第14回(令和5年7月29日)
「天下の事は万変すと雖も、吾のこれに応ずる所以は、喜怒哀楽の四者を出でず。これ学を為(おさ)むるの要にして、政を為すも亦たその中にあり」 (王陽明全集第二巻『文録』書の1「王純甫に与ふ(一)」)
この言葉は、弟子の王景顔が河北省大名の知事に赴任するに当り教えを請い、それに対して王陽明が「気質を変化する」事の重要さを述べ、次の様に語った言葉の後半部分である。「 . . . 本文を読む
第13回(令和5年7月25日)
「起ちて高楼に向ひ暁鐘(ぎょうしょう)を撞(つ)く」 (江西詩「睡起偶成」其一)
王陽明は48歳の時、江西省南昌に拠って叛乱を起した王族の寧王(ねいおう)宸濠(しんごう)を討伐し、わずか二週間で平定する。その手際の見事さは、逆に朝廷の中で嫉妬を生み、更に王陽明の学問の隆盛を妬む旧来の学者達からの総攻撃が始まった。誹謗中傷渦巻く中にあって、王陽明は、陽明哲学 . . . 本文を読む
第12回(令和5年7月21日)
「人はすべからく事上に在りて磨錬し、功夫を做(な)すべし。」 (『伝習録』下巻4)
陽明学が実践の哲学だと言われるのは、王陽明がこの「事上磨錬」を強く提唱した事による。「事上磨錬」は「じじょうまれん」と読む。もの事に当りながら自分を磨き鍛錬して行く、という意味である。
本文は「人はすべからく事上に在りて磨錬し、功夫(くふう)を做(な)すべし。すなは . . . 本文を読む
第11回(令和5年7月18日)
「志、立たざれば、舵なきの舟のごとく、銜(くつわ)なきの馬のごとく、漂蕩奔逸(ひょうとうほんいつ)して、つひにまた何の底(いた)るところかあらん。」
(「教条、竜場の諸生に示す」『王陽明全書』巻26・『陽明学大系』第3巻所収)
「志が立たなければ、舵の無い舟やくつわの無い馬の様に、暴れ狂ってどこへ行くか解りはしない。それでは、決して目的地に至る事は出来ない」
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第10回(令和5年7月14日)
「精金の精たる所以は、但だその成色足って銅鉛の雑なきを以てなるがごとき」 (『伝習録』上巻100)
「聖人の聖たる所以は、只だこれその心天理に純にして人欲の雑なきのみ。猶ほ精金の精たる所以は、但だその成色足って銅鉛の雑なきを以てなるがごときなり。」(聖人が聖人と呼ばれるのは、その心が天理に純一で人欲が混じっていない事による。それは、純金が純金として貴ばれるのは、そ . . . 本文を読む
第9回(令和5年7月11日)
「その数頃(すうけい)の源なきの塘水(とうすい)とならんよりは、数尺の源あるの井水(せいすい)の生意窮まらざるものとならんには若かず。」 (『伝習録』上巻69)
「水源が無く、いつも淀んでいる広大なため池になるよりも、例え狭くてもいつも水が渾渾と湧き立っているような、生命感溢れる井戸水の様な心境でありたいものだ。」
王陽明のこの言葉は、池のほとりに立ち、その . . . 本文を読む
第8回(令和5年7月4日)
「学は、これ人欲を去り天理を存するを学ぶなり。」 (『伝習録』上巻112)
「学問とは、心の中に湧き起こって来る欲望を取り去って、宇宙の真理とも言うべき「天理」と一体の境地まで自分の心を磨き上げて行く事を学ぶ事なのだ。」
ここでは、「人欲」と「天理」を対比させて、学問の在り方を説いている。
「天理」とは「正しい天の道理」の事を言い、「人欲」は「人の欲望」 . . . 本文を読む
第7回(令和5年7月4日)
「知は行(こう)の始め、行は知の成れるなり。聖学は只だ一箇の功夫。知行は分ちて両事と作(な)すべからず。」 (『伝習録』上巻27)
陽明学と言えば「知行(ちこう)合一(ごういつ)」が有名だが、「言行一致」や「有言実行」と勘違いしている人も多い。王陽明は「知」と「行」は本来一つであるはずだと、世に警鐘を鳴らしたのである。
王陽明は、当時(明代)の学問の主流・朱 . . . 本文を読む