を狂ったように警棒で殴っているのを目にしました。そのとき、4名の警官がすぐさま私たちの車に駆けより、車を発進できなくさせました。そして邪悪な警官の1人が説明もなしに車のキーを引き抜き、私たちに車の中でじっとしているよう命じました。すると、あの兄弟が打ちのめされ、動けない状態で地面に座り込んでいるのが目に入りました。私は義憤で一杯になり、暴行を止めようと車から駆け出さずにいられませんでした。しかし、邪悪な警官が私の腕を捻り上げ、私を脇に押しやりました。私は彼らに「どんなことでも話し合えばいい。どうしていきなり人を殴れるんだ」と説得しようとしましたが、警官たちは悪意も露わに「急いで車に戻れ。お前もすぐに袋叩きだ!」と怒鳴り帰しました。その後、彼らは私たちを警察署に連行し、私たちの車は強制的に押収されました。

   その夜9時過ぎ、2名の警官が私を尋問するためにやって来ました。私から有益な情報を得られないことがわかると、彼らは狼狽と苛立ちを募らせ、怒りのあまり歯ぎしりしながら私を汚く罵りました。「畜生、お前は後から始末してやる!」そう言うと、彼らは私を尋問待機室に閉じ込めました。夜11時30分になり、2人の警官が私を監視カメラのない部屋に連れていきました。暴力を振るうつもりだと予感した私は心の中で繰り返し神に祈り、私を守ってくださるようお願いしました。そのとき、賈という名字の邪悪な警官が私を尋問しに現われました。「ここ2、3日、お前はフォルクスワーゲンのジェッタに乗っていたか」私が「いいえ」と答えると、相手は激高しました。「複数の人間がお前を目撃しているんだ。それでもお前は否定するのか」そう言うと、悪意を剥き出しにして私の顔を平手打ちしました。頬が燃えるように痛み、それ以外の感覚がなくなりました。すると警官は大声で高笑いしました。「お前がどれほどタフかを確かめてやる!」そう言い放ちながら幅広のベルトを手に取り、私の顔を何度もそれで打ちました。何度打たれたかわかりませんが、あまりの痛みに何度も叫び声を上げました。これを見た警官たちは私の口の周りにベルトを巻きました。その後、数名の邪悪な警官がブランケットを私の身体にかぶせ、警棒で激しく殴り始めました。彼らが手を休めたのは殴り疲れて一息入れるときだけでした。私はあまりに強く殴られたせいでめまいがし、全身の骨が砕けてしまったかのような痛みを感じました。このときは、警官たちがなぜ私をこのように扱うのかわかりませんでしたが、暴行のせいで私の身体にあざが残らないよう、ブランケットを私にかぶせたのだとあとでわかりました。監視カメラのない部屋に閉じ込め、口に猿ぐつわをかませ、身体にブランケットをかぶせたのはいずれも、自分たちの悪行が暴かれるのを恐れたためだったのです。名誉ある「人民警察」がこれほど不実で非道だとはそれまで考えたこともありませんでした。殴り疲れた4名の警官は、別の手段で拷問を続けました。2名の邪悪な警官が私の一方の腕を背中に回して無理矢理引き上げ、別の邪悪な警官2名がもう一方の腕を肩から背中のほうに引き上げると、思い切り引き下げました。しかし両手を一緒に引っ張ることができなかったため、彼らは悪意を込めて私の腕を膝蹴りしました。ポキッと音が聞こえ、両腕が引き裂かれたように感じました。あまりの痛みに息が止まりそうでした。この種の拷問方法は「剣背負い」と呼ばれており、普通の人には耐えられません。両手の感覚がなくなるまでそう時間はかかりませんでした。警官たちはそれでもやめず、さらに私を苦しめるため、ひざまずくように命じました。あまりの激痛に全身から冷や汗が噴き出し、頭がガンガン鳴り響き、意識が少しぼんやりし始めました。そして、「私は長年生きてきた。病気がちだったが、自分の意識をコントロールできなくなったことはない。このまま死ぬのだろうか」と考えました。その後、私はそれ以上耐えられなくなり、死によって救いを求めることが頭に浮かびました。その瞬間、神の御言葉が私を内側から啓きました。「今日、大抵の人々はそのような認識を持っていない。そういう人々は、苦しみには価値がなく……一部の人々にあっては、苦しみがある点に達し、死を考えるようになる。しかし、それは真の神への愛ではない。そうした人は臆病者であり、忍耐力を持たず、弱く、無力なのである。」(『言葉は肉において現れる』の「辛い試練を経験して初めて、神の素晴らしさを知ることができる」より)神の御言葉は私を急に目覚めさせ、自分の考え方は神の御旨に沿うものでなく、神を悲しませ、失望させるだけだということに気づきました。なぜなら、この痛みと苦しみの最中、神がご覧になりたいのは私が死を求めることではなく、私が屈辱を飲み込んで重荷を背負えること、神のお導きに頼ってサタンと戦い、神の証しを立て、サタンを辱めて打ち負かせることだったからです。死を求めるのはサタンの策略に落ちることであり、そうなれば神の証しを立てることができず、代わりに恥を晒すことになるのです。神の御旨を理解した私は無言で神に祈りました。「ああ、神よ。私の本性のあまりに弱いことが、現実によって明らかになりました。あなたのために苦しむ意志も勇気もなく、少しばかり身体に痛みを受けたせいで死にたいと考えました。あなたの御名を辱めることは一切できず、どのような苦しみに耐えなければならないとしても、あなたの証しを立て、あなたに満足していただかなければならないことを、いま私は知っています。しかし現在、私の身体は究極の痛みの中にあって大いに弱り、これら悪魔の暴行を自力で耐えることはとても難しいとわかっています。あなたに頼ってサタンを打ち負かすことができるよう、もっと自信と強さをお与えください。あなたを裏切ったり、兄弟姉妹を売ったりしないことを、いのちにかけて誓います」繰り返し神に祈るうちに心が少しずつ落ち着いてきました。邪悪な警察は私がほとんど息をしていないことに気づき、私が死んだ場合に責任を問われることを恐れて手錠を外しました。しかし、私の腕は既に硬直しており、手錠があまりにきつく締められていたため、それを外すのはとても一苦労でした。それ以上力をかけたら、私の腕は折れてしまっていたでしょう。4名の邪悪な警官は数分がかりで手錠を外してから、私を尋問待機室に引きずっていきました。

   翌日の午後、警察は自分たちの裁量で私に「刑法違反」の罪を被せ、家宅捜索をするために自宅へ連行してから拘置所に連れ戻しました。拘置所に戻るとすぐ、4名の刑務官が私の綿のジャケット、ズボン、ブーツ、時計、そして所持金1300元を押収しました。そして規定の囚人服に着替えさせ、強制的に200元で毛布を購入させました。その後、刑務官は武装強盗、殺人者、強姦魔、麻薬の売人と同じ監房に私を閉じ込めました。私が監房に入ると、剃髪した12名の囚人が敵意を剥き出しにして私を睨みつけました。そこの空気は陰気でおどろおどろしく、突然、心臓が口から飛び出そうになりました。リーダー格の囚人2人が私に近づき、「お前は何で捕まったんだ」と尋ねました。私は「福音を広めたからです」と答えました。すると彼らのうちの1人が私の顔を無言で2度平手打ちしてから言いました。「お前、「司教」ってやつだろう。」それを聞いた残りの囚人は一斉にどう猛に笑い始め、「だったら、お前の神にここから出してくれって頼んだらどうだ」と言って私をからかいました。野次とからかいの中、リーダー格の囚人が私の頬をさらに数回平手打ちしました。そのときから私のあだ名は「司教」となり、頻繁に屈辱と嘲笑を受けました。もう1人のリーダー格の囚人は私が履いていたスリッパを見て、「お前は自分の立場をまったくわかってないな。こんな靴を履く価値がお前にあるのか。脱げ!」と傲慢な口調で言いました。そして私のスリッパを無理矢理脱がし、自分たちの履き古したスリッパに履き替えさせました。毛布も取り上げられて他の囚人のものになりました。囚人たちはその毛布を巡って何度も争い、結局私の手元には、薄くて破れだらけで、汚く、悪臭のする古い毛布が残りました。刑務官がけしかけたこともあり、囚人たちは私をありとあらゆる苦難と苦痛の対象にしました。夜間、監房内の照明は点灯したままですが、リーダー格の囚人は邪悪な笑みを浮かべて、「俺のために電気を消せ」と私に言いました。私ができないでいると(監房内にはスイッチさえありません)囚人たちは再び私を笑いものにして嘲り始めました。翌日、数名の若い囚人が私を監房の隅に立たせ、刑務所の規則を暗記するよう強要し、「2日以内に暗記しないと袋叩きだぞ」と脅しました。私は怯えずにはいられませんでした。ここ数日のあいだに経験したことを考えれば考えるほど、恐怖が増しました。私にできた唯一のことは絶えず神を求め、これに打ち勝てるようお守りくださいと乞うことだけでした。そのとき、神の御言葉の賛美歌が私を啓きました。「投獄や病気、他人からの嘲りや中傷に遭っても、あるいは逃れる道がないように見えても、それでも神を愛することができるのです。これが、心が神に立ち返ったということです。」(『小羊に従って新しい歌を歌おう』の「あなたの心は神に立ち返ったか」より)

   神の御言葉は私に力を与え、神を愛することを求めて心を神に向けるという実践の道を示してくれました。その瞬間、心が突如澄み渡りました。この苦難が私に降りかかるのを神がお許しになったのは、私を苛むためでも、意図的に私を苦しませるためでもなく、このような環境でも私の心が神に向くよう訓練し、それによって私がサタンの暗い影響力の支配を耐え、なおも心を神に近づけて神を愛し、不満を言わず常に神の指揮と采配に従えるようにするためでした。それを心の中で理解すると、私はもはや怖くなくなりました。いかにサタンが私を扱おうと、私は自分のすべてを神に捧げ、全力を尽くして神を愛し、神に満足していただき、決してサタンに屈しないことだけを気をつけていればいいのです。

   刑務所での生活は、実際には地上の地獄です。刑務官は人々を苦しめる手段を絶えず考え出しています。夜寝るとき、私は他の数名の囚人と狭い空間に押し込められました。寝台の上で寝返りを打つことすら困難です。私は新参者だったので、便所の横で寝なければなりませんでした。逮捕されてから数日間寝ていなかったせいで強い眠気に襲われ、耐えきれずにうとうとします。すると見張り当番の囚人が私のもとに来て嫌がらせをし、私が起きるまでわざと頭をこつこつ叩き、私が目を覚ますと立ち去るのです。ある日の午前3時頃、1人の囚人が私を起こしました。私が着ていた長袖シャツとズボンのサイズを確認し、自分が着られるかを確かめようとしたのです。そして自分の汚れてぼろぼろになった長袖シャツとズボンを持ってきて、私のものと交換しました。その頃は1年で最も冷え込みが厳しい時期だったのですが、これらの囚人たちは私のたった一着の長袖シャツとズボンをも奪おうとしたのです。刑務所にいる人々は野獣のように野蛮でした。凶悪な性質と邪悪な心の持ち主で、人間性を少しも持ち合わせておらず、自分の楽しみのために地獄で人々を大いに苦しめる悪魔のようでした。さらに、そこで出される食事は犬や豚の餌よりも粗悪なものでした。初めて器に半分のお粥を受け取ったとき、その中に沢山の黒い点があるのが見えました。それが何かわからず、お粥の色も黒ずんでいました。そのお粥は飲み込むのも非常に難しいものでした。そのときは本当に食べたくないと思いましたが、神の御言葉が私を啓きました。「…終わりの日に、あなたは神に対して証しとならなければならない。あなたの苦しみがいかに大きくても、最後まで経験しなければならず、あなたの呼吸が止まるまで神に対して忠実であり続け、神に身を委ねていなければならない。これのみが真に神を愛するという事であり、これのみが強く確固とした証しとなるのである」(『言葉は肉において現れる』の「辛い試練を経験して初めて、神の素晴らしさを知ることができる」より)神の御言葉は母の慰めのような愛と優しさに満ちており、苦しみに向き合う勇気を奮い立たせてくれました。神は私が生き続けることを願っていらっしゃいますが、私はとても弱く、絶えず死による救いを願っていました。私は自分のことさえ大切にしませんが、それでも私のことを一番愛してくださるのは神なのです。突然心の中に温かいものがこみ上げ、感情が高ぶり、涙が溢れ出てお粥の中にこぼれ落ちました。神の愛に感動したことで、再び活力が湧いてきました。どのような味であろうとこの食事を食べなければなりません。私は一息にお粥を飲み下しました。朝食が終わると、リーダー格の囚人が私に床磨きを命じました。当時はその年で一番寒い時期だったうえ、お湯もありません。そのため、冷水を使って雑巾を洗うより他ありませんでした。さらにリーダー格の囚人は毎日このように床磨きをするよう命じました。そして数名の武装強盗が、私に監房の規則を暗記するよう強要しました。暗記できなければ殴られたり蹴られたりするに違いありません。顔を平手打ちされることはさらに日常茶飯事でした。このような環境に直面した私は、神の御旨を満たすには何をしなければならないのかと頻繁に考えていました。夜になり、毛布を頭まで被って静かに祈りを捧げました。「ああ、神よ。この環境が私に降りかかることをあなたはお許しになりました。ならば、その中にあなたの御旨があるはずです。あなたの御旨をどうか私に示してください」その瞬間、神の御言葉が私を啓きました。「わたしは丘に咲くユリを賛える。草花は斜面を覆うが、ユリは春の訪れの前に、地上におけるわたしの栄光に輝きを加える。人にはそれができるか。人はわたしが戻る前に地上においてわたしに証しできるのか。赤い大きな竜の国でわたしの名のために自分を捧げることができるのか。」(『言葉は肉において現れる』第二部「全宇宙への神の言葉」の「第三十四章」より)そうです。花も草も私もすべて神の創造物です。私たちが神の証しを立てて神を讃えるよう、神は私たちをお作りになりました。春の訪れより早く、百合の花は地上における神の栄光に輝きを加えることができます。つまり、神の創造物としてその本分を尽くしたのです。今日の私の本分は、神の指揮に従い、サタンの前で神の証しを立て、サタンが人間を傷つけ食い物にする、生ける悪魔である一方、神は人間を愛してお救いになる唯一の真の神でいらっしゃることを人々に知らせることです。これらすべての苦しみと屈辱にいま耐えることは、私が法を犯したからではなく、神の御名のためです。この苦しみに耐えるのは名誉なことです。サタンが私を辱めれば辱めるほど、私はさらに神の側に立ち、神を愛さなければなりません。そのようにすることで、神は栄光を得られ、私は尽くすべき本分を尽くすことになるのです。神が幸せで満足していらっしゃる限り、私の心も安らぎます。私は喜んでこの最後の苦しみに耐えて神に満足していただくとともに、すべてを神の指揮に委ねます。このように考えだすと、ひときわ感動してまたもや涙を抑えることができませんでした。「ああ、神よ。あなたはあまりに愛しいお方です。長年あなたに従ってきましたが、今日ほどあなたの優しい愛情を感じた日はありません。今日ほどあなたを身近に感じた日はありません」私は自分自身の苦しみをすっかり忘れ、長い時間この感動に浸りました…

   拘置所に来て3日目、刑務官が事務室に私を連行しました。そこに入ると、10数名の人々が変な目で私を凝視しているのに気づきました。そのうち1人が私の正面から左側にかけてビデオカメラを構え、別の1人がマイクを持って私に近づき、こう尋ねました。「なぜ全能神を信じているのですか」そのとき、マスコミのインタビューだとわかりました。私は誇りをもちつつも謙虚に答えました。「私は小さい頃からいじめや冷遇の的にされてきました。また、人々が互いに騙し合い、利用し合う姿も見てきました。この社会はあまりに暗く、あまりに危険だと感じました。人々は空虚で絶望的な暮らしを送り、希望も人生の目標もなく生きています。その後、ある人から全能神の福音を伝えられ、私はそれを信じ始めました。全能神を信仰してからは、他の信者が私を家族のように扱ってくれるのを感じました。全能神教会には、誰ひとり私を陥れようとする人はいません。誰もが互いに理解し合い、気遣っています。互いに世話をし合い、何の不安もなく心の内を語り合っています。私は全能神の御言葉の中に生きる目標と価値を見つけました。神を信じることはとてもよいことだと思います。」するとレポーターはこう尋ねました。「自分がなぜここにいるのか、わかっているのですか」私は次のように答えました。「全能神を信じ始めてからというもの、私は世俗の名利や損得を気にしなくなり、そのようなものは空虚で無意味だと思っています。善良な人間になって正しい道を歩けなければ、正しく生きることはできません。私の心はますます優しくなりつつあって、善良な人間になりたいという思いが強くなっています。全能神の御言葉が真に人を変え、正しい道に導くのを目の当たりにして、もしすべての人が神を信じられたら、私たちの国はより秩序があるものとなり、犯罪率も低下するだろうと思いました。そこで、この福音を他の人々に伝える決意をしたのです。しかし、このような善行が中国で禁じられているとはまったく知りませんでした。それで私は逮捕され、ここに連行されたのです」私の答えが自分たちにとって不都合なものだとわかったレポーターはすぐにインタビューを中止し、踵を返してそのまま立ち去りました。その瞬間、国家保安部隊の副隊長が怒りのあまり地団駄を踏み始めました。そして私を憎々しげに睨みつけると、歯ぎしりしながら耳打ちしました。「覚えてろよ!」しかし、彼の脅しや威嚇はまったく怖くありませんでした。逆に、このような機会に神の証しをできたことを大いに誇らしく思いました。そのうえ、神の御名を高めてサタンを敗北させることで、私は神に栄光をもたらしたのです。

   その日は1月17日で、非常に寒い日でした。邪悪な警察に綿の上着を押収されていたので、長袖シャツとズボンで過ごすしかなく、最後は風邪を引きました。高熱のせいで倒れてしまい、咳も止まりません。夜、私はすり切れた毛布にくるまり、病気の苦しみに耐えながら、囚人たちによる私への終わりのない不当な扱いと虐待について考え、強い惨めさと無力さを感じました。惨めさがある程度まで達したところ、神の御言葉の賛美歌が耳の中に鳴り響きました。「あなたが私に病を与えられ、私の自由を奪われても、私は生き続けることが出来ますが、あなたの刑罰や裁きがなくなったならば、私は決して生きてゆくことはできないでしょう。私にあなたの刑罰と裁きがなかったとしたら、私には言葉にできないほど深いあなたの愛を、私は失うでしょう。あなたの愛がなければ、私はサタンの領域下で生活することになり…」(『言葉は肉において現れる』の「ペテロの経験──刑罰と裁きに関するペテロの認識」より)これは、ペテロが神の御前で行なった真正かつ誠実な祈りでした。ペテロは決して肉に翻弄されませんでした。彼が心から愛して価値を置いたのは、神の刑罰と裁きだったのです。神の刑罰と裁きが自分から離れない限り、彼の心は最高の慰めを受けました。いまこそ私もペテロの追求と理解を見習うべきです。肉は堕落しており、必ずや腐敗します。病気にかかって自由を失っても、それは私が耐えるべき苦しみです。しかし、神の刑罰と裁きを失ってしまえば、それは神の臨在と愛を失うに等しく、また清めていただく機会を失うことも意味します。これはきわめてつらいことです。神の啓示のもと、私は再び神の愛を経験しました。そして自分が弱く、無価値であることを憎み、神の悲しみに一度も配慮を示したことがなく、本性があまりに自分勝手であることを認識しました。翌日、同じ監房の囚人数名が病気にかかりましたが、私の熱は奇跡的に下がりました。私は神の私に対するお気遣いとご加護を感じるとともに、神の働きの奇跡を目の当たりにしました。そして心の中で神を讃えて感謝を捧げました。ある夜、監房の窓の外に売り子がやって来て、リーダー格の囚人は沢山のハムや犬肉、鶏のもも肉などを購入しました。そして最後に、金はお前が払えと私に命じました。お金はないと答えると、彼は悪意を剥き出しにして、「金がないなら、じっくりお前を苦しめてやる!」と言いました。

   翌日、彼はベッドシーツと洋服と靴下の洗濯を命じ、拘置所の刑務官も自分たちの靴下を洗うよう命じました。拘置所では彼らの暴行にほぼ毎日耐えなければなりませんでしたが、もう耐えられなくなるたび、神の御言葉がいつも私を内側から導いてくれました。「あなたは地上にいる間に神のために最後の本分を果たさなければならない。昔、ペテロは神のために逆さ磔にされた。しかし、あなたは最後に神を満足させ、神のために持てるエネルギーのすべてを使い尽くすべきである。神に作られた者は神のために何ができるだろう。そこで、あなたはすぐにでも神の主宰に身を委ねるべきである。神が喜び、満足している間に、神が望むことを何でもしてもらおうではないか。人間には不平を言う権利などないのだから。」(『言葉は肉において現れる』第二部「全宇宙への神の言葉の奥義の解釈」の「第四十一章」より)神の御言葉は私に無限の力を与えました。その後も囚人から暴力や辱め、非難やリンチを時折受けましたが、私の魂は慰めと喜びを得られるようになりました。神の愛が力強い温かな流れのように私を生きながらえさせ、神の愛はとてつもなく偉大であると実感させてくれたのです。

   ある朝、刑務官がなぜか1枚の新聞紙を置いていきました。囚人たちは恐ろしげな薄笑いを浮かべながら、全能神を中傷・冒涜する新聞記事を馬鹿にした調子で読み上げました。私は怒りのあまり歯ぎしりしました。囚人たちが私のもとへ来て、この記事はどういうことなのかと聞いたので、「共産党による中傷だ!」と大声で言いました。囚人たちが全員、大衆にただ従い、悪魔と同じ言葉を使って真理を汚し、神を冒涜するのを聞いて、彼らの終わりが近づいているのを感じました。神を冒涜する罪は決して許されるものではなく、神の性質に背く者は誰であっても最も重い懲罰と報いを受けるのです。このようにして、共産党は中国の全国民を最終的な破滅に引き連れており、魂を貪り食う悪魔という真の顔を完全に露呈しているのです。その後、私を担当する警察官が再び私を尋問しましたが、今回は拷問によって情報を無理に引き出そうとせず、代わりに「優しげな」表情で私に尋ねました。「君のリーダーは誰なんだ。もう1度チャンスを与えよう。話してくれれば悪いようにしない。寛大な措置をとってあげよう。君はもともと何も知らなかったのに、他の人間に裏切られてしまった。なのに、なぜ彼らをかばおうとするんだ。君はとても礼儀正しい人間のようだ。どうして自分の命を彼らに捧げてしまうんだ。情報を提供してくれれば家に帰れる。何のためにここに残り、苦しむ必要があるんだろう」この2つの顔を持つ偽善者は、強硬策が功を奏しないと見て取り、今度は下手に出ることにしたのです。彼らは狡猾な策略を山ほどもっており、実に陰謀と誘導に長けています。相手の偽善的な顔を見るなり、私の心はこの悪魔の群れに対する憎しみで一杯になりました。「私が知っていることはすべてお話ししました。それ以上は何も知りません。」と、私は答えました。私の断固とした態度を見て、彼は何も引き出すことができないと悟り、意気消沈して部屋を出ていきました。

   拘置所で半月拘束された後、警察は私の家族に保釈金として8000元を支払うよう命じ、それからようやく私を釈放しました。しかし外出を禁じたうえ、自宅に待機していつでも呼び出しに応じられるように警告しました。釈放された日、刑務官はわざと私に食事を与えませんでしたが、囚人たちは「お前の神はすごいな。俺たちは病気をしていなかったが、みんなここで病気にかかった。お前は病気を抱えてここに来たのに、元気になって出ていくんだからよ。よかったな!」と言いました。この瞬間、心の中は神へのさらなる感謝と賛美で一杯になりました。私の叔父は看守ですが、釈放されたのは父に権力者との特別なコネがあったからではないかと疑い続けました。そうでなければ厳重警備の刑務所から半月で釈放されるはずがない、少なくとも3ヶ月はそこにいたはずだというわけです。家族は全員、それは神の全能さによるもので、神の素晴らしい働きが私に行われたのだとよくわかっていました。そして私は、これは神とサタンの闘いだったのだとはっきりわかりました。サタンがどれほど野蛮で悪意があろうと、常に神の前に敗北を喫するのです。その日以来、自分が遭遇するすべてのことは神の采配の一部だと確信するようになりました。2011年5月下旬、私は「社会秩序攪乱罪」により、刑務所外における監視下での労働再教育1年、執行猶予2年という判決を共産党警察から下されました。

   この迫害と患難を経験した後、私は無神論者で構成される中国共産党の邪悪な本質を理解して識別できるようになり、心の底から嫌悪を抱くようになりました。彼らはその支配的地位を維持するために暴力的な手段に訴え、すべての正当な大義を取り締まり、弾圧し、真理を強烈に嫌っています。それは神の最大の敵なのです。人々を永久に支配するという目的を達成すべく、中国共産党は神の地上での働きを邪魔し、阻害するために手段を選びません。そうして神の信者を厳しく抑圧・迫害し、飴と鞭を駆使して人々を自分たちの命令に従わせ、言動が一致せず、事あるごとに策略と陰謀を隠蔽するのです。中国共産党が示す対照的な性質を通じ、神の御言葉のみが苦しみの中で人々にいのちをもたらせるのだと、私はよりはっきりわかるようになりました。人々が絶望の底にいるとき、あるいは死の淵にいるとき、神の御言葉はいのちの水のように人々の乾いた心を潤してくれます。それはまた、人々の魂の傷を癒やす万能薬のようでもあり、危険から人々を助け、彼らのいのちに自信と勇気を注ぎ、無限の活力をもたらし、苦しみの最中に神の御言葉の素晴らしさを享受させ、人々の魂を癒やすとともに、神の御言葉の力は決して枯渇せず、無限であることを人々に知らしめています。刑務所に拘束された半月間、神が私と共におられ、御言葉を用いて私に気づかせ、啓き、勇気づけてくださることがなければ、私の弱い本性はあのような苦しみに耐えられなかったはずです。神が私を見守り、守ってくださらなかったら、私の弱くはかない肉体が邪悪な警察による拷問や虐待に耐えられたはずはありません。たとえ拷問で死ななかったとしても、私の身体は病気と傷に苛まれていたはずです。しかし、これらの最も暗く苦しい日々を通じ、神が奇跡のように私を守ってくださったので、私の持病までもが治りました。神は本当にとてつもなく全能です! 神の私への愛はとてつもなく深く、とてつもなく偉大なものです! 神への感謝をどう表わせばよいか、私には見当もつきません。ただ心の底から次のように言えるだけです。「ああ、神よ。もっとあなたを愛したいと思います! この先、どのような困難があろうとも、どのような試練に耐えなければならないとしても、私はあなたの指揮に従い、最後まであなたに従う決意です!

   この経験を通じて私の肉体は少しばかり苦しみましたが、そこから得た恩恵はとても大きなものです。これは神を信じる私の道における宝であり、神を信じる私の道の新たなスタート地点でもあります。神を信じてきたこれまでの10年間で、今日ほど神の愛を深く味わったことはないと、深く実感しています。また、神を信じること、神に従うこと、そして神を崇拝することの価値と意義はとてつもなく大きなものだと心から感じています。さらに、神を愛したい、残りの人生を神の愛に報いるために費やしたいと今日ほど思ったこともありません。これを機に、心からの感謝と称賛を捧げたいと思います。全能神にすべての栄光と称賛あれ!


悔いのない青春時代

2019-11-24 21:35:37 | 勝利者の証し

   愛と呼ばれるものは、純粋できずのない感情を指し、心をもって愛し、感じ、思いやりをもつ。愛においては条件、障壁、距離がない。愛においては疑念、欺き、悪賢さもない。愛においては距離も不純なものもない。」(『小羊に従って新しい歌を歌おう』より)神の御言葉のこの讃美歌は、7年4ヶ月にわたる長期の刑務所暮らしの苦痛を乗り切る助けとなりました。中国共産党政府が私の一番美しい青春の年月を奪ったとしても、私は全能神から最も貴重な本物の真理を得たので、不満も後悔もありません。

   1996年、私は終わりの日における全能神の救いを受け入れました。神の御言葉を読んだり集会で交わったりすることを通じて、神がおっしゃってきたすべてのことは真理であり、この邪悪な世界のあらゆる知識や理論と完全に正反対のものだと判断しました。全能神の御言葉は人生に関する最高の格言です。さらに私を興奮させたのは、兄弟姉妹に対して飾ることなく率直になり、何についても自由に話し合えることでした。兄弟姉妹と交わる際は、あとで批判されるのではないか、あるいは裏をかかれるのではないかと恐れて自分を守る必要はまったくありませんでした。私はかつてない慰めと幸福を感じ、この家族が本当に好きでした。しかし、人々が全能神を信じることを国が許していないと聞き及ぶのに、さほど時間はかかりませんでした。この事実に私はすっかり困惑しました。全能神の御言葉のおかげで、人は神を崇拝していのちの正しい道を歩けるからです。人は御言葉によって正直になれるのです。誰もが全能神を信じれば、全世界が平和になるでしょう。私には本当に理解できませんでした。神を信じることは最も義なる取り組みです。なぜ中国共産党政府は全能神への信仰を迫害し、それに反対して、その信者を逮捕までするのでしょうか。中国共産党政府が私たちをどのように迫害しようとも、あるいは世論がどれほど大きくても、これはいのちの正しい道だと私は判断していますし、最後まで歩いていくつもりです。

 

   

   その後、私は教会で神の御言葉の本を発送するという本分を尽くし始めました。神に抵抗するこの国でそのような本分を尽くすことは非常に危険であり、いつでも逮捕される可能性があることは知っていました。一方、すべての被造物の一部として、神のためにすべてを費やし自分の本分を尽くすことが、人生における自分の使命であることも知っていました。それは回避できない責任なのです。私が自信満々に神と協力し始めた2003年9月のある日、兄弟姉妹に神の御言葉の本を渡しに行く途中で市の国家保安局の人間に逮捕されました。

   私は国家保安局で何度も何度も尋問されましたが、どのように対応すべきかわからずにいました。そこで切羽詰まって神に助けを求めました。「ああ、全能神よ、あなたの知恵をお与えください。そして、私があなたを裏切らず、あなたの証しに立てるよう、話すべき言葉をお授けください」その頃、私は毎日神を呼び求めました。神を捨てるなど思いもよらず、邪悪な警察に対処できるよう知性と知恵をお授けくださいと、ひたすら神に頼みました。私を見守り、保護してくださる神を讃えます。尋問を受けるたび、唾が出るか、しゃっくりが止まらなくて、話すことができませんでした。神の素晴らしい働きを見て、私は決して尻込みしまいと固く決心しました。私の首をはねていのちを奪うことができても、今日私に神を裏切らせることは絶対にできない。ユダのように神を裏切るくらいなら自分のいのちを危険にさらそうと決心したとき、神はあらゆる点において私への「ゴーサイン」をお与えになりました。私が尋問されるたびに神は私を守ってくださり、この試練を穏やかに乗り切らせてくださったのです。私が黙秘したにもかかわらず、中国共産党政府は「法の執行を破壊すべく邪教組織を利用した」として私を有罪とし、懲役9年の判決を下しました。その判決を聞いても、私は神のご加護のおかげで悲しむことも、恐れることもありませんでした。むしろ、私は裁判所の人々を軽蔑しました。裁判官が判決を言い渡していたとき、私は「これは中国共産党政府が神に反対している証拠だ」と、低い声でつぶやきました。その後、公安職員が私の態度をさぐりに来ましたが、私は静かにこう言いました。「9年など何でもありません。出所しても、私は全能神教会の一員のままです。信じられないなら見ていてください。しかし、あなたがたがこの事件を担当したことは忘れないでいただきたい」私の態度は公安職員をすっかり驚かせました。彼らは親指を突き上げて何度もこう言ったのです。「立派、立派!お前は江姐よりも江姐らしい人だ。お前が出所したら再び集まるから、きっと招待してやろう」そのとき、私は神が栄光を得られたと感じ、心の中で満足しました。判決を下されたその年、私はわずか31歳でした。

   中国の刑務所はこの世の地獄であり、長期間の刑務所生活はサタンの真の非人間性と、神の敵となったその悪魔的本質を私にしっかり理解させました。中国の警察は法の支配に従わず、むしろ悪の支配に従っています。刑務所では、警察は人々を自分たちの手で扱わず、囚人たちを暴力に駆り立てることで他の囚人を管理させているのです。また、邪悪な警察は人の考えを抑圧するためにありとあらゆる方法を用います。例えば、新入りの囚人はおのおの特別な通し番号がついた同じ囚人服を着用し、刑務所の要件に従って髪を切り、刑務所が認めた靴を履き、刑務所が許可した道を歩き、刑務所が許可した速度で行進しなければなりません。春夏秋冬を問わず、雨であろうと晴れであろうと、凍えるような寒い日であろうと、囚人は命じられたことをしなければならず、選択肢はありません。毎日少なくとも15回、私たちは集合して自分の番号を言い、中国共産党政府を讃える歌を少なくとも5回は歌わされました。私たちには政治学習もありました。つまり監獄法と憲法を学ばされ、6ヶ月ごとに試験を受けさせられたのです。これは私たちを洗脳することが目的でした。また刑務所の規律と規則に関する知識も抜き打ちで試されました。刑務官は私たちを精神的に迫害しただけでなく、完全に非人間的な態度で私たちを肉体的にぼろぼろにしました。私は何百人もの人々と一緒に狭い工場に詰め込まれ、1日に10時間以上手作業での重労働をしなければなりませんでした。このような狭い場所に非常に多くの人がいて、機械の騒々しい雑音が至るところで聞こえたため、どんなに健康であっても、一定期間そこにいると身体が深刻な障害に苦しむことになります。私の後ろには穴開け機があり、毎日休むことなく穴を開けていました。それが発する騒音は耐え難いもので、私も数年後には重大な聴力障害に悩まされました。今日に至っても私の聴力は回復していません。人々にとってさらに有害なのは工場のほこりや汚染でした。診察を受けた多くの人が結核と咽頭炎に罹患していることが判明しました。さらに、長時間にわたって座りながら手作業をするため、身体を動かすことができず、多くの人が重度の痔になりました。中国共産党政府は金を生み出す機械のように囚人を扱い、人が死のうが生きようが少しも気にしませんでした。囚人たちは朝早くから夜遅くまで働かせられました。私も疲労困憊のあまり体力的に作業を続けられなくなることがよくありました。それだけではなく、毎週の政治学習や手作業、公的任務などに加え、ありとあらゆる抜き打ち試験にも対応しなければなりませんでした。そのため、私は日々極めて不安な状態にありました。精神状態が絶えず張り詰め、少しでも注意を怠れば追いつけないのではないか、刑務官に罰せられるのではないかと極度に緊張していたのです。そのような環境では、安全かつ健全に一日を過ごすことは簡単ではありませんでした。

   刑に服し始めたばかりのとき、私は刑務官によるこの種の残酷な暴虐に対処できませんでした。ありとあらゆるつらい手作業やイデオロギーの圧力のせいで息をするのも困難で、囚人たちと様々な形で接しなければならなかったことは言うまでもありません。さらに、悪魔のような刑務官と囚人による虐待と侮辱にも耐えなければなりませんでした……私は頻繁に迫害され、窮地に追い込まれました。絶望に陥ったことも何度かあり、特に9年間という刑の長さを考えたとき、私は荒涼とした無力感がほとばしるのを覚え、何回泣いたかわかりません。命を絶って自分の置かれたこの苦しみから逃れようと考えたこともあるほどです。極度の悲しみに沈んで自分を支えられなくなるたび、私は切羽詰まって祈り、神を呼び求めました。すると神が私を啓き、導いてくださるのです。「あなたがたは、まだ死ぬことが出来ない。あなたがたは、拳を固めて断固として生き続ける必要がある。あなたがたは神のために生きなければならない。人間が自分の中に真理を備えているのであれば、その者にはこうした決意があり、死を望むことは二度と無い。死の危険が自分に迫った時、あなたがたは「神よ、私は死を望みません。私はあなたを知りません。私は依然としてあなたの愛に報いておりません。私はあなたを十分知ってから死ぬ必要があります。」と言うであろう…神のご意向を理解せず、自分の苦難について沈思するだけであれば、その苦難について考えれば考えるほど、それを受けるのは困難になってゆく。それは面倒であり、死の苦悩が始まる。真理を理解していれば、あなたがたは「私は十分に生きていない。なぜ死ぬのか。私はまだ真理を得ていない。神に対して自分を適切に費やさねばならない。私は好ましい神の証しとなる必要がある。私は神の愛に報いなければならない。その後は、自分がどのような死に方をしても問題は無い。それならば、私は満足な人生を送ったことになるであろう。他の誰が死のうと、今、私は死なない。私は根気よく行き続ける必要がある。」と言うであろう。」(『キリストの言葉の記録』の「真理を追い求めることでのみ、性質の変化を成し遂げられる」より)神の御言葉は私の孤独な心を慰める母の柔らかく優しい姿のようでした。それはまた、両手で暖かく優しく私の顔の涙を拭う父のようでもありました。すぐに暖かい流れと力が私の心を駆け巡りました。暗い刑務所で肉体的に苦しんでいたとしても、自殺を試みることは神の御心ではありません。神の証しをすることができず、またサタンの笑いものになってしまうでしょう。9年後にこの悪魔のような刑務所から生きて出て行くならば、それが証しになるはずです。神の御言葉は私に生き続ける勇気を与えました。私は心の中で、「これから先どんな困難があっても、懸命に生き続けよう。勇敢かつ強く生き、証しをしてきっと神に満足していただこう」と決心しました。

   長年にわたる仕事の負担は私の体を徐々に弱らせました。工場で長時間座った後、しばしば過度に汗をかくようになり、痔がひどくなって出血することもよくありました。重度の貧血でめまいを起こすことも度々でした。しかし刑務所では、医者の診察を受けるのは簡単なことではありません。刑務官の機嫌がよければ安い薬をもらえますが、機嫌がよくなければ仕事をさぼろうとして仮病を使っていると言われます。私はこの病気の苦しみに耐え、涙を飲みこまなければなりませんでした。1日の仕事が終わるといつも完全に疲れ果てていました。疲れた体を刑務所の独房に引きずり、いくばくかの休息を取ろうとしましたが、落ち着いて眠るわずかの力もありません。何かの用事で刑務官が深夜に来たり、刑務官の騒々しい物音のせいで目が覚めたりしました……私は彼らにしょっちゅう弄ばれ、言葉にできない苦しみを受けました。加えて、刑務官による非人間的な扱いにも耐えなければなりません。私は床や廊下、あるいは便所の隣で眠る難民のようでした。私が洗った服は干して乾かすことができず、その代わりに他の囚人と寄せ集まり、その体温で乾かしました。冬に服を洗うのは特にいら立たしく、湿った衣服を長時間着用したため関節炎を発症する囚人がたくさんいました。刑務所では、健全な人が鈍感になり、機転が利かなくなり、肉体的に弱り、病気に苦しめられるのに、そう時間はかかりません。私たちはしばしば季節はずれの古い干からびた野菜を食べました。より良いものを食べたければ、刑務所から高価な食べ物を買わなければなりません。囚人は刑務所で法を勉強させられますが、そこに法はないのです。刑務官が法であり、刑務官の神経を逆なでする者がいると、何かしらの理由を見つけて囚人を罰するどころか、何の理由もなく罰することさえできました。さらに卑劣なのは、全能神の信者を政治犯とみなし、私たちの犯罪は殺人や放火よりも重大だと言ったことです。それゆえ、刑務官は私をことさら憎み、厳しく管理して非常に激しい迫害を加えました。このような邪悪な行為は、中国共産党の道義に反した振る舞い、天への敵対行為、そして神との反目の決定的な証拠となるものです。刑務所の残酷な苦しみに耐えた私の心は、しばしば義憤で一杯になりました。神を信じて崇拝することがどんな法律に違反しているのでしょうか。神に従い、いのちの正しい道を歩むのはどんな犯罪なのでしょうか。人は神の御手によって創造されたのですから、神を信じて崇拝することは天地の法です。これを乱暴に妨げ迫害するいかなる理由が中国共産党政府にあるのでしょうか。明らかに、それは道義に反した振る舞いであり、天への敵対です。中国共産党政府はすべての面で神と対立しており、全能神の信者に反動というレッテルを貼り、私たちを激しく迫害して破壊します。中国共産党政府は全能神の信者を一撃で一掃しようとしているのです。それは黒を白に変えるもので、これこそ完全に反動的ではないでしょうか。中国共産党政府は躍起になって天に抵抗し、神に敵対しています。最後は神の義なる懲罰を受けるに違いありません。堕落があるところ、必ず裁きがあるはずです。罪があるところ、必ず刑罰があるはずです。これは神が予め定められた天の法であり、誰も逃れることはできません。中国共産党政府の邪悪な犯罪は空まで積み上がり、神に滅ぼされます。それはまさに、神がこうおっしゃったとおりです。「神は久しくこの暗黒社会を骨の髄から忌み嫌っている。神は歯ぎしりし、この邪悪な老いたへびが再び立ち上がって人間を虐待する事の無いよう、そのへびを必死で踏みつけようとしている。神はそのへびの従前の行いを許さず、そのへびの人間に対する偽りを容赦せず、そのへびの遠い昔からの罪のひとつひとつに報復するであろう。神がその諸悪の首謀者[1]に対して寛容となることは僅かばかりも無く、そのへびを完全に粉砕するであろう。」(『言葉は肉において現れる』の「働きと入ること(8)」より)

   この悪魔の刑務所において、私はこれら邪悪な警察の目に野良犬以下の存在として映っていました。警察は私を殴ったり罵ったりするだけでなく、しょっちゅう突然押しかけ、私の寝台と私物を滅茶苦茶にしました。また刑務所の外で何らかの暴動が起こるたびに、政治問題を担当する刑務所の職員が私のところにやって来て、こうした出来事に関する私の見解を厳しく追及し、なぜ神を信じる道を歩むのかと絶えず非難しました。この種の詰問に直面するたび、心臓が飛び出そうになりました。私に対してどんな悪しき企みを抱いているのか見当もつかなかったからです。この危機のさなか、私は心の中でいつも切羽詰まって神に祈り、助けと導きを求めました。来る日も来る日も、来る年も来る年も、虐待と搾取と抑圧が言葉にできない苦しみを私に与えて苛みました。毎日、手作業と単調で退屈な政治学習が重くのしかかるだけでなく、病気に悩まされたうえ、何より精神的に落ち込んでしまいました。私はそのせいで崩壊の危機に追いやられました。特に中年の女性囚人が邪悪な警察の非人道的な責め苦に耐えられず、夜中に窓から首をつっているのを見たとき、また別の高齢の女性囚人が、病気の治療が遅れたために死んだのを見たとき、私は同じ息詰まるようなどん底に沈み、再び自殺を考え始めました。死こそが最高の救いだと感じたのです。しかし、それが神を裏切ることなのはわかっており、そうすることができませんでした。すべての苦痛に耐え、神の采配に従う以外に選択肢はないのです。しかし自分に下された長期の刑を考え、自由を得るのはどれほど先かと考えるや否や、どんな言葉をもってしても自分の苦痛と絶望は言い表せないと感じました。この状態に耐え続けられない気がして、どのくらい長く持ちこたえられるか見当もつきませんでした。深夜、何もできず掛け布団にくるまって泣き、全能神に祈って嘆願し、心の苦痛を残らず話したことが何度あったでしょう。大変に苦しく無力だったとき、私はこう考えました。「いま自分が苦しんでいるのは、自分を堕落から切り離し、神の救いを受けられるようにするためだ。これらの苦難は私が被るべきものであり、被らなければならないものだ」このように考えたとたん、私はもう苦痛を感じませんでした。むしろ、自分は神への信仰のために刑務所に押し込まれたのであり、救いを求めて苦しみを受けているのは最も価値と意義のあることだと感じました。この苦しみにはとてつもない価値があるのです。無意識のうちに心の苦しみは喜びに変わり、私は感情を抑えられませんでした。そしてよく知っている経験の讃美歌を心の中で口ずさみました。「私たちは幸いにも神の到来を迎え、神の御声を聞く、幸いにも神の到来を迎え、小羊の祝宴の席につく、受肉した全能神を知り、その奇しき御業を見る。私たちは人生の奥義を理解する。全能神の御言葉は最も貴い…誰がこれ以上幸いになれるか。誰がこれ以上の祝福を得られるか。神が真理といのちを授けてくださる。私たちは神のために生きなくては私たちは神のために生きなくては神の愛に報いるため、真理を得て、神を証する」(『小羊に従って新しい歌を歌おう』より)心の中でこの讃美歌を繰り返し、歌えば歌うほど私は励まされました。歌えば歌うほどさらなる力と喜びを感じたのです。私は神の御前で誓いを立てずにはいられませんでした。「ああ全能神よ、私が再び信仰を抱き、生き続ける勇気をもてるようにしてくださった、あなたの慰めと励ましに感謝します。あなたが本当に私のいのちの主にして私のいのちの力でいらっしゃると、私に感じさせてくださったのです。私はこの地獄の穴に投獄されていますが、孤独ではありません。この暗い日々を通じてあなたがいつも共にいらっしゃるのですから。あなたは私に何度も何度も信仰を授け、生き続ける動機を与えてくださいました。ああ神よ、いつかここから出て自由に生きることができれば、私は自分の本分を尽くし、あなたの御心を傷つけることも、自分のために打算を働かせることもいたしません。ああ神よ、これからの日々がどんなにつらく厳しくても、私は喜んであなたに頼り、強く生き続けてまいります」。

   刑務所では、兄弟姉妹と過ごした日々が頻繁に思い出されました。それはとても美しいときでした。誰もが歓声を上げて笑い、言い争いもしましたが、すべては懐かしい思い出となりました。しかし、以前の本分をなおざりに尽くしていた頃を振り返るたび、私は大変な罪深さと負い目を感じました。自分の傲慢な性質が原因で兄弟姉妹と言い争ったことも考えました。すると気分が大いに沈み、それを後悔しました。こうなるたびに私は涙にくれ、心の中で静かに讃美歌を歌いました。「長年神を信じてきたが本分をきちんと尽くしてこなかった。心に深い後悔を感じる。神の愛を多く味わったがお返しできず、実践する機会をもらってもいい加減に接した。それより一心に地位と富と名誉を求め、将来の計画を立てた。私はとても反抗的で恥知らずで多くの時間を無駄にした。そして今、神は私達から去ろうとしている。私はとても後悔している。」(『小羊に従って新しい歌を歌おう』より)苦痛と自責の念の中、私は頻繁に心の中で神に祈りました。「ああ、神よ。私は本当にあなたからあまりにかけ離れてしまいました。あなたが許してくださるなら、私は喜んであなたを愛していきます。出所後は以前のように進んで自分の本分を尽くし、再び出直します。過去の欠点も補います」刑務所にいる間、私は特に、朝も夕も連絡を取り合っていた兄弟姉妹がいないのを寂しく思いました。本当に彼らを恋しく思いましたが、私が捕らわれているこの悪魔の刑務所では、この願いは叶わぬ夢です。しかし、私は頻繁にこの兄弟姉妹の夢を見ました。神の御言葉を一緒に読み、真理について語り合っている夢です。私たちは幸せで陽気でした。

   2008年に四川大地震が発生した際、私たちが収容されていた刑務所も揺れましたが、私は現場から避難した最後の囚人になりました。当時は余震が続いていました。囚人も刑務官も恐怖と不安のあまり、日常を続けることができませんでした。しかし私の心は大変に落ち着いており、揺るぐことがありませんでした。これは神の御言葉が現実のものになったのだと知っていたからです。それは神の激しい怒りの到来でした。100年に一度という地震の間、神の御言葉は常に私の心を守ってくれました。人の生死はすべて神の御手にあると、私は信じています。神がどうなさるかにかかわらず、私は進んで神の采配に服従します。しかし、悲しかった唯一のことは、自分が死んだら創造主への本分を尽くす機会がなくなり、神の愛に報いる機会がなくなり、兄弟姉妹に会えなくなることでした。とは言え、私の不安は無用のものでした。神はいつも私と一緒にいらっしゃり、最大限の加護をお与えになり、それによって私は地震を生き延び、平和に過ごすことができたのです。

   2011年1月、私は早期に釈放され、刑務所での奴隷生活がとうとう終わりました。自由を得て私の心はひときわ興奮していました。教会に戻ることができるのです。兄弟姉妹と一緒にいられるのです。私の心の感動を言葉で説明することはできません。予想外だったのは、家に帰っても娘は私のことがわからず、親戚や友人たちも変な目で私を見たことです。彼らは私と距離を取り、接触しようしませんでした。周囲の人たちも私を理解せず、受け入れませんでした。このとき、私は刑務所で虐待や責め苦を受けていたわけでもないのに、冷たい視線や冷笑、そして疎外は耐え難いものでした。私は弱く否定的になり、過去の日々を振り返らずにはいられませんでした。逮捕されたとき、私はわずか31歳でしたが、出所するまでに冬が8回、夏が7回過ぎ去っていたのです。私が孤独と無力を感じる中、神は私をお助けになるために、何度人や出来事や物事を采配なさったことでしょう。苦痛と絶望の中、神の御言葉は何度私を慰めたことでしょう。私が死を望んだとき、神は私に何度力を与え、生き続ける勇気をもたせてくださったことでしょう……長く苦しい年月の間、私を死の影の谷から一歩一歩導かれ、しっかり生き続けられるようにしてくださったのは神でした。今この苦難に直面して、私は否定的で弱くなり、神を悲しませました。恩をあだで返す本当に臆病で無能な人間なのです。これについて考えると、心の中で強い自責の念を感じました。服役中に神に立てた「いつかここから出て自由に生きることができれば、私は自分の本分を尽くし、あなたの御心を傷つけることも、自分のために打算を働かせることもいたしません」という誓いを思わずにいられませんでした。私はこの誓いをじっくり考え、神に誓ったときの状況を振り返りました。すると涙で目がぼやけ、次の賛美歌をゆっくり歌いました。「私自身は、神を追い求め、神に従う意欲がある。今神は私を見捨てようとしているが、それでもなお私は神に従いたい。神が私を求めていようがいまいが、私はなおも神を愛し、最終的には神を得なければならない。私は神に自分の心を捧げ、神が何をしようと、私は生涯を通して神に従うつもりだ。何があろうと、私は神を愛し、神を得なければならない。私は神を得るまで休まないつもりだ。」(『小羊に従って新しい歌を歌おう』の「神への真の愛は自発的である」より)

   しばらくデボーションと調整を行なったところ、私は神の啓きの下ですぐに否定的な状態を脱し、本分を尽くす人々の中に再び身を投じました。

   私は最も素晴らしい青春の年月を刑務所で過ごし、7年4ヶ月にわたって神への信仰のために苦難を経験しましたが、不満や後悔は一切ありません。多少の真理を理解し、神の愛を経験したからです。自分の苦しみには意味と価値があると私は感じています。これは神の私に対する破格の賞揚にして恵みなのです。神が私をひたすら愛してくださったのです。親戚や友人ですら私を理解せず、娘が私のことをわからなくなったとは言え、どんな人や物事も私を神との関係から切り離すことはできません。私は死んでも神から離れることができないのです。私が刑務所で最も好んで歌ったのは、『汚れなき純粋な愛』という讃美歌でした。そして今、私は実際の行動を通じて神に最も純粋な愛を捧げたいと思います。

   脚注

   1.「諸悪の首謀者」とは、年老いた悪魔を指す。強烈な嫌悪を現す句。