「こどもホスピスの奇跡」石井光太(新潮文
庫)
日本初の小児ホスピスであるTSURUMI
こどもホスピスについて、設立までと2年目
までを主に追うノンフィクション。
特定の人物を追うのではなく、小児ホスピス
というテーマを中心にすえ、過去と経緯は異
なるが、そこに関わる人たちを書く。
場面が続くのではなく、背景とインタビュー
を交えて短く区切っていくため、どちらかと
いうとドキュメンタリーに近い。
よくある感動の設立秘話のようなものではな
く、良い意味で淡々と事実を記録していく。
著者の作品は何冊か読んでいるが、この良い
意味で淡々というイメージはこれまでもあり、
本作のつくりに合っている印象。
穏やかに終わりに向かうのではなく、あった
はずの当たり前を享受できる場所。
知識により進歩する分野は、10年どころか
5年前の当たり前が当たり前でないことが多
い。
医療も同じようで、成人のホスピスですらそ
うであるのに、子供の、小児のともなれば、
である。
そして表に出る結果は、時に唐突であるが、
進歩の「歩」は、時に迷い、停滞し、場合に
よっては後退すらする。
自分たち一般が、そういう時代だよねなどと
簡単にコメントすることの大半は、当然に簡
単な経緯の結果ではない。
この小児ホスピスは、一人のカリスマによる
のではなく、多くの人々の苦悩と献身より存
在している。
それは全てが良かったことの積み重ねではな
く、むしろ無力と後悔と悲しみの結果の方が
多いのだろう。
このホスピスは、意志も過去もなく、ただつ
くることを目的としたものではない。
しかし、そうではない意味ある施設となるに
は、5年10年ではない過去と意志が必要と
なる。
奇跡とは、しかも一つではないそれら必要な
パーツが、必要な過程を経て意志をもって集
ったことなのだと思う。