博多住吉通信(旧六本松通信)

 ブログ主が2022年12月から居住を始めた福岡市博多区住吉の生活や都市環境をお伝えします。

福岡と博多

2012年11月04日 | 九州の風物

 人口148万人で九州最大の政令指定都市福岡市の陸の玄関であるJRの駅は博多駅という名前です。なぜ福岡駅ではなく博多駅という名称なのかご存知ですか?

 近代以前は博多と福岡は別の町でした。平清盛以来、博多は大陸貿易で栄えた商人の町でした。1601年に黒田長政が筑前の国の大名になり、現在の福岡城を築造し、その城下町として江戸時代に福岡の町が発展します。政治都市福岡と経済都市博多は江戸時代から近代にかけて拡大成長しやがてこの二つの町はくっついてしまいます。

 明治に入った1889年に市町村制度の施行に伴い市の名前を福岡にするか博多にするかで、住民は大いにもめたそうです。第1回市議会は「名称問題」で紛糾し、採決したところ完全に賛否同数であり、最終的に福岡部出身の議長の裁決で「福岡」と決したものであるという記述がWIKIPEDIAにありました。旧九州鉄道会社が福岡から現在の久留米までの鉄道を敷設する際、市の中心駅は「博多」地区にあるということで駅名は福岡駅ではなく、博多駅となったということだそうです。

 写真は福岡市内を貫流する那珂川です。この那珂川が「旧福岡」と「旧博多」の境界なのだそうです。那珂川の東側(写真の向かって右側)が博多で、西側(向かって左側)が福岡です。

 以上のお話の大体は以前に博多埠頭でボランティアで観光ガイドをされている方から伺いました。


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