月・火曜は学校教育話。今回は、令和7年1月20日に続き、教育現場からの問題提起&自分なりの意見を述べるシリーズ第2弾で、「教員の仕事はブラックか」について述べます。
30年以上、私は教育現場で働いてきました。異業種の方との交流も少しはありますが、詳細に知っている訳ではありません。ですから、以下で述べる内容に間違いがある様でしたら、御指摘いただけると有り難いです。
そう言う、限定的な知識で考えた話ですが、客観的に言って教員の仕事は「ブラック」でしょう。
まず、最近広く知られる様になってきた「定額働かせ放題」…つまり、残業代が出ない事は、ブラックの最たるものだと思います。中小企業なら残業代の出ない会社もあるかもしれませんが、ある程度以上の企業や一般的な公務員で、働いた分の残業代が出ない事はないでしょう。
更に、休息や休憩もありません…って言うか、一応ありますけど、実質的に取れる状態ではないです。子供がいる時間に休息や休憩を取る訳にはいかないので、教員の休息や休憩は勤務時間の前後に入れられています。札幌の場合、退勤時間の直前に休息が1つ入り、その直前に休憩が入ります…が、保護者対応したり会議の入ったりする事が多いので、実質的に取れない訳です。
そうそう…昼食も一般的な意味の「昼食」ではありません。「安い給食を食べられるんだから、いいじゃん!」と思うでしょうが、普通、給食時間は「学級指導」と言う押さえです。だから、何かあれば給食を食べる事が出来ない事があります。厳密に言ったら、給食時間は昼食ではなく、「子供の指導の合間に栄養補給している」でしょう。エナジードリンクを飲みながら仕事しているのと、イメージ的には大した変わりません。
少し、違う角度から述べます。
教員の仕事は、例えて言えば、3月に大学を卒業したばかりの外科医に、「早速だけど、4月初旬に手術を1つやってみて」と言う様なものです。普通、そんな事は有り得なくて、研修医として色々と研鑽を積み、ある程度の力がついてから初手術…でしょう。それが小学校教員の場合、4月からベテランと同じ様に学級担任をします。つまり、いきなり「手術」をさせられる訳です。しかも、内視鏡を使って簡単に終わる「手術」かもしれないし、普通にやっても10時間はかかる様な「手術」かもしれません。
教育大学では、教育現場で役立ちそうな実践的な内容は、ほぼほぼ教えられません。ですから普通、教員は教育現場で、実際に子供たちを教えながら研鑽を積む事になります。校内で色々な研修や研究を行ったり、先輩から教えてもらったり、教育委員会が行う初任者研修に参加したり…色々です。
でも、正直に言うと、教育的な才能のある方でなければ、それらだけでは、なかなか力量は上がりません。そのため向上心のある方は、様々な書籍を読んだり、外部の団体が開催する研修会に参加したり、教育研修団体や教育研修サークルに参加したりします。もちろん、これらは無料ではありません。少なくない金額を支払う必要があります。
もちろん、民間企業の方でも、向上心のある方は身銭を切っている方がいるでしょう…が、そもそも基本的な研修が、仕事を始める前に十分に行われないのです。そう言う職場って、やっぱりブラックなんじゃないでしょうか。
さて、ここまでブラックな面を述べてきました。改善すべき点や改善してほしい点は、もう沢山あります。
しかし、私は、教育現場はブラックだけではない…とも思っているのです。
身銭を切って学ぶ事で、教育に関する力量は向上します。私は時間がかかりましたが、人によっては、短期間に爆発的な向上を見せる方もいます。また、身銭を切らなくても、真面目に努力している方は、少しずつ力量が上がっていきます。そうやって力量が向上すれば、自分でも納得の授業が出来る様になったり、落ち着いたイイ雰囲気の学級を作る事が出来たりする様になります。これは、自分に対する自信と、仕事をする上での楽しさに繋がります。
最初に、残業代の話を書きました。良い授業をしようと思ったら、やはり、それなりに準備の時間がかかります。当然、学校に残って残業しなければならない事もあれば、場合によっては、持ち帰り残業しなくてはならない事もあるでしょう。
でも、そうやって努力した分の成果は、やっぱり出てくるものなのです。もちろん、若い内は、膨大な努力に対して、ごく僅かな成果しか出ない事が多いでしょう。鍵山秀三郎先生が仰っている「大きな努力、小さな成果」です…が、それでも成果が出れば嬉しいし、やる気も出てきます。そして、その「大きな努力」を続けていれば、「小さな成果」が徐々に大きくなっていく…私は、そう考えています。何故なら、私が、そうだったからです。
長くなりました。まとめましょう。
教育現場はブラックです。特に若い頃は、「大きな努力、小さな成果」と言う事が多いでしょう。
でも、そこで努力を続ける事で、「大きな成果」が得られる様になる。その時に得られる満足感は、半端でない素晴らしさです。めっちゃ、ホワイトと言っても良いでしょう。
そう言う意味では、教育現場はブラックとホワイトの狭間にある…と私は考えています。
30年以上、私は教育現場で働いてきました。異業種の方との交流も少しはありますが、詳細に知っている訳ではありません。ですから、以下で述べる内容に間違いがある様でしたら、御指摘いただけると有り難いです。
そう言う、限定的な知識で考えた話ですが、客観的に言って教員の仕事は「ブラック」でしょう。
まず、最近広く知られる様になってきた「定額働かせ放題」…つまり、残業代が出ない事は、ブラックの最たるものだと思います。中小企業なら残業代の出ない会社もあるかもしれませんが、ある程度以上の企業や一般的な公務員で、働いた分の残業代が出ない事はないでしょう。
更に、休息や休憩もありません…って言うか、一応ありますけど、実質的に取れる状態ではないです。子供がいる時間に休息や休憩を取る訳にはいかないので、教員の休息や休憩は勤務時間の前後に入れられています。札幌の場合、退勤時間の直前に休息が1つ入り、その直前に休憩が入ります…が、保護者対応したり会議の入ったりする事が多いので、実質的に取れない訳です。
そうそう…昼食も一般的な意味の「昼食」ではありません。「安い給食を食べられるんだから、いいじゃん!」と思うでしょうが、普通、給食時間は「学級指導」と言う押さえです。だから、何かあれば給食を食べる事が出来ない事があります。厳密に言ったら、給食時間は昼食ではなく、「子供の指導の合間に栄養補給している」でしょう。エナジードリンクを飲みながら仕事しているのと、イメージ的には大した変わりません。
少し、違う角度から述べます。
教員の仕事は、例えて言えば、3月に大学を卒業したばかりの外科医に、「早速だけど、4月初旬に手術を1つやってみて」と言う様なものです。普通、そんな事は有り得なくて、研修医として色々と研鑽を積み、ある程度の力がついてから初手術…でしょう。それが小学校教員の場合、4月からベテランと同じ様に学級担任をします。つまり、いきなり「手術」をさせられる訳です。しかも、内視鏡を使って簡単に終わる「手術」かもしれないし、普通にやっても10時間はかかる様な「手術」かもしれません。
教育大学では、教育現場で役立ちそうな実践的な内容は、ほぼほぼ教えられません。ですから普通、教員は教育現場で、実際に子供たちを教えながら研鑽を積む事になります。校内で色々な研修や研究を行ったり、先輩から教えてもらったり、教育委員会が行う初任者研修に参加したり…色々です。
でも、正直に言うと、教育的な才能のある方でなければ、それらだけでは、なかなか力量は上がりません。そのため向上心のある方は、様々な書籍を読んだり、外部の団体が開催する研修会に参加したり、教育研修団体や教育研修サークルに参加したりします。もちろん、これらは無料ではありません。少なくない金額を支払う必要があります。
もちろん、民間企業の方でも、向上心のある方は身銭を切っている方がいるでしょう…が、そもそも基本的な研修が、仕事を始める前に十分に行われないのです。そう言う職場って、やっぱりブラックなんじゃないでしょうか。
さて、ここまでブラックな面を述べてきました。改善すべき点や改善してほしい点は、もう沢山あります。
しかし、私は、教育現場はブラックだけではない…とも思っているのです。
身銭を切って学ぶ事で、教育に関する力量は向上します。私は時間がかかりましたが、人によっては、短期間に爆発的な向上を見せる方もいます。また、身銭を切らなくても、真面目に努力している方は、少しずつ力量が上がっていきます。そうやって力量が向上すれば、自分でも納得の授業が出来る様になったり、落ち着いたイイ雰囲気の学級を作る事が出来たりする様になります。これは、自分に対する自信と、仕事をする上での楽しさに繋がります。
最初に、残業代の話を書きました。良い授業をしようと思ったら、やはり、それなりに準備の時間がかかります。当然、学校に残って残業しなければならない事もあれば、場合によっては、持ち帰り残業しなくてはならない事もあるでしょう。
でも、そうやって努力した分の成果は、やっぱり出てくるものなのです。もちろん、若い内は、膨大な努力に対して、ごく僅かな成果しか出ない事が多いでしょう。鍵山秀三郎先生が仰っている「大きな努力、小さな成果」です…が、それでも成果が出れば嬉しいし、やる気も出てきます。そして、その「大きな努力」を続けていれば、「小さな成果」が徐々に大きくなっていく…私は、そう考えています。何故なら、私が、そうだったからです。
長くなりました。まとめましょう。
教育現場はブラックです。特に若い頃は、「大きな努力、小さな成果」と言う事が多いでしょう。
でも、そこで努力を続ける事で、「大きな成果」が得られる様になる。その時に得られる満足感は、半端でない素晴らしさです。めっちゃ、ホワイトと言っても良いでしょう。
そう言う意味では、教育現場はブラックとホワイトの狭間にある…と私は考えています。
ところで、令和7年1月31日の記事に、「いいね」などをいただきました。どうも、ありがとうございます。とっても嬉しいです。
…と言う事で、この最終段落まで読んでくださった皆様、本当にありがとうございます。今日または明日、皆様が良い一日を過ごせるよう願ってます。