稽古不足と言われた朝青龍が、優勝しちゃった今場所。
テレビのワイドショーで、またまた【横綱の品格】が取り沙汰されていた。
【相撲】を伝統文化とみるか、スポーツとみるか…。
そこが、話題の中心になっていた気がするけど、
(それだけじゃあ、ないよなぁ~。)
と思いながら話を聞いていた私。
(もひとつ、【神事】としての側面を、みんな忘れてる?もしくは知らないんじゃない?!)
もともと、お相撲と言えば、ただの力比べじゃなくて、
神さまに奉納するものだったんだよね。
だから横綱ってば、神社のしめ縄みたいのを着けて土俵入りするんでしょ?!
多分ほとんどの人は、神社に本当に神さまがいるって思ってないから、
その神聖さとか考えることもなく、
あのいでたちも、只の伝統として受け継がれてきた、儀礼的なものと考えているのでしょう…。
日本人だって、そんな感覚なのに、外国人力士にそんなのわかりっこないよ…。
でもね、
【茶の湯】や【生け花】だって、日本固有の伝統文化だけど、
それでさえ、
その所作やしきたりがなければ、【茶道】【華道】にはならないでしょ?!
だって、喫茶店で淹れてくれるお茶は、茶道じゃないよね…。
【相撲】はそれに加えて【神事の側面】まであるんだから、
色んな決まりごとや、【武士道】みたいな精神性があって然るべきだし、
そこで【横綱の品格】という言葉が出てくるのも、
私個人の認識としては、当然と思うわけ。
でも如何せん、その感覚が一般の人々に浸透してない事実があり、
またそういう内容に関しての分かりやすい説明も、人々にされていないのが現状…。
【相撲】はレスリングやボクシングのように、
ただ個人の力量を示し、ファイトマネーをもらうだけの【格闘ショー】じゃなくて、
それに上乗せした【道】という精神性や【神事】という側面を持ったものだからこそ、
自信を持って世界に誇れる、日本の伝統文化なのだと私は思っているのだけれど…。
元々そうであるはずの【稀有】な競技を、
ただの【ショー】と、ひと並びにしてしまうのは、
あまりにも、もったいないという気がする。
伝統や文化は、【今】作ろうとして、すぐ出来るものではないもんね。
朝青龍だって、悪い人でないと思うし、
そこら辺の所をよくよく説明すれば、
日本文化に関して、たとえ本当には理解できなかったとしても、
どうして、あんなにウルサク注意されるのかには、
ちゃんと理由があるわけなんだと、分かってくれると思う。
横綱が、ただの【チャンピオン】だけではないものなんだと感じることで、
より誇りを持ってその職務を務めてくれるかもしれない。
そうすれば鬼に金棒だよね~。
まあ、いろいろな意見があると思うけど。
それにつけても私としては、
もっと多くの人が、神は本当に存在するって分かってくれるといいんだけどなぁ~という思いがあり…。
神社に祀られてるのは殆どが【自然霊】(土地や樹、岩、水や風などの精霊)で、
人間の願い(個人的欲望)を叶えるために存在しているわけではないということも、あわせて知ってほしい…。
古来日本人は、他の国のネイティブな人々(インディアンみたいな)と同じく、
自然霊を敬い、動物や植物も魂の宿るものとして大切にし、調和を図って生きてきた。
神社はその【象徴】でもあると思うの。
日々、様々な恩恵を与えられていること、生かされていることに感謝し、
また、
日照りや干ばつ、台風などの天災に遭わないように、恵や実りを願う場として、
受け継がれて来たものであると。
だけど戦後、それらの精神は、科学的根拠もない【迷信】みたいに位置づけられ、うっちゃられてしまった…。
それでも変わりなく、神々は、今ここに存在し続けている。
私たちの魂が存在しているのと同じリアルさで。
ただ、物質化していない状態だけに、一部の人にしか肉眼では見えないだけなのよ。
前にも書いたかもしれないけど、神社に祀られている神は、
死後、神に祀り上げられた元人間という場合もあり、
その中では【藤原道真】とかが有名だよね。
でもあれは、実は時の朝廷側が、道真の怨霊を鎮めるために建立したもので、
いわば【怨霊封じ】
どう考えても、願いを叶えてくれる神さまとは成り難い気がする…。
そして神社の中で一番多いのが、
大和朝廷が、その力を日本全土に知ら示すために置いたと思われる、
皇室の先祖とされている神々。
(もともと自然霊が祭られていた聖地に、その時代に祭られたものらしい。)
アマテラスオオミカミをはじめ、みんながよく知っている神々たちなんだけど、
この神たちも元は人間だったり、宇宙人(他の星から地球に来たということ)だったりで、
やっぱり、私たちの望みをかけ引きなく、何でも叶えてくれるとは、思い難い…。
というわけで、現在の私の考えでは、
無条件に私達の幸せを願い、力になってくれるのは、宇宙広しといえども【天使】しかいないということになる。
(※ 仏教系のことまで言い出すと、話しが終わらなくなるので、
それについては、また別の機会に。)
【天使】は、万物の創造主たる神の光そのものが、分かたれて作られているものなので
全き光の存在であり、不調和も持たず、ひたすら【無条件の愛】で働いてくれるわけで、
【奉仕】することが彼らにとっての【至上の喜び】らしい。
だから【見返り】を求められることもない。
安心して願ったり、助けを求めたりしてもいいわけ。
でも、くどいようだけど、神社の神さまは違う。
その神に、パワーがあれば、願いを叶えてくれることもあるけど、
そういう時は、代償を持っていかれるらしいのでお気をつけあれ。
なんかで読んだんだけど、
<願をかけるとは眼をかけること。
願いが叶った暁には、眼(その人にとって大切なものの意味もある)を持っていかれるので注意すること> だって…。
怖いよね…。
付け加えると、【龍神】に至っては、もっと厄介なので、
ゆめゆめ【願掛け】などは、なさらぬようにお願いいたします。
テレビのワイドショーで、またまた【横綱の品格】が取り沙汰されていた。
【相撲】を伝統文化とみるか、スポーツとみるか…。
そこが、話題の中心になっていた気がするけど、
(それだけじゃあ、ないよなぁ~。)
と思いながら話を聞いていた私。
(もひとつ、【神事】としての側面を、みんな忘れてる?もしくは知らないんじゃない?!)
もともと、お相撲と言えば、ただの力比べじゃなくて、
神さまに奉納するものだったんだよね。
だから横綱ってば、神社のしめ縄みたいのを着けて土俵入りするんでしょ?!
多分ほとんどの人は、神社に本当に神さまがいるって思ってないから、
その神聖さとか考えることもなく、
あのいでたちも、只の伝統として受け継がれてきた、儀礼的なものと考えているのでしょう…。
日本人だって、そんな感覚なのに、外国人力士にそんなのわかりっこないよ…。
でもね、
【茶の湯】や【生け花】だって、日本固有の伝統文化だけど、
それでさえ、
その所作やしきたりがなければ、【茶道】【華道】にはならないでしょ?!
だって、喫茶店で淹れてくれるお茶は、茶道じゃないよね…。
【相撲】はそれに加えて【神事の側面】まであるんだから、
色んな決まりごとや、【武士道】みたいな精神性があって然るべきだし、
そこで【横綱の品格】という言葉が出てくるのも、
私個人の認識としては、当然と思うわけ。
でも如何せん、その感覚が一般の人々に浸透してない事実があり、
またそういう内容に関しての分かりやすい説明も、人々にされていないのが現状…。
【相撲】はレスリングやボクシングのように、
ただ個人の力量を示し、ファイトマネーをもらうだけの【格闘ショー】じゃなくて、
それに上乗せした【道】という精神性や【神事】という側面を持ったものだからこそ、
自信を持って世界に誇れる、日本の伝統文化なのだと私は思っているのだけれど…。
元々そうであるはずの【稀有】な競技を、
ただの【ショー】と、ひと並びにしてしまうのは、
あまりにも、もったいないという気がする。
伝統や文化は、【今】作ろうとして、すぐ出来るものではないもんね。
朝青龍だって、悪い人でないと思うし、
そこら辺の所をよくよく説明すれば、
日本文化に関して、たとえ本当には理解できなかったとしても、
どうして、あんなにウルサク注意されるのかには、
ちゃんと理由があるわけなんだと、分かってくれると思う。
横綱が、ただの【チャンピオン】だけではないものなんだと感じることで、
より誇りを持ってその職務を務めてくれるかもしれない。
そうすれば鬼に金棒だよね~。
まあ、いろいろな意見があると思うけど。
それにつけても私としては、
もっと多くの人が、神は本当に存在するって分かってくれるといいんだけどなぁ~という思いがあり…。
神社に祀られてるのは殆どが【自然霊】(土地や樹、岩、水や風などの精霊)で、
人間の願い(個人的欲望)を叶えるために存在しているわけではないということも、あわせて知ってほしい…。
古来日本人は、他の国のネイティブな人々(インディアンみたいな)と同じく、
自然霊を敬い、動物や植物も魂の宿るものとして大切にし、調和を図って生きてきた。
神社はその【象徴】でもあると思うの。
日々、様々な恩恵を与えられていること、生かされていることに感謝し、
また、
日照りや干ばつ、台風などの天災に遭わないように、恵や実りを願う場として、
受け継がれて来たものであると。
だけど戦後、それらの精神は、科学的根拠もない【迷信】みたいに位置づけられ、うっちゃられてしまった…。
それでも変わりなく、神々は、今ここに存在し続けている。
私たちの魂が存在しているのと同じリアルさで。
ただ、物質化していない状態だけに、一部の人にしか肉眼では見えないだけなのよ。
前にも書いたかもしれないけど、神社に祀られている神は、
死後、神に祀り上げられた元人間という場合もあり、
その中では【藤原道真】とかが有名だよね。
でもあれは、実は時の朝廷側が、道真の怨霊を鎮めるために建立したもので、
いわば【怨霊封じ】
どう考えても、願いを叶えてくれる神さまとは成り難い気がする…。
そして神社の中で一番多いのが、
大和朝廷が、その力を日本全土に知ら示すために置いたと思われる、
皇室の先祖とされている神々。
(もともと自然霊が祭られていた聖地に、その時代に祭られたものらしい。)
アマテラスオオミカミをはじめ、みんながよく知っている神々たちなんだけど、
この神たちも元は人間だったり、宇宙人(他の星から地球に来たということ)だったりで、
やっぱり、私たちの望みをかけ引きなく、何でも叶えてくれるとは、思い難い…。
というわけで、現在の私の考えでは、
無条件に私達の幸せを願い、力になってくれるのは、宇宙広しといえども【天使】しかいないということになる。
(※ 仏教系のことまで言い出すと、話しが終わらなくなるので、
それについては、また別の機会に。)
【天使】は、万物の創造主たる神の光そのものが、分かたれて作られているものなので
全き光の存在であり、不調和も持たず、ひたすら【無条件の愛】で働いてくれるわけで、
【奉仕】することが彼らにとっての【至上の喜び】らしい。
だから【見返り】を求められることもない。
安心して願ったり、助けを求めたりしてもいいわけ。
でも、くどいようだけど、神社の神さまは違う。
その神に、パワーがあれば、願いを叶えてくれることもあるけど、
そういう時は、代償を持っていかれるらしいのでお気をつけあれ。
なんかで読んだんだけど、
<願をかけるとは眼をかけること。
願いが叶った暁には、眼(その人にとって大切なものの意味もある)を持っていかれるので注意すること> だって…。
怖いよね…。
付け加えると、【龍神】に至っては、もっと厄介なので、
ゆめゆめ【願掛け】などは、なさらぬようにお願いいたします。