賛美の心

こちらでは賛美、礼拝、心を主の前において静まり、まことの心で神様を賛美することだけです。

私は誘惑を振り払って正直になることを実践しました

2019-06-11 10:49:42 | 子供の教育

   ある日、私は体育の授業の後、空腹を満たそうと自動販売機に食べ物を買いに行きました。私はスロットに5ドル札を入れて、1ドルのスナックを購入、そして「お釣り」という印のあるボタンを押しました。その直後、沢山の小銭が落ちる音が聞こえました。私はビックリしてしばらくそこに立ち尽くしました。小銭を取り出してみると、およそ20ドル近くもあったのです。その時、私は欲張りなことを思いつきました:「この小銭を頂戴したら好きな物が買えるかもしれないな。」しかし、その時こう思いました:「いや、それは駄目だ。お金を取っても誰にもバレないだろうけど、神は全てを観察しておられる。神は正直な人を好まれるから。そんなことしたら正直で立派な人になれない。」しばらく躊躇した後、私は余分なお金を自分の先生に手渡すことにしました。その時、私の友達の1人がやって来て、このことを話すとこういって僕のことを笑いました、「お前は本当に馬鹿だなあ。お金が欲しくなかいなら俺にくれよ。」私は彼の言葉を聞いてこう思いました:「私はキリスト教徒だから、主の教えに従って行動するべきなんだ。これがキリスト教徒の行動規範だから。神に喜んでいただける限り、他人から愚か者だと思われても関係ないよ。」そして、私は余分な小銭を先生に手渡すと、先生は正直だと褒めてくれた上に感謝もしてくれました。今回正直になることを実践した私は平安と喜びを感じました。


 

   その後、私はまた他の試練に直面しました。ある夜、私の母が夕食を買うために私をファストフードレストランに連れていってくれました。私は白米と塩味のベイクドチキンを注文しましたが、白米は売り切れだと言われました。「フライドポテトか他の物はいかがでしょうか?」、とウェイトレスが私に申し訳なさそうに聞いてきました。そして私は白米をフライトポテトに変更しました。私がメニューを見ると、「白米と塩味のベイクドチキンが8ドル、塩味のベイクドチキンが5.5ドル、そしてフライドポテト一人前が3ドル」と書いてあるのを目にしました。私はこう思いました:「今白米をフライドポテトに変更したから、合計で8.5ドル、てことはウェイトレスにあと50セント渡さなきゃいけないな。でも英語上手く喋れないしなあ。途中で言葉が詰まったらどうしよう。まあとにかく、たったの50セントだから、わざわざ彼女に渡さなくてもいいだろう。それに、彼女は払うように言ってこなかったし。」こう考えた時、私は心の中で罪悪感を感じました:「これって詐欺になるのかな?それに、ファーストフードレストランで働くのは彼女にとって楽じゃないだろうしなあ。払わないわけにはいかないよ」こう考えた私は彼女にあと50セント支払うことにしました。自分の食べ物を取りに行った時、私は彼女に50セントを渡してこう言いました、「これ残りの50セントです、塩味のベイクドチキンとフライドポテト一人前の合計は白米と塩味のベイクドチキンの合計より50セント高いんで。」こう言った後、私は自分の英語の流暢さに驚きました。その瞬間、ウェイトレスは私にこう言いました、「いえ、その必要はありません。」私が彼女を説得してお金を受け取ってもらおうと口を開く前に彼女は続けてこう言いました、「申し訳ありません、私が間違っていました。」「大丈夫ですよ」、と私は返事しました。「有難うございます。」そしてウェイトレスは私に微笑みかけてくれました。

   この2つはささいな出来事でしたが、私にとってはとても有意義であり、私はこれを通じてこの理解に至りました:私たちの生活において、サタンの誘惑はいつでも私たちに降りかかってくる可能性があります。しかし、主の教えに従って正直な人を実践している限り、私たちは心の中で平安と喜びを感じるでしょう。聖書にはこう記されています、「偽りを言うくちびるは主に憎まれ、真実を行う者は彼に喜ばれる。」(箴言12:22)。主は正直な人を愛されます。私たちは主の要件に従いながら見せかけなしに喋り、行動してのみ、主に求めていただくことができます。将来、私は主の御言葉を実践することにさらなる努力を費やし、主の御名前の栄光を讃えるために正直な子になります。


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