【精神バランス】
結果、「ニート化」することで精神の安定を図っているものも少なからずいる。
以下は、インターネット上で拾ってきた情報と数値。これは論文ではないのでその正確さや出自への信頼度はあえて無視する。
引きこもり男性の26%は発達障害の可能性がある・引きこもり95%が精神障害・自殺者の6割が無職・自殺者の90%に精神障害・生活保護受給者、自殺率が2倍、10万人中55人。
嫌な言葉が並ぶ。
これは、どっちなんだろうか。
精神バランスを崩しているから「ニート化」したり「ひきこもり化」したりするのか。
崩さない為に「ニート化」したり「ひきこもり化」したりするのか。
俺自身でいうと、恐らく後者。いや前者である可能性も十分ある。けれども「ニート」時代、俺の精神は極めて安定しており、地区の会合や縁者の集まりに出ても、地域ボランティアに参加しても、恐らくは一般の社会人と同等レベルで対人関係をこなしてきたし、相手も俺を「普通の人」と認識してきた。幾度となく書き連ねてきた「自殺衝動」もなかった。今、蝕まれている「後遺症」と称するもののほぼ全てがなかった。「脱ニート」後、常に鬱鬱とする。これは「職」につき「社会」に入ったからだけではなく、この十数年への後悔と将来への絶望と虚無感、家族への罪の意識によるものだから、「ニート化」することでその「鬱鬱」を防いでいたとは言い切れない。そもそも「ニート化」しなければその「鬱鬱」は生じず、生じなければ「ニート後遺症」にも至らない。だから、本当はどちらなのかは言い得ない。
いいたいのは、「まだ間に合う」人がいるかもしれないということ。
精神バランスを崩し精神障害を起こして「ニート化」したのではない人がいるなら、そうなる前に何とかしなくてはならない。それはただ社会に引っ張り出すだけでは駄目。逆に精神バランスを欠いて、俺のようになってしまう。「ニート後遺症」の発症を可能な限り防ぎつつ、社会参加させる。そこまでしてやる必要があるのかと笑う人もいるだろう。俺も、そう思う。思いつつわが身に起こる精神の変調を鑑みると、いつ壊れるか分からない恐怖を感じると、この危険性におののいてしまうのだ。