人生、失敗しちゃった~ニート後遺症 闘病記~

十数年のニートをやめて一年。ニート後遺症と戦う、ニート研究家。

ニート後遺症・最近自覚する症状【脳】

2016年01月18日 | 今、思う。
ニート後遺症・最近自覚する症状【脳】

常に喉が腫れぼったくなり、指先が重くぬるい熱感に苛まされる。音や光景が遠い。
そういう症状が依然恢復しない中、最近、数字を観ると脳が収縮する感覚が増えた。これまでは嘔吐感だった。それも継続している。継続しながら、きゅうとくる。掌で鷲掴みにされる感覚。そのまま立っていられない時もある。
物理的に何かが起こっているのだろうか。
それともただそういう感覚があるだけなのだろうか。

精神を壊さない為にニート化するのか?【精神バランス】2

2016年01月17日 | 闘病記
【精神バランス】

結果、「ニート化」することで精神の安定を図っているものも少なからずいる。
以下は、インターネット上で拾ってきた情報と数値。これは論文ではないのでその正確さや出自への信頼度はあえて無視する。
引きこもり男性の26%は発達障害の可能性がある・引きこもり95%が精神障害・自殺者の6割が無職・自殺者の90%に精神障害・生活保護受給者、自殺率が2倍、10万人中55人。
嫌な言葉が並ぶ。

これは、どっちなんだろうか。

精神バランスを崩しているから「ニート化」したり「ひきこもり化」したりするのか。
崩さない為に「ニート化」したり「ひきこもり化」したりするのか。
俺自身でいうと、恐らく後者。いや前者である可能性も十分ある。けれども「ニート」時代、俺の精神は極めて安定しており、地区の会合や縁者の集まりに出ても、地域ボランティアに参加しても、恐らくは一般の社会人と同等レベルで対人関係をこなしてきたし、相手も俺を「普通の人」と認識してきた。幾度となく書き連ねてきた「自殺衝動」もなかった。今、蝕まれている「後遺症」と称するもののほぼ全てがなかった。「脱ニート」後、常に鬱鬱とする。これは「職」につき「社会」に入ったからだけではなく、この十数年への後悔と将来への絶望と虚無感、家族への罪の意識によるものだから、「ニート化」することでその「鬱鬱」を防いでいたとは言い切れない。そもそも「ニート化」しなければその「鬱鬱」は生じず、生じなければ「ニート後遺症」にも至らない。だから、本当はどちらなのかは言い得ない。
いいたいのは、「まだ間に合う」人がいるかもしれないということ。
精神バランスを崩し精神障害を起こして「ニート化」したのではない人がいるなら、そうなる前に何とかしなくてはならない。それはただ社会に引っ張り出すだけでは駄目。逆に精神バランスを欠いて、俺のようになってしまう。「ニート後遺症」の発症を可能な限り防ぎつつ、社会参加させる。そこまでしてやる必要があるのかと笑う人もいるだろう。俺も、そう思う。思いつつわが身に起こる精神の変調を鑑みると、いつ壊れるか分からない恐怖を感じると、この危険性におののいてしまうのだ。

また、俺によくしてくれた人が亡くなった

2016年01月17日 | 今、思う。
【訃報】

また、俺によくしてくれた人が亡くなった。年末に体調を崩しそのまま亡くなられたという。本当にかわいがってくれた人だった。2014年末から5人。近しい、よくしてくれた人ばかりが急逝する。急逝ばかりだ。例えば入院してお見舞いにいって、看病して、そして、というプロセスがない。あれば亡くなってもいいとはいわない。生きていてほしい。けれども、もし高齢で、または病気で止むなくそのような結果となるのであればせめて少しでもいい、別れを垣間見る時間が欲しい。突然、でかい手に取り上げられたような感覚。返してくれと泣き叫ぶタイミングすらない。どうにもならない穴だけが開く。
いよいよ1年近くとなる慢性的な嘔吐感、熱感、腹痛、眩暈、手足のしびれ、倦怠感と鈍重感、耳鳴りに加え、はぐきが腫れた。


御冥福をお祈りいたします。

もしニート化しなければどうなっていたか【精神バランス】①

2016年01月16日 | 闘病記
【精神バランス】①

「ニート」や「ひきこもり」は何かしらの精神バランスを崩した状態、病院にいくと病名をつけられるだろう精神病理によるものとも言われる。確かに、当たり前のようにしっかり働いて「社会生活」を送っている人々にとっては、もっとも整合性がある着地点だろうし、当然、それも、あるはず。難しい医学書をひも解くまでもなく少しインターネットで検索すればいとまなく症例が上がる。けれどもそれだけではない。
もしその逆があるとしたら。「ニート」は働くことから逃げた、「現実」から逃げた者だとして、それこそが精神病理の発症を防ぐ、自分なりの精一杯の防衛策だったとしたら。
世の中には色々な人がいる。どうしても社会人生活になじめない人もいるかもしれない。「絶対にキミに合った仕事あるはずだ」と叱咤されたとしても、そういった職にどれほどの人が巡り合えているのか。「自分に合った職」じゃないと働けない等と、甘えたことをいうな!が正解だとは分かっている。分かってはいるものの、余りにもどうにもならない場所というものも、存在する。極論をいう。歌も踊りも下手で、人前が苦手で、観た目も人並み以下な人物に「キミは明日からミュージシャンになってもらう。早速、テレビに出て歌ってもらって、その翌日は東京ドームで1万人集めてコンサートだ」と告げられ、それを実行されたら、と考える。当然のように酷評されコンサートも10人の集客さえままならない。それでも毎日続けろといわれたら。この人物はどこかで「壊れ」てしまわないだろうか。そうならないためにできることは、逃げること。前向きに「できるようになる」努力も大事、とはいえそれにも限界は、ある。
結果、「ニート化」することで精神の安定を図っているものも少なからずいる。
以下は、インターネット上で拾ってきた数値。これは論文ではないのでその正確さや出自への信頼度はあえて無視する。

ニート後遺症・最近増えた症状

2016年01月16日 | 今、思う。
【脳】

常に喉が腫れぼったくなり、指先が重くぬるい熱感に苛まされる。音や光景が遠い。
そういう症状が依然恢復しない中、最近、数字を観ると脳が収縮する感覚が増えた。これまでは嘔吐感だった。それも継続している。継続しながら、きゅうとくる。掌で鷲掴みにされる感覚。そのまま立っていられない時もある。
物理的に何かが起こっているのだろうか。
それともただそういう感覚があるだけなのだろうか。