『陽当たりまぁまぁ』

事実に惹かれ、事実に学ぶ

「宗旨宗派は問いません」

2011年01月28日 | ズレズレ
わしが事務をしている教会のそばに、お寺がありまフ。

昔そのお寺で行事があって駐車場がいっぱいになっちゃって、

お坊さんが、「教会の駐車場を一時的に貸してもらえないですか?」 父も、「どうぞ使って下さい」

お互いのこだわりのなさに笑みがこぼれたでござるよ

多分、お寺を訪れて教会の駐車場を案内された人達は、違和感を感じたかもしれん


礼拝の宣教題はいつも父が朱墨で書きますの。正面玄関と、角、駐車場の3ヶ所、毎週3枚書く。

今日、わしはその看板用の用紙を半年分作った。

父は書を習ったことはなくて独学なんだけど、自分で自分の字が気に入ってる。まぁ、キレイさ

最近そのお寺のお坊さんが看板の父の書を見て褒めたらしくて、またまた笑みがこぼれたでござるよ


そうそう、うちは昔、犬を飼ってた。番犬としてトータルで4匹。共通してたのは、

①知らない人には吠えないで知ってる人に吠える。

②酔っぱらいに吠えて酔っぱらいを怒らす。

その中の1匹の柴犬もどきは、鎖つけたままどこかから迷い込んで来た犬。

家の垣根に引っかかって取れなくなって吠えてて、結局そのまま飼うことになった。

ところがある時いなくなっちゃって、そのお寺から「お宅の犬、うちに来てますよ」


この一連の流れを思い返すと、ジョン・レノンの『イマジン』が脳裏をよぎる。

この一連の流れだけ見れば、宗教の対立なんて、どうして起こるの?って感じでしょ?

人間って、愚かだよね。

まず平和それから健康  聖書的には信仰と希望と愛が大切

なかでも愛については、『なくてはならないものは多くない、いやひとつだけである』って書いあるぞなもし
コメント
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