話は変わりますが

ギターやゴルフを趣味にのんびり暮らしています。ド田舎でのなんてことない日々を綴っています。

No,42『使命感はいつどこから』

2013年08月04日 | 思想・雑感
アクセス頂きありがとうございます。

滋賀から、電車で八鹿に昼頃戻りました。妻、息子とは一週間ほどお別れ。

帰ってから、盆踊りの音響機材を下見。
すこぶる古い。
なんとかトランペットスピーカーを鳴らすことはできたが、アンプをどこかから借りた方が良さそうだ。
いつもライブでお世話になっている、豊岡のタナカさんに今度相談してみようかなぁ。

今、この本を読んでいます。
会社から支給されました。勤務先グループ、社長の著書です。
読んでいて、創業者の苦労がこれでもかこれでもかと紹介されており、使命感がいかに偉大か考えさせられます。
引くに引けない状況こそが使命感を生む様な気もします。
規模は月とスッポンですが、例えば僕なら曲作りです。
明日が締切と言われ、前日に歌詞を渡される。
作曲をなんとかし、全ての楽器を入れていく過程で、細かい困難がどんどん襲いかかります。
ギターが上手く弾けない、ベースラインが納得いかない、スネアの音にパワーが無い、ハモリがしっくりこない、眠たい!肩こり!ドライアイ!

締切に間に合わすために、一人で煮詰まりながらコトを進めるのです。
途中、ランナーズハイになる時が必ず来ます。
この瞬間を、僕は『右脳の時間』と呼んでいます。
この時間が来ればしめたもの。
締切がどうとか、認められたいとか、眠たいとかどうでもよくなり、ただ自分のイメージした曲、音を作ることに焦点がいき、無心になります。
普段弾けないプレイ、発想、色々出てきだします。

これを経営などで実践している人が、世の中にはいるんだと思います。
強制が途中から使命、使命が途中から『無』になる。

自分自身の強欲が削られる過程とも言えそうなその流れ。

僕も日々その流れを体現したいものです。

話は変わりますが、

iPhoneではないアイホン。
アイホンが先に世に出ていたのだろう。身なりからして。

終わり。