NHK「グレーテルのかまど」で取り上げられていた「米原万里さんのハルヴァ」が気になって、それが載っている「旅行者の朝食」を読む。
飾りの少ない淡々とした文章が心地よい。
ロシア語の通訳であった彼女、毒舌家とも評されるが言葉の選び方が的確で爽快感が心地よかった。
その本の中でなるほどと思った部分のみ抜粋した。
「料理上手は掃除下手、掃除上手は料理下手」 (「 」内は抜粋)
料理上手とは、料理人の事ではないと思った。 いわゆる料理上手な主婦(母)のことであろうと推測。
パパっとありあわせのもので名もないが美味しい夕食を手際よく作る人のことなのだろう。
私もかくありたいと願う、決して掃除が上手ではないのだから。
「台所用具の価格とその使用頻度は半比例する」
私は元から料理用具にはお金をかけてはいない。というより、数がない。
それでも貰い物が集まり、鍋は大小6つ。フライパンは1つ。
だんだん家族が少なくなってきた我家でも、お節・お雑煮のために大鍋2つは欠かせない。
殆どの鍋はアルマイトかステンレスの安くて軽いやつを穴が開くまで使い倒す。
逆に高額だった食器洗い洗浄機は便利と思うまもなく洗い籠になり、去年3000円でメーカー回収されていった。
「キッチンが立派になればなるほど、料理は粗末になる」
良い例が魚柄仁之助さんでしょうか?
私も綺麗な台所は憧れるが、実質的に無駄なく使えればそれで良い。
あ!そうか。 料理は「キッチン」じゃなくて「台所」で作るほうが美味しいのかもしれない。
「料理を作るのにかけた時間と、それを平らげるのにかかる時間は反比例する」
そうかもしれない。
私の調理にかけた時間が、何も言われずあっという間に皿からなくなると
嬉しい気持ちと裏腹に「もっと味わって、声に出して美味しいって言ってほしい!」と思い、ちょっと腹が立つときもある。
「失敗した料理は、手をかければかけるほどまずくなる」
何をかいわんや。
「最大の注目を浴びるのは、常に最小限の努力で出来たもの」
今までに注目を浴びたのは、山ほどのふかし芋。
てんこ盛りのおはぎ。
焼いただけのマグロの頭の輪切り。輪切りにしてあった鮪の頭が安かったので自宅で焼きました。かなりのインパクト!
・・・きっと米原さんが言いたかったこととは違うな。
「毎日おいしいご飯を食べさせとけば夫は午前様になりはしないし、子どもは非行になど走りませんことよ」
料理の腕に自信のあるTさんのセリフとあった。
私がほのかに傲慢さが見て取れるように感じるのは、Nが今日も午前様だからか?
「美味しい物を食べた時の幸福感、あれは人間を優しくします」
確かにそうだけど、客観的な目で判断しなくてはいけないのが母子の関係だと思っている。
外食は毒だとしているご家庭の子どもが母親の料理しか食べていなかったために小学校でも給食が食べられず
毎日母親が給食時間に迎えに来ては自宅で昼食を食べていた男子を知っている。
更に美味しい物しか食べていない山岡士郎・・・海原雄山・・・、あれはフィクションだ。
「女の子は美味しい物をたくさん食べさせて育てろ。でも男の子は、粗食で育った方が幸せになれるって」
と友人のUさんが異論を差しはさんだと書かれている。
”男の子は粗食”というよりも「何でも食べられる」ことを重視して育てて貰いたい。
結婚して、男性に好き嫌いがあった場合に調理する側としては必要以上に悩むからだ。
「愛は胃袋経由」というロシアの諺
これってロシア発祥だったのか!
「イタリアやフランスの軍隊は(略)食事に対する要求水準が高いものだから、
必ずフルコースで、1つ1つの料理も充実していないと、兵隊さんたちがら不満が出てちゃんと戦ってくれない。
武器や燃料の問題より、兵隊の食事の供給が一大事だというのだ」
ヘタリア(漫画)であったな、そのネタ。
だからイタリアは弱くて、フランスはドイツに負けたのか?
ナポレオン方式を採り入れた「糧食は現地調達」であった日本軍も「食道楽で知られる大阪師団が、最も弱かったという説も」
聞いたことがあります。関西系は戦闘に消極的で、東日本系は頑張り屋さんばかりだったので激戦地へ行かされたとか。
強い兵隊は殺される可能性の高い戦地に行かされる、戦争とは皮肉なものだ。
「大英帝国、世界の警察の異名をとるアメリカ合衆国。おそらくアングロサクソンほど攻撃的で覇権を求めて止まない人種はいまい」
「大味で荒っぽい味付けと家畜並の分量」
「こういう粗食で育った人間は、世界各地、どんなところへ派遣されようと、食い物に不満を抱くことはあるまい」
「本国の食い物に魅力がない国(略)イギリスやアメリカの料理が美味しくなったら、世界はもう少し平和になるかもしれない」
近代の戦争を鑑みる。
戦争を少なくするため、和食の世界文化遺産認定は多少の貢献が出来るのかもしれない。
食は文化なり。 平和のためにも日本人も食文化を見なおしても良いのではないか?と改めて思った本であった。