限界消費性向低下の法則:豊かになるほど消費に回す割合は減る
この章ではいろいろな議論が展開されているが、要は
- 消費性向は安定した数値をもつ
- 所得水準が上がるほど低下する
ということにつきる。なぜそんなことが言えるのか?人間の性向に関する経験的事実に基づいている、というしかない。
消費性向の客観的要因として考えられるもの
消費性向=消費/所得と定義される。もちろん、このとき消費性向は様々な値を取りうる。ケインズは客観的要因と主観的要因のうちまず客観的要因を検討する。個人の選好にかかっている消費性向に「客観的要因」などというものがあるのだろうか?
ケインズは消費性向の客観的要因として次の6点を挙げる。
- 賃金単位の変化
- 所得と純所得の差分の変化⇒第4編へ、後に分かるがこの差分は金融的準備である。
- 資本価値の意外の変化⇒資産家は著しく感応的であろう。そりゃそうだ。
- 時間割引率≒利子率⇒利子率の変化そのものが影響することはないが資産価値への影響によっては要因となる。これは③に含まれる。将来に対する不確実性が高まった場合は時間割引率の不透明さから消費性向に影響を与えるだろう。
- 財政政策の変化⇒財政政策として所得分配を平等化する方向なら消費性向を高める。減債基金政策は消費性向を低下させると指摘している。有効な反論はないだろうが、世界中の政府は逆のことをしている。
- 現在と将来の所得水準に関する期待の変化⇒「明日大金が入るから今使っちゃおう」通常の場合影響はないだろう。
詳しくは原著を読んでいただきたいが、1.賃金単位の変化は、記述は短いが難解である。全文を掲げる。
「賃金単位の変化。消費(C)が貨幣所得よりははるかに(ある意味での)実質所得に依存しているのは明白である。技術、嗜好、それに所得分配を決める社会的条件が所与だとしたら、個人の実質所得は労働単位に対する彼の支配量すなわち賃金単位で測られた所得額の変化に応じて、増減するであろう。とはいえ、総産出量が変化するときには、彼の実質所得は(収穫逓減の作用によって)賃金単位で測られた所得に比例して上昇することはないであろうが。それゆえ一次近似としてなら、賃金単位が変化すれば、所定の雇用水準に対応する消費支出も、物価〔が変化して実質所得が変化したとき〕と同様に、同率変化する、と仮定してさしつかえなかろう。もっとも場合によっては、賃金単位の変化は企業者―金利生活者間の実質所得の分配を変化させ、この変化が総消費に反作用する可能性のあることを考慮に入れなくてはならないかもしれない。このような場合を除くと、われわれは、消費性向を賃金単位表示の所得によって定義することで、貨幣賃金の変化〔が消費に及ぼす影響〕をすでに織り込んでいることになる。」〔〕内は訳者注*雇用量を測る単位を労働単位と呼び、一労働単位の貨幣賃金を賃金単位と呼ぶ」
上記引用を要約すると三つの論旨から成り立っている。
A:消費は名目より実質の所得に依存している。
B:個人の実質所得は、賃金単位の変化に応じて増減する。名目と実質は比例する。
C:賃金単位が変化すれば、所定の雇用水準に対応する消費支出も、物価と同様に、同率変化する。
Cが引っかかるが、第4章で「N人を雇用することによる産出量の総供給価格をZとすれば、ZとNの関係は、Z=φ(N)と書くことができる。これを総供給関数と呼ぶことにする。」としていることから、賃金、消費、物価は同率で変化することになる。物価は賃金の関数である。もちろんその前提条件は「技術、嗜好、それに所得分配を決める社会的条件が所与」であることだ。
では、賃金、消費、物価は同率で上昇したら何が起きるのか?
それゆえ「賃金単位の変化は企業者―金利生活者間の実質所得の分配を変化させ、この変化が総消費に反作用する可能性がある」のだ。つまり分け前が変化するということだ。だから「個人の実質所得は労働単位に対する彼の支配量すなわち賃金単位で測られた所得額」ということになるのである。同率で変化するのだから名目賃金で考えておけばいいのだ、ということになる。実質所得で労働者が労働を提供するかどうか決定する、という古典派とは大きく一線を画している。ケインズは労働価値論について踏み込んだ記述はない。また、なくとも一般理論は成り立つが、この点に関してマルクスの見解とほぼ同じ立場をとっている、と思われる。つまり「個人の実質所得は労働単位に対する彼の支配量すなわち賃金単位で測られた所得額」なのだ。さらに踏み込んで言うと、賃金・物価の上昇は実質所得の分配を変化させる。金利生活者から企業者・労働者へと実質所得が移っていくのである。これが財務省が何としてもインフレを阻止しデフレを継続させようとする唯一の動機である。
消費性向は安定しており変化しうるのは投資である
結局のところ消費性向は、賃金単位の変化を除いて、かなり安定した関数である。重要なのは消費をC、所得をYとするとC/Yは安定しているが、⊿C/⊿Yは、ケインズは正かつ1より小さいとしている。ここは、その後の記述をみると1より小さいのは(⊿C÷⊿Y)/(C÷Y)であろう。所得の増加分に対する消費性向は、さらに低くなるということである。これは限界消費性向低下の法則と名づけてもいい。
ケインズは以下のように締めくくっている。消費関数でダメ押ししたわけである。
「直ちにわかるように、この単純な原理の行き着くところは以前と同じ結論、すなわち、消費性向に変化がないとした場合、雇用が増加しうるのは投資がそれと歩調をそろえて増加するときのみだということである。雇用が増加しても消費者は総供給価格の増加ほどには支出しないから、その開きを埋めるに足るだけの投資の増加がなければ、雇用を増やしても利益とはならないからである。」
これは第10章限界消費性向と乗数の議論につながる。
問題は需要、それも投資なのである