香を探る梅に蔵見る軒端哉 芭蕉
句郎 岩波文庫『芭蕉俳句集』から「香を探る梅に蔵見る軒端哉」。「ある人興行」と前詞がある。
華女 「ある人」とは、誰だったのかしら。
句郎 『笈日記』には「防川亭(ぼうせんてい)」とある。富裕な商人の屋敷だったのだろう。
華女 この句も『笈の小文』に載っている句なのかしら。
句郎 、そのようだ。『笈の小文』には「此間、美濃・大垣・岐阜のすきものとぶらひ来りて、歌仙、あるは一折など度々に及」とある。
華女 俳諧の好きな人が美濃や大垣、岐阜から集まり、歌仙や一折というと半歌仙かしら、俳諧の座を楽しんだということなのよね。
句郎 歌仙の発句が「香を探る梅に蔵見る軒端哉」だった。この句は防川亭亭主への挨拶吟だろうね。
華女 梅の香りがするわ。どこに梅の木があるのかしら。周りを見回すと蔵の軒端に梅の花が咲いているのを見つけたと、いうことよね。
句郎、立派なお蔵ですね。お屋敷には梅の花が咲き、あたり一面に梅の香が満ちている。素晴らしいお庭ですねと、詠んでいる。
華女 梅の香がよろしゅうございますねと、芭蕉は挨拶したわけね。
句郎 この句、いい句だよね。静かな庭が心にしみてくるような感じがするよ。
華女 そうよね。芭蕉は挨拶が上手だったのね。
句郎 厳しい社会の中にあって俳諧という遊びの芸に優れていたから生きることができたんだろうね。
華女 一芸に秀でると生きていけるということね。
句郎 人が集まってきたと言うことが凄いことなんじゃないのかな。なかなか人は集まって来ないからね。
華女 楽しい経験をして初めて人は集まって来るのよ。だから句会だって楽しくなければ人は集まって来ないわよ。
句郎 芭蕉は人を楽します能力に秀でていたんだろうな。嫌な経験をしたり、詰らなかったりしたら次には来なくなるだろうな。
華女 そうよ。人づてに楽しい俳諧の会だという評判が人を集めたのよね。
句郎 単なる追従のような挨拶吟じゃ、招いてくれたご主人にしても満足しなかっただろうからね。
華女 追従のない自然体で詠んでいるというところがいいんでしょうね。
句郎 梅の香を探っていくと立派な蔵に出会った。こんな風に詠むんだと勉強になる句かな。
華女 亡くなった母が金木犀の香が好きだったのよ。だから自転車に乗っていた時よ。不意に木犀の香が風に乗ってきたのよ。ぐるっと見回したら、立派な塀の中に金木犀の花が咲いていたわ。これだなと思ったわ。芭蕉のこの句を読んで、その時のことを思い出したわ。
句郎 華女さんは金木犀の香を嗅ぐとお母さんのことを思い出すんだ。
華女 中には木犀の香が嫌だという人もいるけど、私はとても好きだわ。梅の香も好きだけれど木犀に比べたらとても仄かなものよね。
句郎 木犀の香には賑やかさのようなものがあるけれども、梅の香には静かさがあるように思うね。
華女 木犀のその賑やかさに下品なものを感じる人がいるんだと思うわ。
句郎 梅の香は上品なものだからね。