タミアのおもしろ日記

食文化・食育のお役立ちの話題、トンデモ食育、都市伝説、フードファディズムなどを分析して解説します!(^.^)

長野県の寿命は縮んでないし、発酵食品説はかなり微妙ですよ。

2018年03月25日 | Weblog
最近、妙な説を耳にしました。「男性の平均寿命1位だった長野県が、最近の統計では滋賀県に1位の座を渡したのは、長野県では野菜サラダの塩分で寿命が縮んだのが一因ではないか。」というのです。これは、長野県では諏訪中央病院名誉医院長の鎌田實先生ら大勢の方々が「野菜摂取量を増やし運動をして健康になろう。」と指導していたことを知っての上で、そこにおかしな解釈を加えた珍説と思われます。

長野県の平均寿命は縮んでいません。男性だけのデータを見ても、2010年に長野県が80.88歳、滋賀県が80.58歳。2015年に長野県が81.75歳、滋賀県が81.78歳です。つまり、長野県も滋賀県も寿命が延びて、順位が単に入れ替わったのです(この情報は厚生労働省のHP「平成27年都道府県別生命表の概況」の統計データに掲載されています)。

男女平均値でも、長野県は1990年に80.2歳で全国1位、2015年には84.3歳と平均寿命は延びています。ただ、2015年に滋賀県が84.7歳となったため、順位として追い抜かれた、というのが実態です。(この情報は日経新聞2017年7月20日夕刊データで、元データは東京大学大学院の国際保健政策学教室によるものです。)

日本農業新聞の2017年9月25日号には素晴らしい記事が載っていました。鎌田實先生の書いた文章で、心を打つ内容だと思いました。そこに載っていたのは、鎌田先生が健康作り運動に心血を注いだ生き様でした。40数年前の長野県は脳卒中が多くて不健康で、医療費のかさむ地域だったのです。しかし、健康について正確な情報を粘り強く地域の人々に訴えた結果、長野県の脳卒中等が減り、健康な県になったのです。

長野県の知人に「具体的にはどのような指導をしていたのでしょうか」と伺ったところ、「鎌田實先生は数年前に日本経済新聞夕刊に自らの取り組みを詳しく紹介していた。それによると、生活改良保健員とかいう方々に協力を得たとのこと。」ということでした。調べてもそういう職業の人は見つからなかったので、厚生省健康政策局計画課(当時)所管「保健婦」と、農林水産省と提携していた地方公務員「生活改良普及員」(現在は普及指導員と改称されています。)の名前が、どこかで混じったのでしょう。

前者の保健婦は、保健所に所属して、疾病の早期発見早期治療を目的とする総合検診や保健指導などをしていた方々です。一方生活改良普及員は、県の実情に合わせて様々なことをしていたので、国が編纂した史料とは活動内容が完全に一致しないのが特徴です。例えば、国が野菜をたくさん食べるように指導すると、それぞれの県では、おひたしを勧めたり、野菜炒めを薦めたり、と様々に地域に合わせて対応していたそうです。

そこで、長野県の「生活改良普及員」が何を指導したのかあちこち問い合わせたところ、「みどりのむらに輝きを」という昭和61年に長野県の職員有志が発行した本が特によくまとまっているとのこと。手にしたら、それは驚くべき内容でした。

もともと長野県の伝統的食生活は漬物の多い一汁一菜であり、大豆消費さえ少なくて、タンパク質や脂肪や野菜が不足したため、体に不調を抱える人々が多かったというのです。そこで、生活改良普及員らが、様々な魚介類、カルシウム強化味噌、生野菜、マヨネーズソースなどを指導したのが始まりだったというのです(参考ページは21,95、202他)。こられは脳卒中予防の指導には適切でした。昭和期の脳卒中は、漬物等による塩分の取り過ぎで血圧が上昇し、そこへもって脳血管に脂肪分が不足しているので血管がパキッと裂けて出血して死亡するケースが大多数だったから、魚介類とマヨネーズで脂肪分を補って、漬物よりも生野菜サラダを薦めたことは理にかなっています。

野沢菜調味漬けの場合、仮に20グラムの漬物を食べたなら0.5グラム食塩相当量あります。一方サラダ野菜100グラムくらいに対してマヨネーズは通常15グラム程度使用しますので、100グラム程度の野菜を取るのに食塩相当量は0.3グラム未満で済むのです。ちなみに、キュウリ1本が大体100グラム、トマトなら1個150グラム前後です。漬物からサラダに代えた方が減塩になります。また、脂質がむしろ不足していた位でしたので、マヨネーズやドレッシングは脂質を補うのにも都合が良かったのです。

その後、「マヨネーズは原料の卵由来のコレステロールが多い」という説が一般化し、長野県に限らず日本全国の医師や栄養士やテレビの健康番組等がマヨネーズの取り過ぎにご注意と指導しました。このことから長野県でもサラダはマヨネーズよりもドレッシングが主流になったと考えられます。ただ、近年の研究によって、食事から摂取するコレステロールは血中コレステロール濃度にあまり大きな影響が与えないことも分かってきました。
以上より、漬物よりも生野菜を食べる指導は、血管を丈夫にしつつ減塩して脳卒中を予防するのに適切だったと言えるでしょう。

「あれ?長野の漬物といえば無塩漬物のすんきが有名じゃないですか?なんで漬物の取り過ぎが塩分過剰につながるのですか?」と疑問に思った方もいるかもしれませんね。実は無塩漬物のすんきは、長野の中でも木曽の、しかも中北部の非常に狭い地域だけに伝わる伝統漬物です。長野は江戸時代は様々な藩に分かれており、現在でも長野、北信、松本、佐久、諏訪など10の行政地区に分けられています。すんきは、その広大な長野県の中のごく一部地域だけで愛好された食品なのです。さらに言えば、すんきは地元では味噌汁やおそばに入れたり、醤油をかけて食べるので、すんき=減塩ではありません。そして、これほど多様な風土だった長野県ですが、県全体で見ると伝統的食文化は塩漬けの漬物を多食する一汁一菜で、塩分過剰が原因で体調不良になるケースがよくあった、ということなのです。

ちなみに、少々脱線ですが、ある年齢以上の方ならみんな知っている昭和の「ぶら下がり健康法」の大ブームですが、「みどりのむらに輝きを」によると信州大学の松田克治先生が、生活改良普及員などの長野県職員らの協力のもと、農家の女性に指導したのが流行のきっかけだそうです(112-113ページ)。もともとはアメリカの健康法で、日本でも松田先生の指導開始よりも20年以上前から知られていたのですが、先生が適切なサイズの道具を開発したところ、日本全国を巻き込んだブームになったという事です。

話を元に戻すと、「みどりの・・・」に記録された様々な健康指導は、普及員のみならず栄養士や、佐久総合病院の若月俊一先生ら大勢の医師が旗振り役となって、県下一円に広められ、活動は次第に成功を収め、長野県の平均寿命はどんどん長くなりました。この本が書かれた昭和61年(1986)の2年後に鎌田先生は諏訪中央病院の院長になります。鎌田先生らはこうした先人の活動も背景にして減塩と野菜消費拡大、スポーツ(運動)の大切さを訴える活動をさらに強力に進めた、というわけです。そして長野県は日本一の長寿県となります。その後も現在まで長野県の寿命は延びているので、冒頭に書いた「野菜サラダが原因で塩分取り過ぎ」説は誤解と言えるでしょう。

「じゃあ、なんで今は滋賀県が男性の平均寿命1位なのかな?あの有名な鮒寿司のおかげ?発酵パワーで長寿?」という噂も流行していますが、事情通の方に聞いたら「あれはハレの日のごちそうで高額な品も多いため、普段はあまり食べませんよ。食べる時も少量です。まれに少量食べる食品で健康になるはずないじゃないですか。それに鮒寿司がそんなに健康に良いなら、昭和のころから滋賀県が日本一の長寿県だったはずでしょう?」。確かに、どうやら「発酵食品のパワーで長寿」説はオーバーですね。「滋賀県は長い努力で喫煙率と塩分を下げてきたのです、そういう日頃の積み重ねのおかげで長寿なんですよ。」とのことでした。

ということで、これからも長野県や滋賀県はじめ全国の皆様が、野菜を食べて、減塩や運動に気を遣って、お元気で健康であることを願っています。

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