ままちゃんのアメリカ

結婚42年目のAZ生まれと東京生まれの空の巣夫婦の思い出/アメリカ事情と家族や社会について。

辞めなかった人

2019-03-08 | アメリカ事情

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おそらく根気の良さの最たる例はアブラハム・リンカーンである。


リンカーンは貧困の中で生まれ、生涯を通じて敗北に直面した。彼は8回選挙に破れ、2回ビジネスに失敗し、そして神経衰弱を経験した。


彼は何度も辞めようと思えば辞めていたかもしれない - しかし彼は辞めなかったのでアメリカ合衆国歴史の中で最も偉大な大統領の一人となった。


リンカーンはチャンピオンであり、彼は決してあきらめなかった。下記はリンカーンのホワイトハウスへの道のりのほんのスケッチである:


1816年 彼の家族は彼らの家から追い出された。アブラハムは家族を支えるために働かなければならなかった。
1818年 母親が死亡。
1831年 事業に失敗。
1832年 州議会に立候補したが、落選。
1832年 失職。法学校へ行きたかったが、入学できなかった。
1833年 友人からの借金で事業を始めたが、その年末までに破産し、次の17年間をこの借金の返済に費やした。
1834年 再び州議会に立候補、当選。
1835年 婚約したが、婚約者は死亡、悲嘆にくれた。
1836年 完全に神経衰弱し、6ヶ月病床にあった。
1838年 州議会の議長になることを目指すが、 敗北を喫した。
1840年 選挙人になろうとしたが、落選。
1843年 議会に出馬したが、落選。
1846年 再び議会に出馬、今回は当選。ワシントンでは良い仕事ぶりを示した。
1848年 議会再選へ出馬したが、落選。
1849年 故郷の州の公有地管理局の職を求めたも拒絶された。
1854年 アメリカ合衆国上院議員に出馬したが、落選。
1856年 支持する党の全国大会で副大統領候補に指名を求めたが、 100票に満たない結果故にならず。
1858年 米国上院議員に再び出馬したが、再び落選。
1860年 アメリカ合衆国大統領に選出された。(とうとう!)


こんな彼に贈る歌は、他でもないあの歌である。