子供がやっとあるき始める頃、実際に乗れるおもちゃのクルマで緩い坂道をコロコロ➚と下ると子供は大喜びします。
ウチ子供は女の子でしたが「もう一回、もう一回・・」とせがみました。
これが車の楽しさの原点の一つかなとその時に思いました。
自動車は、環境・安全対策も進化しましたが、その基本は運転しやすく、乗り心地よく、快適性方向に進化してきました。
当然それはカーメーカーや社会の意思もありますが、大部分はユーザーの声を反映した結果です。
人は安楽〜安全〜な道を選びます。
この進化は、言葉は悪いですが、成り行きだったと思うのです。
私のクラシック・ミニは、環境基準的には今となっては良くありませんが、キャブレターのクルマです。
パワーウインドなどパワーのつくものは一切装備されていません。ここで話題にしたいのは、その加速です。
今では、テスラのようなEVでは1回転目から最高トルクが出て、怒涛の加速感を得られます。ものすごいです。
でも、「楽しさ」とは異なると私は思います。
もっというと、モーターの加速感はエンジン本来の人間の感性に訴える加速感の「楽しさ」とは異なるのではないでしょうか?
私のクラシック・ミニは勿論絶対加速はたいしたことないのですが、単に加速するのではありません。
つまり、3000回転以下の低い回転域では回転トルクがさほど無く、4000回転〜を中心にトルクがグッと出てくるのです。
だから、最初から太いトルクのフラットトルクが扱いやすくて良いとされる今のクルマとは異なり、その加速感は回転上昇と共に、トルクもあがり・・・。ギュ〜わ〜〜〜ン とまさに加速度的に加速します。
これは、子供がおもちゃのクルマで坂を下るときのだんだんと加速する加速感と近いかもしれません。
しかも、キャブなのでアクセルをガバッと踏むと「ガバッ」とガソリンが筒に入る感じまでして、同時に車体も「ギシッ」という感じがして、臨場感?が半端ないです。
決して怒涛の加速のテスラでは感じない、若い頃に感じた「走る楽しさ」を思い出しました。
カーメーカーのクルマ造りの方向は間違いではありませんが、口では車の楽しさなどと言いながら、
その進化の過程で、加速一つとっても「楽しさ軸」を置いてきぼりにしたように思います。
車の全てにおいて、「人間の感性に訴える楽しさ」を良く研究し、ローテクではなくITやモーターなど今のハイテク技術を道具として使って、とにかく試行錯誤して「走る楽しさ」を具現化したクルマをカーメーカーには作って欲しいと思っています。