金剛峯寺の寺号は弘法大使が命名し高野山一山の総称だったが、豊臣秀吉が亡き母
の菩提とし青巖寺(剃髪寺)建立したのち、明治二年金剛峰寺と改称。今の金剛峰寺は
一つの独立している座主の寺だが高野山全体を総括する伝統と高野山真言宗の総本
山として一切の宗務をつかさどる高野山真言宗総本山の寺院。
山本探斉による柳鷺図(りゅうろず)が描かれている豊臣秀次が秀吉に命じられ自刃し
た柳の間、石庭として蟠龍庭(ばんりゅうてい)、真然廟、別邸内部の襖絵には守屋多
々志画伯による弘法大使入唐、四季の花、鳥が描かれている。新別殿ではお茶をいた
だきお坊さんにお話を聞く。「密教」と「大乗仏教」について自分の拙い質問に詳しく説
明していただいた。奥書院、大広間、上段の間がある。