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ラマザンは終わった。3日間の祝祭

2015年07月17日 | 国内
7月18日 トルコのムスリムも、世界のムスリムも、17日はラマザンのお祝いの準備でした。17日~19日は役所も民間企業も学校もお休みです。ただし、商店はこのときこそかきいれどき、休まず働きます。みんな家族や友人や親戚へのプレゼントを買いに来るからです。街頭の物売りだって休みません。

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キャンディ屋さんを訪れる主婦たちの顔も晴れやか


ラマザン中は、全国の行政がイフタル(ラマザン明けの夕食)を提供しました。7月15日には、チャナッカレ県のエーゲ海の島ギョクチェアダで開催されたイフタルの会には3000人が参加し、コンサートやスーフィーの修行僧の旋回パフォーマンスを楽しみました。

エルドアン大統領はラマザンの祝辞で、国民の団結を呼びかけました。「国内外で厳しい事態が起こっているときだからこそ国民の団結が大事です。ラマザンの祝典が国民の心をひとつにするよう願います」

人民民主党(HDP)のセラハッティン・デミルタシュ共同党首とフィゲン・ユクセクダー共同党首も「祝祭は人々が憎悪や敵意を忘れ、友情をもって抱きあうときです」というラマザンのメッセージを送りました。


4000年昔のタブレット(書字板)が中央アナトリアで発見された

中央アナトリア・カイセリ県のキュルテペーカニシューカルムの商業地区遺跡が、いま考古学者たちを驚かせています。女性の権利を記したタブレットが、ブロンズ時代の居留地から出てきたのですから!
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この地方の古代古墳の発掘は1948年から始まっていました。これまでに、ここがアナトリアの記述史が始まった場所であることがわかり、2013年には、中東最大の記念碑的建造物も発見されています。何百年も昔の赤ちゃんのガラガラや、ロバの売買に関する書字板も出土しています。

先月、キュルテペの2015年の発掘が始まりました。発掘隊のリーダーであるアンカラ大学のフィクリ・クラクオール教授は、16日、ドーアンニュースに「この遺跡はアッシリア人の商業情報を知ることができる貴重な書字板のためだけでなく、当時のあらゆる階層の人々の社会生活についての情報を得られる、すばらしい場所です」と語りました。

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感情のこもった手紙

「女性の権利から、出産時に決められた養子や結婚のことまで、書字板には、4000年昔のアナトリアの、あらゆる種類の文明的社会的データが盛り込まれています。妻から夫への感情のこもった手紙や、姑についての苦情を訴える女性の手紙もあります。こういうものは、帝国の公式アーカイブでは見つけられません」とクラクオール教授。

キュルテペで出土した23,500点の、楔形文字の書字板の多くは、商取引に関するものでした。「キュルテペはアナトリアの開明が始まった場所です。この地域の人々は、アナトリアの他の地域の人々よりずっと早く、読み書きができました。

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博物館に飾られた数々の書字板


キュルテペの書字板の90%はアンカラのアナトリア文明博物館で見られます。いくつかは遺跡にも展示されていますが、まもなく、カイセリに建設中の新しい考古学博物館に移されます。この博物館は歴史的カッパドキア地方で、最も重要な博物館になるでしょう。「この巨大な遺産がユネスコの世界遺産に入ることを期待しています」と教授は言いました。


かつて7万人が暮らした広大な遺跡

古墳エリアの中の居住区では、初期ブロンズ時代、中期ブロンズ時代、鉄器時代、古代ギリシア、古代ローマの遺物が出土しています。最も重要な発見のひとつは、BC2000年の書字板で、これは、当時、アナトリアにはいくつかの王国があり、カニシュ王国が最も有力だったことを示すものです。


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