腫瘍内科医一家のニューヨーク滞在記

ニューヨーク研究留学中での出来事を感想を交えてメモ代わりにつづります。

初の出張

2010年06月11日 13時59分51秒 | 日記
 アメリカに赴任して初めての出張となった。行き先はワシントンD.C.
 本日仕事を終え、夜8時15分にニューヨークのペンステーション発のアムトラックにのって、ワシントンに向かった。今回初めてアムトラックに乗ったのであるが、日本の新幹線と言うよりは、旧国鉄時代の特急と言った印象。座席はしっかりしていたが、電車の揺れは結構感じた。
 
 夜11時過ぎにワシントンDCのユニオンステーションに到着。
 タクシーに乗って宿泊先のホテルへ。タクシーの運転手さんの会話の下品なことこの上なし。道中、ここが、ゲイバーだから近寄らないように、との親切な?アドバイス!?に始まり、矢継ぎ早に話しまくる話しまくる。
 やはり、馬鹿話はおもしろい。
 
 普段、サッカーにそれほど強い関心があるわけではないのであるが、ワールドカップだけは高校生時代から必ずチェックしている。明日からサッカーワールドカップが開幕するので、気が気でない。アメリカではサッカーはかなりマイナーな扱いで普段はニュースで取り上げられることも少ないのであるが、ワールドカップだけは別のようで、予選リーグでイングランドと対戦することを軸にして、こちらのスポーツニュースでも大々的に取り上げられている。
 わが日本チームは、極端な得点力不足なので、どこまで失点を防いで引き分けに持ち込めるかにかかっていると思うがいかがだろうか。暴論かもしれないが、日本がもし予選リーグを突破できるとすれば3戦とも守りに徹して引き分けを狙うぐらいしか手がないのではないだろうか。
  

ニューヨークでは日焼けは自慢!?

2010年06月09日 11時37分56秒 | 日記
 5月31日のメモリアルデーに、ブルックリンの最南端にあるコニーアイランドに出かけた。
 
 ここは、ニューヨークにあるパブリックの海水浴場として有名らしい。
 なんといっても、自宅のルーズベルトアイランドから地下鉄Fラインで直通でちょうど一時間のところにあり、毎月30日間有効のメトロカードという市内の地下鉄、バスが乗り放題のパスカードを買っているので、交通費が全くかからないのもいい。

 タイミング良く、5月29日には「ルナパーク」という小さな小さな遊園地が2008年の閉鎖から二年ぶりにリニューアルオープンした。19個のうち、12個のアトラクションしかオープンに間に合わなかったところがいかにもアメリカらしい。
 
 人の多さにも驚いたが、雰囲気もマンハッタンとは打って変わり、街並みも人々も庶民的である。正直、大人から見ると「ルナパーク」が、驚くほど小さく小さな子供向けのアトラクションが多かったのであるが、なぜか子供は大喜び。4時間乗り放題のパスを購入したが、制限時間いっぱいまで何度も乗り物に並んでいた。以外にも、マンハッタンには、子供向けの遊園地がないので、ごく小さな遊園地でも人気があるのかもしれない。

 ニューヨークは5月からとても暑くなった。気温が30℃を超える日も会ったぐらいである。日本より5℃以上は高い印象である。この日も、とても暑く、皮がむけるまで日焼けしてしまった。

 週明け、職場にいくと、職場の仲間だけでなく、出入りの業者の人まで、みんな嬉しそうな顔をしながら、「メモリアルホリデーにカリブ海かどこかリゾート地にでも行ったのか?」と聞いてくる。大御所の先生まで「お前は週末ビーチに行ったのか。」とニコニコしながら聞いてくる。こちらでは、週明けになると、まずはお約束として週末にどこに出かけていかに楽しんできたかかをお互い確認しあう。日本人の感覚なら、少々自慢に聞こえるかもしれないが、こちらでは人生はエンジョイするものという感覚なので全く嫌味にならない。日本だと、下手をすれば、この忙しいときに自分だけ楽しみやがって、などと理不尽な中傷を受けてしまいかねないだけに、オンとオフの区切りをきっちりつけるアメリカ人は素晴らしいと思う。
 
 今回は、妻は日焼けしたくないからと、毎度のごとくジムに行ってしまったため、自分は子供のお守でついていっただけなのだが・・・。自分の日焼けは、自慢になどなりようもなく、炎天下での子守の「忍耐」の証でしかないのである。子供たちはたっぷり遊んで、家についたのは夜の7時30分であったが、夏時間を採用しているアメリカはこの季節8時過ぎまで明るい。息子の「いまから野球をしよう。」でまたもや完全にとどめを刺されてしまった。
 

Japan day at Central Park

2010年06月08日 15時24分53秒 | 日記
 6月6日の日曜日、セントラルパークのEast Meadowで、「Japan day」という2007年から年に一回開催される日本文化をニューヨークの人々に紹介するというイベントがあった。日本の夏祭りといった様相である。
 
 近年減少傾向にあるものの、ニューヨーク近郊には現在も5万人弱の日本人が住んでいるそうである。この日も多くの日本人と現地の方々が集まった。昨年の同イベントには45000人もの人々が集まったそうで、見た感じでは今年もおそらく数万人の人々が集まったのではないだろうか。
 
 会場に行ってで初めて知ったのだが、今年は日本のサムライ一行がアメリカを訪問して150周年に当たるとのことである。当時のアメリカ訪問団を模した行列が、領事の方や女性タレント(以前より随分ふっくらした印象)も参加して再現された。
 
 原則無料で、日本文化(折り紙、書道、太鼓、けん玉、駒まわし、ヨーヨーつり等)の体験コーナー、日本の食べもの(すし、うどん、せんべい、お茶等)が配布され、キティーちゃんの着ぐるみも登場したりと子供たちは楽しんでくれたようである。

 中央ステージではバンド演奏や歌手のパフォーマンスも行われた。
 最初に登場したTHE RICECOOKERSという若手バンドは演奏自体はとてもよかったのであるが、ギタリストが最後のほうに見せたギミックに走ったギターソロだけが少し興ざめであった。おそらく彼らの曲調から判断するに、彼らに多少なりとも影響を与えたと思われる、解散してしまった「Sound Garden」というバンドでは、ギタープレイは、あくまで曲の流れに沿った自然なものであった。また、いらんことを言ってしまった。
 ニューヨークを活動拠点に置く彼らの今後の活躍に期待したい。

 トリとして渡辺貞夫さんのバンド登場して、年齢を全く感じさせない正確で力強いパフォーマンスが披露された。今もって恰好いい人である。

 

鳩山首相辞任で思うこと

2010年06月04日 12時22分17秒 | 日記
 ブログの存在を特定の人にしかお知らせしていないので、今日はあえて本音を。

 鳩山首相が総理大臣の職を辞した。

 おそらく、沖縄の基地移転問題と参議院選を前にしての支持率低下でこのタイミングでの辞任には驚きはしない。やはり短命であった、93年当時、非自民政権が成立したときの連立政権の細川首相を思い出した。社民党の政権離脱と同時ではなく、一呼吸置いてから突然の辞任発表に「外圧」がかかってやめされられたと誰もが思うであろう。
 
 日本では沖縄の基地返還問題でリーダーシップを発揮できなかったことで、国民の支持を得られなくなったことが辞任の直接の引き金と報道がなされているようである。

 沖縄の方々が大変怒っているというのがインターネットでのニュースから伝わってくる。
 期待していたのに肩すかしをくらったという沖縄の方々の気持ちは痛いほどわかる。
 
 しかし、海外にいるからかもしれないが、自分は少し違和感を覚える。
 沖縄の方々が「本当に」怒りの矛先を向けるべき対象は、鳩山総理なのだろうか。

 敗戦後、アメリカとの交渉において、ほぼ完全にアメリカの言いなりだった戦後の政権、歴代の官僚のことを思うと、鳩山首相は初めて沖縄の方々の気持ちを代弁した日本の首相だったと個人的には思っている。もちろん、常人であれば、事前にしっかりとした根回しもなく基地移転のことをぶち上げるようなリスクを取るとは思えないのであるが・・・。そのあたりが、「宇宙人」と呼ばれるゆえんだとすれば悲しすぎる。こと基地問題に関しては、首相は自分の気持ちに「正直」に行動しようとしたのだと思う。
 ETは宇宙人だけど人の気持ちを解するいいやつだった・・・。

 今回の件で、言行一致?とのことで、社民党の人気が上がるとの向きもあるが、なんだか釈然としない。もし、社民党の福島代表が総理の立場だったら、アメリカとの交渉が成功して基地の移転に成功したと思っている人なんているのだろうか。もちろん、代表の沖縄の方々を思う気持ちに偽りはないはずであるが、決定権のない立場だからこそ歯切れのよいことが言えたのではないだろうか。
 
 このあたりが、大統領制ではない日本の首相の限界なのか。

 アメリカにいると、日本がアメリカ人から格下に扱われていることがよくわかるだけに、日本の政治家、官僚の方々には日本を主導する真のエリートとして頑張っていただきたい。

 長々と失礼しました。