ナナカマドの実が厳寒の日々の中でも、真赤に色づくいる。鳥たちの最後の食料となるのだ。
最近の世相に想う
国会が始まった、50代ごろまでは、車で仕事中でも国会中継を必ず聞いていた。いつも思う
ことだけれど、政治家はいつもその時々の問題について国民の指示を得ようとやっきになる。
昨年から述べられている政策に、防衛費の倍増、子育ての倍増と景気の良い事を言っている。
国家予算の3割近くも国債にたより、国民は物価上昇で悲鳴をあげている人達も少なくない。
そんな環境の中でどうして、倍増なのかと国の予算の立て方に大いに疑問を抱かされている。
子育て、少子化によて人口が減ってきている、子育て予算を慌てて倍増しても多分焼け石に
水と化すだろう。防衛費だって同じこと、ロシヤのウクライナ進攻で戦争になっている。だか
ら我が国も防衛体勢を強化しなければならないと予算の倍増を計ろうとしている。
これも目先の環境に慌てての組み立てであろう。この現実ならば国民も我が国の防衛には多
少の増税も受け入れてくれるのではないかという、政治家の本能から出た愚策であると思う。
少子化対策も、防衛費の増額も頭から反対ではないけれども、ただ目先の環境変化に合わせて、
国民に媚びを売るようなことではなく、もっと、長期的観点から、地理的環境からしてもっと
20年、30年計画で防衛費の底上げが必要で、今から思えばバブル時代に防衛費も人口減少にも
思いを致して、予算を組み立てるべきであったろう。今になってそれを言っても時既に遅しで
手に負えなくなっている。
今の世相は、大きく変わりつつあるようだ、気候変動だってそうだ小手先の対策では返って、
今後長く対策予算がかかってくるだろう。憲法にしても、いろいろと現代社会に合わなくなって
きていると言いながら、時の国会ではろくな議論もできず、国の運営の基本である憲法を先送り
して、発議して国民に賛否をと問うこともしない。
政治家が国民の民意の代表といわれているけれども、選挙区においていかにすれば当選できる
かというこみとしか考えない議員が多い。これでは国会議員とは名ばかりで決して国民の民意は
何一つ理解できていないのでないかと思われるほど、目先の問題だけに国民に媚びを売っている
としか思えない。民主主義とはやはり一人一人の国民がしっかりとして国全体の長期的に事を考
えられる候補者を擁立しなければならないだろう。これがまた大変に難しく困難なことである。
いずれにせよ、今行われている国家が国民のために活発な議論をしていただきたい、そして少
数の意見であっても、なるほどと思える政策が発言されたなら、それを取り入れる技量を期待する。