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身近にある武田家の歴史遺産を巡ろう!【第三弾】

2024-08-19 10:33:51 | 山梨県立大学のレポート

武田氏館跡に関わる歴史を覗いてみませんか?信玄ミュージアム探訪レポート


皆さん、こんにちは!山梨県立大学4年の東條友貴です。第一弾第二弾に引き続き、武田氏の歴史遺産について紹介します。今回は、信玄ミュージアムの知られざる魅力について語ります。

 

「甲府市武田氏館跡歴史館」、通称「信玄ミュージアム」は、武田神社のすぐ南側に位置し、三角屋根が連なるわかりやすい建物です。2019年に開館した、小さな博物館と総合案内施設、旧堀田家住宅、飲食施設、ミュージアムショップからなる、複合展示施設です。

 

展示室は、常設展示室と特別展示室(有料)に分かれており、どちらも興味深い展示がたくさんあります。常設展示室では、武田氏屋敷跡の近くから出土した、戦国時代の馬の骨の複製や金彩の施された皿、そして有名な武田二十四将図などが展示されています。また、武田氏館跡の歴史や武田氏に関わる領主たちの変遷なども、分かりやすくパネルで詳しく紹介されていて、武田氏3代がたどった歴史について学ぶこともできます!

特別展示室は、有料(一般300円、団体割引あり)ですが、ここでは発掘調査で出土した貴重な品々が展示されており、映像シアターで歴史を楽しく学ぶことができます。高校生以下や障害者手帳をお持ちの方は無料で入館できるので、家族連れにも優しいスポットです。

 

そして実は、あまり知られていないのですが、敷地東側には、国登録有形文化財である旧堀田家住宅が修復して開放されています。旧堀田家住宅は、1933年(昭和8年)に建設され、割烹料亭として創業しました。当時は、「堀田古城園」と呼ばれた高級料亭でした。第二次世界大戦期には、将校宿舎として使用され、さらに旅館業へと変わり、最後は一般住宅として使用された後に、甲府市に寄贈されました。

ここには、日本でも現存数が少ないと言われている、金唐革紙を始めとして、アールデコの影響を受けた建具、昭和のガラスと照明器具・孔雀壁など、昭和初期の近代和風建築の高級料亭の特色が色濃く残されています。

コロナ前は、館内を自由に見学でき、市民に大広間や茶室も貸し出されていました。現在は、新型コロナウイルスの影響で外観のみの見学となっていますが、その美しい佇まいは内庭から十分に楽しめます。昭和初期の元修復された高級料亭と旅館の風情ある建物は、一見の価値ありです。

「堀田古城園」の北側の長屋は、軽食と甘未処「由布姫」になっており、見学後の休憩にぴったり。

お薦めは、写真のソフトクリーム。当日は、あまりに暑くて、写真を撮っている最中に溶け始めました(笑)武田神社の参拝後に、ここでひと息つくのもおすすめです。

今回は、信玄ミュージアムの魅力と味覚をたっぷりと味わってきました。歴史に興味がある方はもちろん、ちょっとした旅行気分を味わいたい方にもおすすめの場所です。ぜひ訪れてみてください!

これまで、全3回のレポートで身近にある武田家の歴史遺産を紹介してきました!皆さんも是非、足を運んでみてください!最後まで読んでいただき、ありがとうございました!


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身近にある武田家の歴史遺産を巡ろう!【第二弾】

2024-08-19 10:31:00 | 山梨県立大学のレポート

自分の足で歴史を感じよう!武田二十四将の屋敷跡めぐり


みなさんこんにちは!学生レポーター、山梨県立大学1年の岩澤文那です!第一弾に引き続き、身近にある武田家の歴史文化遺産を紹介していきます。私は地元、静岡県吉田町にある小山城がきっかけで、武田家の家臣に興味を持つようになりました。このお城は武田氏の重臣、馬場美濃守信春が築城したと言われています。そこで第二弾となる今回は、武田家の家臣に関する歴史遺産についてご紹介します!

まず私は甲府駅前のホテルでレンタサイクルをお借りして、武田神社方面へ向かいました。見た目とは違い、坂がきつく、想像以上に長い坂道と暑さに苦労しました。

 

① 武田二十四将の屋敷跡めぐり

早速、小山城の築城主である馬場美濃守信春の屋敷跡を発見しました!案内板には詳細な情報が書かれており、知らなかった情報が盛りだくさんでした。

【馬場美濃守信春の屋敷跡地に設置された案内板】

元々屋敷が建っていた場所に、現在ではアパートが建っているという面白い光景も見られます。有名家臣の屋敷があった場所に住んでいるなんて、ちょっとした自慢話になりますよね。屋敷跡をめぐる中で、下の写真のように、草で隠されてしまっていて、気づかずに通りすぎてしまう場所もいくつかありました(笑)しかしその分、気が付くと嬉しくて、新鮮な驚きもあります♪

【穴場な屋敷跡】

② 信玄ミュージアムの見学

今回は屋敷跡めぐりだけでなく、武田神社のすぐ南側にある「信玄ミュージアム」にもお邪魔しました。信玄ミュージアムの見学を通して、私が特に興味を引かれたのが、武田氏と関連のあるお城の展示でした。県内だけではなく、周辺の県にも、こんなに多く武田氏と関連したお城があるのだなと驚きでした。他県が特集されているコーナーでは、私の出身地である静岡県も特集されていて、帰省したときにぜひ訪れたいと思いました!皆さんも、お住まいの地域と武田氏の関連を調べてみるのはいかかですか?

【武田氏と関連のあるお城の展示】

 

③ おわりに

今回、電動自転車に乗りながら、合計8か所の武田二十四将の屋敷跡地をめぐりました。なかなか跡地に設置されている案内板が見つからなかったり、坂道も多くて大変でした。しかし、取材が終わったときに感じたのは、何よりも“楽しい!”ということでした。下り坂では風を感じられて心地よく、屋敷跡地を見つけるワクワク感も味わうことができました。皆さんもぜひ、“自分の足で”歴史を楽しんでみてください!

さらに!信玄ミュージアムには、今回のブログで紹介した展示のほかにも、魅力あふれる展示が盛りだくさんなんです!気になる方はぜひ、第三弾の「信玄ミュージアム探訪レポート」もチェックしてみてください♪ 最後までこの記事を読んでいただきありがとうございました!

 


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身近にある武田家の歴史遺産を巡ろう!【第一弾】

2024-08-19 10:29:02 | 山梨県立大学のレポート

歴史と信仰に触れる、武田氏館跡の歩き方


みなさんこんにちは! 山梨県立大学4年の岩田輝です!今回からテーマを変え、甲府駅北部にある、武田家の歴史遺産の散策方法について3回のレポートで紹介していきます!新潟県出身の私は、大学進学を機に山梨県に住み始めて4年になります。大学のゼミ活動では、武田氏館跡で市民向けの歴史文化遺産の散策ツアーなどを行ってきました。

 

7月末に1年生への紹介も兼ねて、ゼミの友人たちと再度、夏の武田氏館跡を歩いてきました!今回は、神社にお参りするだけではもったいない、武田氏館跡の歩き方をご紹介します!

まずは基本情報です。散策場所は、武田信玄公を祀った神社「武田神社」とその周辺部です。実は、神社自体は1919年(大正時代)に新しく建てられました。しかし元々は、1519年(戦国時代)に信玄公のお父さんの信虎公が建設したお屋敷とその城下町が始まりです。つまり、武田家三代の信虎、信玄、勝頼の居館があった場所でした。今回は信玄ミュージアムから散策をスタートします。

 散策のスタート

今回の散策のスタート地点は、通常参拝のお客さんが使用する武田通りの突き当りの橋ではありません。お堀の手前を左に曲がり、少し歩いたところにある西曲輪の南入口から入ります!

この小さな入り口は、しめ縄がかかっています。お祭りなどで見かけるしめ縄は、人間界と神様の世界の境目、「結界」を意味しています。つまり、私たちは、神様の住む神聖な世界の入り口に立っています。

 

 西曲輪

ここは、かつて西曲輪と呼ばれた場所です。みなさんは曲輪(くるわ)とはなにか、ご存じですか?曲輪とは、城の中で高い塀や土塁などで守られた区画を指します。武田氏館跡の西側にある曲輪、西曲輪には武田信玄の嫡男である義信が住んでいたと言われています。

草木が生い茂る西曲輪では、「イノシシ出没注意」の張り紙とともに、動物の足跡が見かけられます。私たちの大学の先生は、ここで何度か大きな鹿を見かけています。写真はどうも鹿の足跡のようですね!

 主郭と御神木

新緑の空気を存分に吸い込んだら、西曲輪の土橋を右に曲がります。武田神社の本殿がある、主郭に入っていきます。

ここに来たら、ご参拝はしてくださいね!特に主郭で注目してほしいスポットは、拝殿に向かって左斜め後方にあるこの御神木です。武田氏館跡にも、御神木があります。

この御神木は、榎(えのき)です。この木にもしめ縄がかかっています。昔の人々は、真っすぐに天に伸びる木や、くねくねと曲がった形をした木が目印になると考え、「神様が降り立つ神聖な場所」として祀りました。ここは榎天神(えのきてんじん)。学問の神様、菅原道真公を祀っており、御神木の後ろには、鉛筆形の絵馬が沢山書かれています。受験生には、オススメのスポットです。

 

御神木にもお参りをしましょう。深呼吸をして、二礼二拍手一礼、願い事を頭に浮かべながら、一周。(私の場合は、前期の英語のテストがうまくいきますように(笑))

 北側桝形虎口

さあ今度は、西曲輪に戻り、北側の土橋を目指します。日本を代表する甲斐国の信玄公が住んでいたお屋敷となると、あらゆるところに防衛上の工夫が見られます。

 

例えば、西曲輪を北に抜けた後に残る、正方形の空間。桝形虎口(ますがたこぐち)と呼ばれる場所です。桝形虎口の入口と出口は細い通路と土橋のみで、周りは高い土塁で囲まれています。狭い通路から、やっとの思いで侵入してきた敵はここで逃げ場を失い停滞します。そこを土塁の上から弓矢で攻撃します。実際土塁の上に立ってみると、今でも3メートル以上あり、当時の迫力と緊張感を感じます。

 味噌曲輪

桝形虎口から、狭い土橋を抜けると、開けた場所に出ました。ここは、味噌曲輪と呼ばれた場所です。名前の通り戦国時代には、食糧を貯蔵する施設があったと言われています。現在は、ビニールシートで覆われており、甲府市の歴史文化財課の職員さんたちが発掘調査を進めています。発掘後、どんな様子になるのかとても楽しみです。

さて、発掘現場の奥には山が広がっています。実は、右奥にある要害山という山は、山城(やましろ)と言い、武田家の要人が戦いから非難する際に使用する、山自体を利用したお城でした。あの信玄公が生まれた積翠寺も、実は要害山の麓にあります。

 

 竜ヶ池展望台

次に、味噌曲輪を右に曲がります。5分ほどまっすぐ進むと、竜ヶ池(りゅうがいけ)という、ため池の石壁が見えてきます。南側の高い階段を上っていくと、甲府市街地を一望できる展望台にたどり着きます。ここから見ると、武田氏館跡から南に向かって道が伸びています。地図上には5本の道が真っすぐ伸びています。約500年前は、この街が京都と同じ条里制で作られた城下街であったことがわかります。ちなみにこの場所、夕暮れ時には夕日と夜景を同時に楽しめる絶景スポットでもあります!

長い階段を下り、信玄ミュージアムへ戻る途中、友人が蓮の花を見つけました。この日の気温は37度。酷暑を歩き続けた私たちに、蓮の花が清らかな安らぎを与えてくれました。しかし帽子は必需品。夏はとにかく暑いです(笑)

歩き始めてから約40分程度で、信玄ミュージアムに戻って来られます。今回の散策はここでおわりです。県外出身で初めて武田氏館跡を訪れた1年生の友人は、御神木に興味津々でした。「この場所が多くの人で賑わう理由が分かった」と笑っていました。

 

何気ない身近な場所でも、新しい学びやご利益が得られるものです。

残る2回は、武田二十四将の屋敷跡めぐり信玄ミュージアム探訪レポートを紹介します。ぜひそちらもご覧ください。最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

 


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