遊歩道わきにカフェができていた。ユニモ以外なんにーもないちはら台
行った人は喜んでいた。
ニリンソウを始めてみた。
毎年 カワセミの生態を撮るためにいいカメラを携えてここに来ている人も結構いるんだとシニアの生き方を見た。
つずいて青葉の森には緑の教室がある。
広いし花も多く昔は秋保温泉を抜けて行きましたが道中も
自然の中を走り、地元の野菜も売っている。何かにつけ家族ずれでいくところ。
ふるさと村には東北の各地 青森、遠野、月山、河崎らのかやぶきの民家を移築したなかで
お茶と梅干を頂いた。心が馬と同じ屋根の下で暮らしていた昔に戻ります。
五百羅漢
光徳寺(日蓮宗)五百羅漢
仏陀に常に付き添った500人の弟子、または仏滅後の結集(けつじゅう、仏典編集)に
集まった弟子を「五百羅漢」と称して尊崇・敬愛することが盛んにおこなわれてきた。
近辺では
成田山新勝寺釈迦堂(千葉県成田市)
五百羅漢寺(東京都目黒区)
増上寺(東京都港区)
が有名だが
私がいった四国八十八ケ所お遍路では
五番札所 地蔵寺 (徳島県)にあった。
説明によると安永4年(1775)の創建で、五百羅漢堂とされていたが
大正4年参拝者の失火で罹災しとそうである。
いまは200ほどの等身大羅漢像がさまざまの喜怒哀楽
の表情で並んでいる。
今後是非「行きたいのは
京都の石峰寺の五百羅漢 伊藤若冲の下絵で制作した「若冲五百羅漢」
があり85歳の生涯を終えたここに葬られている。9月10日が「若冲忌」と
して毎年行われている
ちはら台光徳寺
万葉集にも詠われる「カタクリの花」(堅香子/かたかご)
本泰寺にしざれ桜を見に行く。まだまだなので
通好みで年配者に根強いファンの多いカタクリの花を見るため風呂の前に行く。
何故風呂の前と地名が付いたのか不明だが。
古語では「かたかご(堅香子)」とされ、越中国司として高岡に赴任した大伴家持が
みやびの世界からこの地 越中国に国司として赴任し、鄙びの世界で多くの歌を詠
み又都をしのんだ。万葉集に」越中秀吟」として収められている。
あでやかでにぎやかな乙女たちの傍で凛とひっそりさくかたかごの花、繊細な家持の心がくみ
とれる。
もののふの八十をとめらがくみまがふ寺井の上のかたかごの花
(巻19-4143)
本泰寺
風呂の前地区
イノシシ除けがあった