サードウェイ(第三の道) ~白井信雄のサスティナブル・スタイル

地域の足もとから、持続可能な自立共生社会を目指して

5年間の研究成果~持続可能な地域づくりのために

2015年03月29日 | 雑感

法政大学で研究プロジェクトを担当して、5年間が過ぎた。環境研究総合推進費による地域における気候変動適応策の研究、科研費による地域の持続可能性を測る指標の研究、個人研究として行った環境イノベーションの普及と地域環境力の相互作用に関する研究を実施することができた5年間。それなりの成果もできた。

 

ここでは、5年間で実施した研究成果の要点を整理してみる。これらの成果が社会的に活用されることと願う。

 

 

1.私の研究の全体的なテーマは、「持続可能な地域づくり」である。ここ5年間に実施した3つの研究は、(1)「地域の持続可能性」を測る指標の開発と利用、(2)気候変動に対する「地域の持続可能性」を高める施策としての適応策の具体化、(3)「地域の持続可能性」において重要な環境イノベーションの普及と地域主体の活力の形成プロセスの分析、を行うものであり、全て「持続可能な地域づくり」に貢献することを目指すものである。

 

 

2.「地域の持続可能性」を図る指標では、住民が地域を診断するチェックリストを理論的枠組みと統計的手法を経て、開発した。このチェックリストを用いて、全国のWEBモニター調査の結果を分析すると、(1)人口規模が大きな都市では「地域の持続可能性」に関する変数値が有為に高い傾向にあり、規模が小さい都市あるいは町村で変数値が有為に低い傾向にあることが確認できた。

 

 また、(2)「住民の幸福度」は、「地域の持続可能性」に規定されるが、それとともに「住民の地域への関与度」に規定されることが明らかになった。つまり、地域が持続可能であっても、その地域に住民が関与していなければ、住民は幸福を感じないのである。

 

 さらに、(3)居住地域の人口規模別に分析すると、「地域の持続可能性」の差は有意であるが、「住民の幸福度」の差は有意に大きいわけではないという結果を得た。このことは、小都市や町村における住民は、「地域の持続可能性」以外の側面に自らの幸福度を規定されている可能性、あるいは幸福度を規定する価値規範が大都市等と異なる可能性を示唆するものである。

 

 この「地域の持続可能性」を診断するチェックリストを用いて、浜松市内の山間2地区、山形県朝日町の4地区で試行を実施した。この結果、このチェックリストを用いた住民による地域診断が有効であることと確認した。まら、地域診断の結果は、集落単位での持続可能性は町村単位での持続可能性よりも著しく低いことが確認されたが、集落によっては他集落よりも強みとなっている側面も明らかにすることができた。集落機能は総じて低下傾向にあり、集落単独での自己完結は難しくなっているが、地区毎の機能分担や地区毎の特徴を踏まえた集落整備の必要性を示唆する結果となった。

 

 「地域の持続可能性」の概念整理や指標開発は他研究によっても推進されているが、私が実施した研究では、住民による地域診断を可能とするチェックリストを開発した点、それが住民による地域づくりの検討に有効であることを確認した点、集落という単位での持続可能性の検討に踏み出した点において、意義がある。

 

【成果となる主な著作・論文】

「地域の持続可能な発展に関する指標の設計,及び地域の持続可能性と幸福度の関係の分析」白井信雄・ 田崎智宏・田中充、土木学会環境システム研究論文集、2013年10月
「持続可能性チェックリスト」を用いた住民による地域診断~浜松市内2地区での試行~」白井信雄、研究論文集「地域活性研究」Vol.5、2014年3月

 

 

3.「地域の持続可能性」においては、多様なリスクへの備えが重要な規範となる。多様なリスクとしては、エネルギー・資源危機、自然災害等とともに、人類の排出する温室効果ガスに起因する気候変動の問題が大きい。この気候変動リスクに対する対応が「適応策」であるが、地域での取組の基盤となる政策研究は甚だ不十分な状況である。

 

 そこで、研究プロジェクトにおいては、適応策の普及に関する論点として、(1)緩和策と適応策の関係、(2)気候変動の影響分野横断的な適応策の方、(3)追加的適応策の明確化の3点を明示する必要があると設定し、各々に対応する理論的枠組みを設定・提示した。この理論枠組みでは、(1)緩和策と適応策を脆弱性の要素(気候外力,感受性,適応能力)との対応で整理したこと、(2)既存施策に対する追加的適応策を強調するために、適応策に係る3つのレベル(防御、順応・影響最小化、転換・再構築)の考え方、感受性の根本改善、中長期的影響への順応型管理の考え方を提示したこと、(3)技術や手法ではなく、施策を整理したことに意義がある。

 

 さらに、気候変動適応策の実装に先行する4つの地方自治体の温暖化対策課と農政課にインタビュー調査を行い、適応策実装の促進要因と阻害要因の分析を行った。この結果、既往の政策普及の研究をもとに設定した政策実装における参照要因(国と地方自治体間の垂直参照、地方自治体間の水平参照)、属性要因(イノベーション属性、採用者属性)について、現在の適応策ゆえの独自の状況が抽出された。特に、適応策の阻害要因としては、国の適応計画や法制度が策定されていない状況にあるため垂直参照は強く働いていないこととともに、適応策の性質(イノベーション属性)が大きい。施策としての新しさ、適応策の研究・政策としての未成熟さ、将来影響予測の不確実性が、適応策の円滑な採用を阻害していること、採用者属性として、首長や議会のリーダーシップ不足、行政担当部署の人員不足が適応策の推進を阻害していることを明らかにした。

 

 農業・水産分野の公設試験研究機関に対するインタビュー調査では、気候変動適応に関する研究の推進メカニズムを明らかにした。気候変動適応研究の推進における特徴的な課題としては、(1)適応研究は、地域間の連携が研究の促進要因となっているが、地域間の連携を阻む側面もあり、その解消が課題となっている、(2)将来予測データの不十分さにより、気候変動適応に関する地域の研究課題の方向性が十分に検討されていない、(3)社会経済の転換に踏み込んだ適応研究が期待されているが、社会経済面に踏み込む必要性が十分に認知されていない、等が明らかになった。

 

 また、適応策の実装化においては、適応策を理解する主体の形成が重要であると考え、気候変動の影響実感を入口とした緩和・適応に関する意識・行動を促す学習プログラムの開発と試行までを行った。長野県飯田市において、気候変動の影響事例を共有するワークショップを行った結果、気候変動の将来影響の深刻さへの意識が高まり、適応策及び緩和策ともに必要性認知及び実施意図の向上が確認できた。

 

 さらに、気候変動の地域への影響実感を入り口とし、かつ緩和と適応の2つの対応を学ぶ気候変動学習プログラムの開発を目指した住民意識こ構造の分析を行った。実施した飯田市の住民アンケート調査、あるいは埼玉県・東京都・神奈川県・長野県を対象としたWEBモニター調査では、(1)対象地域において、地域住民は、気候変動の地域への影響を実感しており、そのことが緩和・適応行動を促していることを明らかにした。また、(2)適応行動と緩和行動ともに、気候変動の影響の実感に規定されるが、地球温暖化の原因認知は緩和行動を規定し、適応行動を規定していない。(3)気候変動の個人への影響認知が緩和及び適応における現在的対応を規定し、地域への影響認知が長期的対応を規定している、(4)環境思想では、市民行動主義が緩和及び適応における現在的対応、自然・生物尊重が緩和及び適応行動の全ての実施度を規定している、(5)性別・年齢別に分析すると、女性、特に30代以上が、一人ひとりが行動すべきという意識が強く、また気候変化やその個人への影響認知が高いことから、緩和及び適応への現在的対応を高めている、といった結果を得た。

 

 以上のような成果は、気候変動適応策という離陸段階にあるい研究領域において、施策理論、実装上の課題構造、学習プログラムにおいて、体系的な枠組みを与え、実践に貢献する研究の先鞭をつけたものと位置づけられる。

 

【成果となる主な著作・論文】

「気候変動に適応する社会」田中充・白井信雄編 地域適応研究会著、技報堂出版、2013年
「日本の地方自治体における適応策実装の状況と課題」白井信雄・馬場健司、環境科学会、2014年9月
「気候変動適応の理論的枠組みの設定と具体化の試行-気候変動適応策の戦略として-」白井信雄・田中充・田村誠・安原一哉 ・原澤英夫・小松利光、環境科学会、2014年9月
「気候変動の影響実感と緩和・適応に係る意識・行動の関係~長野県飯田市住民の分析」白井信雄・ 馬場健司・田中充、環境科学会、2014年5月
「地方自治体向け気候変動適応策のガイドラインVer.2と進捗管理指標」白井信雄・田中充、土木学会第42回環境システム研究発表会、2014年10月
「脆弱性の概念と気候変動適応における脆弱性の構造に関する分析」白井信雄・田中充・小野田真二・木村浩巳・馬場健司・梶井公美子、土木学会第40 回環境システム研究論文発表会、2012年10月
 

 

4.環境イノベーションの普及と地域環境力の相互作用の形成もまた、「地域の持続可能性」において、重要な側面である。「地域の持続可能性」を高めるために、環境と経済の統合的発展だけでなく、環境と社会の統合的発展が不可欠であるためである。

 

  私が実施した研究では、住宅用太陽光発電及び環境配慮行動という環境イノベーションをとりあげ、全国及び長野県飯田市での意識調査等を行い、相互作用を分析する基礎的データを得た。ここで、「環境イノベーション」とは「環境に配慮した意識や行動、製品・機器等の総称」である。「地域環境力」とは「環境問題の解決に向けた、地域内の住民や事業者、行政等の主体性と関係性に基づく潜在的能力」である。「地域環境力」には主体性(主体の意識)と関係性(=社会関係資本)の2つの側面があると定義した。

 

 研究の結果、「環境イノベーションの普及と地域環境力の形成」の相互作用のうちの限定された側面であるが、「地域環境力のうちの主体性」は住宅用太陽光発電の設置意向を高める要因であること、「地域環境力のうちの関係性」が環境配慮行動の実施を規定することを明らかにした。「地域環境力」という概念を具体的な変数として捉え、それと「環境イノベーション」の普及との関係を明らかにしたことは本研究独自の成果である。

 

 飯田市の分析では、地域の環境施策においては、市民共同発電事業のような環境施策等の積み重ねが「地域環境力(主体性)」を高めるという仮説を設定し、住民意識において仮説の正しさを検証した。一方、環境先進都市である飯田市においてすら、「環境イノベーションの普及と地域環境力の形成」の相互作用を高めることを意図する地域の環境施策が不十分な面があり、環境イノベーションの設置者のネットワーク化や地縁型組織と環境NPOの連携等を実現していく余地があることを明らかにした。

 

【成果となる主な著作・論文】

「環境コミュニティ大作戦 ~資源とエネルギーは地域でまかなう」白井信雄、学芸出版社、2012年
「住宅用太陽光発電の設置補助金制度の最適設計~埼玉県市町村を事例として」白井信雄・田中充・増冨祐司・嶋田知英・東海明宏、計画行政学会36(2)、2013年5月
「地縁型組織を基盤とした地域環境力の形成~環境モデル都市・長野県飯田市を事例として」白井信雄・樋口一清・東海明宏、社会・経済システム学会第33号 、2012年11月
「Effects of Citizen-Owned Power Generation on Residents' Consciousness : Case Study in Iida City,Japan」 Nobuo SHIRAI, Kazukiyo HIGUCHI and Akihiro TOKAI、Journal of Environmental Information Science Vol.40,No.5 March 2012
「住宅用太陽光発電の設置者特性と設置規定要因の分析」白井信雄・正岡克・大野浩一・東海明宏、エネルギー・資源VOL.33 NO.2 、2012年3月(電子ジャーナル)
「住宅用太陽光発電の普及における地域施策の役割」白井信雄・大野浩一・東海明宏、環境情報科学会、2011年11月
「飯田市民の環境配慮意識・行動の形成要因~環境施策等と社会関係資本に注目して」白井信雄・樋口一清・東海明宏、土木学会環境システム研究論文集、2011年10月

 

 

 以上、他にも研究成果はあるが、主なものをまとめてみた。各々の研究において、まだまだ実施すべき課題が残されている。特に、「地域の持続可能性」を測るチェックリストにおいては改良版の作成と試行、気候変動適応策については感受性の改善に係る事例分析や長期的視点からの順応型管理の手法開発の研究継続、環境イノベーションと地域環境力については地域のスタディの深耕、を今後、実施していく予定である。

 

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