食育指導者が言う台詞の一つに「旬の野菜には、その季節に体が欲する栄養素が含まれるので、旬の野菜を食べると体に良いのです。」というのがあります。食育に多少関心のある方なら多くの方がこの説を耳にしたことがあるでしょう。ところがこの説には実は科学的な根拠がないのです。
この説においては、「その季節に体が必要とする栄養素とは具体的になんですか?」との問いには決まってこう説明されます。「夏に収穫される野菜は体を冷やす性質があり、冬に収穫される野菜は体を温める性質があるのです。」
では、一般にダイコンやニンジンは冬野菜であり、一部食育本では「冬野菜だからダイコンやニンジンは体を温める」と記載されていますが、夏に収穫したダイコンやニンジンは体を温めるのでしょうか、冷やすのでしょうか。
たとえばサカタのタネなら、夏のきざしというダイコンやベーターリッチというニンジンが初夏に収穫できます。エアコン等を使わずに地べたで栽培してお日様の元で立派に育つのです。夏に収穫したダイコンやニンジンは体を冷やすのか温めるのか、誰もなにも検証してないのですから、非常にあやふやな説だといえるでしょう。
「夏の野菜はカリウムが豊富で体を冷やすから、夏野菜は夏だけに食べるべきだ。」と答える方もいるかもしれませんが、キュウリやナスよりニンジンの方が単位あたりカリウム含有量が多いのでつじつまが合いません(この話は既出ですので、このブログの過去記事をご覧ください)。
実は、「体を冷やす・温める」という表現について、人々は違う概念をごちゃ混ぜにして話をしているのです。例えば夏に冷やしたダイコンのおでんを食べれば直後に涼しくなってさっぱりしますが、それを「体が冷えた」と言う人もいれば「いやいや、漢方によればダイコンは陽の野菜だから毎日食べたら体質が変化して体が温まりやすくなるんだ。」と言う人もいます。お互いに異なる事柄を指して「体を冷やす・温める」と言って、話が食い違っているのです。
現時点で明らかなことは、冷蔵庫などで冷やしたキュウリや冷やしおでんのダイコンを食べた直後に体がさっぱりして一時的に「冷えた」ように感じるのは、キュウリやダイコンは水分が多いためです。つまりこれらを食べる行為は、冷たい水を飲むのにほぼ等しい行為だからです。蓋を開けてみれば「なーんだ」の笑い話ですね。
人間を含む哺乳類は「ホメオスタシス」という体の状態を自動調整する機能を持っているので、冷やしキュウリを食べても冷やしおでんのダイコンを食べても熱い鍋を食べても、しばらくすると体温が普段の状態に戻ります。つまり食品で体が冷えたり暖まったりするのは、ほとんどの場合、一時的な現象です。長期的に特定の野菜を食べ続けるとホメオスタシス機能に変化が出て体温調節機能が変化するという報告はありませんので、つまり前の前の段落に登場した「漢方によれば陽の野菜を食べると体質が変化して・・・」という説は現時点では証拠がないのです。
なお、一口に東洋医学と言っても、我が国の漢方と中医学は、源流は同じですが現在ではかなり違います。中医学においては「夏に体を冷やすのは体に悪い」とされているので、中国では夏にも体が温まる食品を食べるのです。例えば、ほんの20年くらい前までは中国や台湾などの方におにぎりを差し上げると「冷たいご飯を食べると体が冷えてしまうので済みませんが食べられません。」と断られることがよくありました(このことは日本のテレビ番組でも放送されたので知ってる方も多いことでしょう)。さて、すると、本当に夏野菜が体を冷やすとしたら、中医学的にはむしろ旬の夏野菜を食べるのは体に悪いことになりますね。私の調べたところ、「夏野菜=体を冷やす」という単純化した図式は、食養会(後述)が創作した日本独自の理論で、この説が日本の漢方に広まったようです。
さて、以上見た通り「体を冷やす・温める」問題は議論するほど不毛なことになるので横に置くとして、では「温める冷やす以外に、その季節に体が欲する栄養素って何だろう。」という疑問が当然わいてきますね。
この疑問に関してはしばしば「旬の時期に収穫された野菜は、ビタミンや鉄やポリフェノールなどの栄養素が、旬でない時期に収穫されたものより少し多く含まれるから。」と言われますが、これら栄養素は一年を通じて必要な量を摂取したい栄養素なので、ある野菜のビタミン量が特定の季節に多少減少しても、その野菜を食べることは無駄ではありません。例えばニンジンのカロチン含有量が仮に夏と冬で少々差があったとしても、夏にカロチンを取ることは好ましいことですね。あるいはダイコンのジアスターゼの含有量が仮に夏と冬で少々差があったとしても、夏に大根おろしを食べて消化吸収を助けてさっぱりすることは好ましいことですよね。
以上の説明から分かる通り、「旬の野菜は、その季節に体が欲する栄養素が含まれるので、旬の野菜を食べることは体に良いのです。」説は現時点ではドグマです。この説はもともと明治時代に発足した食養会(注)という疑似科学を信奉する方々の間で誕生したドグマであり、昭和40年代以降に一部有機農業者の間に広まって熱心に広められたのですが、「その季節に体が必要とする栄養素」というのが結局なんなのかよく分からない未だ謎の説なのです。もしかしたら遠い将来、このことについて科学的に何かが明らかになって、ドグマではなくなる日もくるかもしれませんが、証明されてない今日、現時点において、あたかも証明されているかのように指導することは、教育者の良心に照らし合わせて、不適切なように思います。
旬の野菜を食べることは経済的ですし、季節感を感じられるのは風情があり、植物が育つサイクルを学べるなど知的好奇心を育むメリットもあります。一方で、昔から人類は、旬の野菜を漬物や乾燥、砂糖煮、瓶詰めなどで保存して、別の季節に食べることで、その食品の新たなおいしさを引き出したり栄養を補ったりしてきました。日本でも、夏に収穫した野菜を乾燥させたり塩漬けなどにして保存して真冬にも食べていました。旬の野菜を収穫してすぐ食べることだけではなく、こうした、旬以外の時期においしく食べて健康になる知恵も大切に伝承したいものだと思います。
注:明治末期に誕生した食養会の方々は自らの唱える疑似科学のことを「食養」と唱えましたが、やがて食養という言葉は「食事による養生」という一般論的な意味に変容したため、一時期には西洋医学も含めた様々な食事法がこの言葉に含まれるようになりました。そのため、大正時代から昭和初期に設立された西洋医学や栄養学の研究所が「食養」という言葉を用いたり所名に食養の文字をつけた事例もあります。第二次世界大戦終結後は、食養という言葉はだんだんと西洋医学や栄養学者の間では使われなくなったので、やがて再び疑似科学系の方々が食養の語句を唱えるようになります。従って古い文献や論文を読む時に、著者の肩書きや経歴に「食養」の文字がついていても、その方が食養会関係者と即断はできませんので、論文の内容(仮説の立て方や実験手法、結論を導き出す論理など)が適切なプロセスを取っているかどうかで判断することが大事です。勘違いが生じてはいけないので、念のために記しました。
この説においては、「その季節に体が必要とする栄養素とは具体的になんですか?」との問いには決まってこう説明されます。「夏に収穫される野菜は体を冷やす性質があり、冬に収穫される野菜は体を温める性質があるのです。」
では、一般にダイコンやニンジンは冬野菜であり、一部食育本では「冬野菜だからダイコンやニンジンは体を温める」と記載されていますが、夏に収穫したダイコンやニンジンは体を温めるのでしょうか、冷やすのでしょうか。
たとえばサカタのタネなら、夏のきざしというダイコンやベーターリッチというニンジンが初夏に収穫できます。エアコン等を使わずに地べたで栽培してお日様の元で立派に育つのです。夏に収穫したダイコンやニンジンは体を冷やすのか温めるのか、誰もなにも検証してないのですから、非常にあやふやな説だといえるでしょう。
「夏の野菜はカリウムが豊富で体を冷やすから、夏野菜は夏だけに食べるべきだ。」と答える方もいるかもしれませんが、キュウリやナスよりニンジンの方が単位あたりカリウム含有量が多いのでつじつまが合いません(この話は既出ですので、このブログの過去記事をご覧ください)。
実は、「体を冷やす・温める」という表現について、人々は違う概念をごちゃ混ぜにして話をしているのです。例えば夏に冷やしたダイコンのおでんを食べれば直後に涼しくなってさっぱりしますが、それを「体が冷えた」と言う人もいれば「いやいや、漢方によればダイコンは陽の野菜だから毎日食べたら体質が変化して体が温まりやすくなるんだ。」と言う人もいます。お互いに異なる事柄を指して「体を冷やす・温める」と言って、話が食い違っているのです。
現時点で明らかなことは、冷蔵庫などで冷やしたキュウリや冷やしおでんのダイコンを食べた直後に体がさっぱりして一時的に「冷えた」ように感じるのは、キュウリやダイコンは水分が多いためです。つまりこれらを食べる行為は、冷たい水を飲むのにほぼ等しい行為だからです。蓋を開けてみれば「なーんだ」の笑い話ですね。
人間を含む哺乳類は「ホメオスタシス」という体の状態を自動調整する機能を持っているので、冷やしキュウリを食べても冷やしおでんのダイコンを食べても熱い鍋を食べても、しばらくすると体温が普段の状態に戻ります。つまり食品で体が冷えたり暖まったりするのは、ほとんどの場合、一時的な現象です。長期的に特定の野菜を食べ続けるとホメオスタシス機能に変化が出て体温調節機能が変化するという報告はありませんので、つまり前の前の段落に登場した「漢方によれば陽の野菜を食べると体質が変化して・・・」という説は現時点では証拠がないのです。
なお、一口に東洋医学と言っても、我が国の漢方と中医学は、源流は同じですが現在ではかなり違います。中医学においては「夏に体を冷やすのは体に悪い」とされているので、中国では夏にも体が温まる食品を食べるのです。例えば、ほんの20年くらい前までは中国や台湾などの方におにぎりを差し上げると「冷たいご飯を食べると体が冷えてしまうので済みませんが食べられません。」と断られることがよくありました(このことは日本のテレビ番組でも放送されたので知ってる方も多いことでしょう)。さて、すると、本当に夏野菜が体を冷やすとしたら、中医学的にはむしろ旬の夏野菜を食べるのは体に悪いことになりますね。私の調べたところ、「夏野菜=体を冷やす」という単純化した図式は、食養会(後述)が創作した日本独自の理論で、この説が日本の漢方に広まったようです。
さて、以上見た通り「体を冷やす・温める」問題は議論するほど不毛なことになるので横に置くとして、では「温める冷やす以外に、その季節に体が欲する栄養素って何だろう。」という疑問が当然わいてきますね。
この疑問に関してはしばしば「旬の時期に収穫された野菜は、ビタミンや鉄やポリフェノールなどの栄養素が、旬でない時期に収穫されたものより少し多く含まれるから。」と言われますが、これら栄養素は一年を通じて必要な量を摂取したい栄養素なので、ある野菜のビタミン量が特定の季節に多少減少しても、その野菜を食べることは無駄ではありません。例えばニンジンのカロチン含有量が仮に夏と冬で少々差があったとしても、夏にカロチンを取ることは好ましいことですね。あるいはダイコンのジアスターゼの含有量が仮に夏と冬で少々差があったとしても、夏に大根おろしを食べて消化吸収を助けてさっぱりすることは好ましいことですよね。
以上の説明から分かる通り、「旬の野菜は、その季節に体が欲する栄養素が含まれるので、旬の野菜を食べることは体に良いのです。」説は現時点ではドグマです。この説はもともと明治時代に発足した食養会(注)という疑似科学を信奉する方々の間で誕生したドグマであり、昭和40年代以降に一部有機農業者の間に広まって熱心に広められたのですが、「その季節に体が必要とする栄養素」というのが結局なんなのかよく分からない未だ謎の説なのです。もしかしたら遠い将来、このことについて科学的に何かが明らかになって、ドグマではなくなる日もくるかもしれませんが、証明されてない今日、現時点において、あたかも証明されているかのように指導することは、教育者の良心に照らし合わせて、不適切なように思います。
旬の野菜を食べることは経済的ですし、季節感を感じられるのは風情があり、植物が育つサイクルを学べるなど知的好奇心を育むメリットもあります。一方で、昔から人類は、旬の野菜を漬物や乾燥、砂糖煮、瓶詰めなどで保存して、別の季節に食べることで、その食品の新たなおいしさを引き出したり栄養を補ったりしてきました。日本でも、夏に収穫した野菜を乾燥させたり塩漬けなどにして保存して真冬にも食べていました。旬の野菜を収穫してすぐ食べることだけではなく、こうした、旬以外の時期においしく食べて健康になる知恵も大切に伝承したいものだと思います。
注:明治末期に誕生した食養会の方々は自らの唱える疑似科学のことを「食養」と唱えましたが、やがて食養という言葉は「食事による養生」という一般論的な意味に変容したため、一時期には西洋医学も含めた様々な食事法がこの言葉に含まれるようになりました。そのため、大正時代から昭和初期に設立された西洋医学や栄養学の研究所が「食養」という言葉を用いたり所名に食養の文字をつけた事例もあります。第二次世界大戦終結後は、食養という言葉はだんだんと西洋医学や栄養学者の間では使われなくなったので、やがて再び疑似科学系の方々が食養の語句を唱えるようになります。従って古い文献や論文を読む時に、著者の肩書きや経歴に「食養」の文字がついていても、その方が食養会関係者と即断はできませんので、論文の内容(仮説の立て方や実験手法、結論を導き出す論理など)が適切なプロセスを取っているかどうかで判断することが大事です。勘違いが生じてはいけないので、念のために記しました。