尖閣諸島への中国の魔手が愈々強くなっている中で、竹島はかつて韓国に如何にして不当占拠されたのかを知る事は大いなる教訓になると言える。平成24年12月に発表した論文を掲載する。 . . . 本文を読む
9月6日から10まで、沖縄に滞在し、講演活動を行ってきた。その間に9日のオスプレイ配備反対県民集会なるものが、宜野湾海浜公園で開催されたので、地元の日本会議の方とともにその真実を探るべく大会の視察を行った。地元の報道では、決して明らかにされないその実態をレポートする。 . . . 本文を読む
尖閣諸島に対する中国の圧力が強まって来ている。今が日本の正念場である。昭和29年8月23日、日本の海上保安庁の巡視船「おき」は竹島近海にて韓国側から銃撃を受け、その結果、日本政府は腰が引けて「平和的解決」の為、実力奪還を放棄し、結局竹島は韓国に奪われたのである。当時(今日も)現場の海上保安庁は命がけで任務を遂行しており、決して韓国の不当な暴力に負けないだけの意志と実力を保持しているが、政治(根本は憲法)が腰砕けになって、領土を強奪者の手に渡してしまうのである。尖閣がそうならないとも限らない。ここで、竹島が奪われ、実効支配された経緯を年表にまとめて教訓としたい。 . . . 本文を読む