毎月、地域の中にある障がい施設「つくし園」、「すぎな園」、そして放課後等ディ通信から便りが届く。
中にいるわけではないので実際のところはわからないが、毎月のこの便りで月行事やスタッフの皆さんの(順番に寄稿しているので)考え方が見えてくる。
今月の「つくし園だより」の中で「グループ虹」代表の矢野貞子さんが寄稿されていた。
読み進むと、この「グループ虹」がつくし園から29年間のかかわりを最後に去っていく内容の文であった。
事情がよく飲み込めないままいた。
そして、その寄稿文の下の主任支援員の方の文章を呼んでいて事情を察することができた。
「グループ虹」がボランティア団体で、作業の手伝い、利用者の方の散歩の介助や話し相手を務めていただいていたことがわかった。
また、個人情報の取り扱いからの支援範囲が限られ始めたこと、さらには専門性をもって支援しなければならない利用者の増加等々、「グループ虹」の活動範囲が限定されてきたことが見えてきた。
おそらく「グループ虹」の皆さんには、やりがいが薄れてきたのではないだろうか。
この分野の研究が進み、昔は画一的に扱われていた人たちが、その症状などでどのように対応すべきかといった専門的な知識が深まってきて細分化されるようになった。
それはそれでいいことだと思う。
それゆえに、善意の行動に、見えない活動範囲が定められるようになったのかもしれない。
でも、「グループ虹」の人たちにとって、何がどう変わったのかというジレンマもあっただろう。
なによりも制度という壁が立ちはだかり、その人たちを追い込んでしまったところがないだろうか。
仮にそうであるならば、なんともつらい。
心優しい人たちが、善意のもと、行動してくれていたのに、そういう人たちを排除しなければならない制度があるとするならば、それはおかしいと思う。
この国は既に衰退期に入り、お金はどんどんなくなり始めている。
そうした中で、心ある人たちの活動を阻害していくと本当に成り立つのであろうかと思う時がある。
ただ、この文章を読んでいると現場のスタッフのジレンマと続けたいけれどもその場所がないので去っていく人たちの気持ちが綴られているような気がする。
当事者でないので、身勝手な解釈をしてしまったかもしれない。
ただ、心ある人たちのフィールド(場)が少しでも増えますように、願うだけである。
そして、「グループ虹」のみなさん、29年間という長きに渡り支えていただき、ありがとうございました。