呼吸で癒そう

ゆっくり呼吸するだけでカラダは安心して落ち着き
内側からゆるんでいきます
ゆるんで笑ってぷくぷく参りましょうぞ

どうにもならないことって、きっとどうでもいい事や

2010年01月29日 | 感じること、いろいろ
墨で美しく書かれた力強いこの言葉を見て、
うぉ~~~~~~~~~~~と、夕べ私はうなった。

本当にその通りだと思う。
どれだけ頑張っても、どうにもならないことってある。
どんなに気にして悩んでも、どうにも変えられない事ってある。
どんなに後悔したり悲しんだり悔しくても、どうにもならないことはある。

そしてそれは、その時は自分の狭い頭の中では凄く大きい事なんだけど
人生からみたら、笑っちゃうくらいありがたいことだったりする。

そう、きっとどうでもいい事や。
心が笑った。心が軽くなって、うなづいた。

どうにもならなかったおかげで、新しい道を見つけられることもある。
どうにもならなかったおかげで、新しい自分を見つけられることもある。
その時は辛くても、必ず新しい何かが自分を待っていてくれる。

以前どうにもならない状況下にいた私に、友達が祈りの言葉を教えてくれた。
楽になるよ、頑張らなくていいよって。

私は祈った。答えがまったく見つからず、前が何も見えなかった。
友達に言われたまま、天に任せるしかない、とただ救いを求めて祈った。

神様
私が変える事のできないことを、受け入れる落ち着いた心を与えてください。
私が変えられる事を、変える勇気を与えてください。
そして私が変えられる事と、変えられない事の違いがわかるように、智慧をさずけてください。

この神聖な祈りは世界中で愛されている。
有名な祈りの言葉らしい。

そして同じような意味合いを持つこの言葉は、たった一行で私を笑わせた。

どうにもならないことって、きっとどうでもいい事や




食べる、祈る、愛する パート3

2010年01月25日 | 感じること、いろいろ
さてさて、今回が食べる、祈る、愛するの最終パートです。
愛する。

イタリアで悲しさと苦しさから食べに走り、太ってしまったけども
出会った人たちの温かさに触れて、どん底からは少しあがった筆者。

別れたくない彼にそっぽを向かれたことや、離婚した旦那のことや
幸せも不幸せも自分の外側にあった。

しかし、インドでの4ヶ月で彼女は生まれて初めて
本当の答え、愛は内側に自分の中にあったことを瞑想を通じてしる。

答えは自分以外のどこにもなく、すべて自分の中にある。
愛も、喜びも。それは静けさの中に、乱れの無い心の中に存在することを
筆者は知った。

すっかり悲しみも苦しみもなくなり、いよいよこの本の最後の場所、バリ島へ。
以前雑誌の編集者の仕事で出張でバリ島を取材した時に、
村で有名な占い師のおじいさんに彼女は出会った。

そのとき、彼はこう予言した。
あなたは私の所にしばらく来て勉強することになるでしょう。
すべてを教えるから、来なさい、と。

その彼のもとでゆっくり人生のなんたるを勉強するつもりで彼女は
再びバリ島を訪れた。

しかし、なんともこの占い師のおじいさんはあれだけ言ったのにも関わらず
彼女を覚えていない様子。

しかし彼女はおじいさんのところに通って、色々と教えてもらいながら
バリ島での生活を楽しみ始める。

バリの伝承医学のヒーラーにおじいさん経由で出会い、友情が芽生え
膀胱炎を薬草であっという間に直してもらったり、人生を語ったり
と、ゆったりじんわりバリのゆるやかな空気に包まれている毎日だった。

一軒家のお家を借りて、自転車でおじいさんのところに通って
ヒーラーと女同士の話で盛り上がって、甘いのんびりな毎日を送っていた。
ヒーラーのクリニックで知り合ったイギリス人のおばさんにパーティーに招待されてその晩、久しぶりに社交の場に出た。

バリ在住の西洋人達の集まりのパーティー。筆者はアメリカ人。
画家だったり、作家だったり、リタイアしたお金持ちだったり
自分の国より、のんびりなバリ島の生活を好む人たちの集まり。

おめかしするドレスなど無いけど、一応ドレスっぽい服を着て自転車で乗り付けた。 
そこで、ある男性と知り合う。バリに25年住んでいるブラジル人。
(だったと思う!?)
彼は彼女の後ろ姿を見た瞬間に、この人と結婚すると思ったそう。
彼女は苦しい離婚と悲しいボーイフレンドとの別れから立ち直ってはいたけど
男の人と関係は持たない、と決めた旅だったからガードが固かった。

そして、度重なるデートというか散歩だったり、おでかけを重ね
自分のままでいられる、素のままの自分をそのまま包んでくれる、
安心する彼に心を開いていく。

ってことで、甘く素敵なデートが重なり、嘘のように傷ついた彼女の心は
すっかり癒され、バリの海と新たな彼の存在、優しさに身も心もとろけていくのです。

二人は実際に本当に結婚して、今はアメリカに住んでいます。

というハッピーエンドなのだ。

私がこの本を読んでいるとき、私はずたずただった。
この本を読んでいる時は、何も考えずに没頭してこの本にのめり込んだ。
バリの章は私に勇気をいっぱい与えてくれた。
だから読み終わったとき、とても悲しかった。夢から覚めたようだった。

この本はちょうど同じ頃に大変な経験をした女友達に勧めた。
セラピーなんか行かなくていいから、この本読んで!と。
彼女もとても勇気がわいて来たと言って、ディナーをごちそうしてくれた。

なんか懐かしい。
そうそう、私はバリ島の占いのおじいさんにもヒーラーのおばちゃんにも会った。
この本を読み終わったちょうど1ヶ月後にバリに用事があって行ったので
友達と落ち合ったついでに、ひやかしで行ってみた。

私はとてもとても美しい心を持っていて
とてもとても愛し愛されて、とてもとても花の蜜のように
甘い幸せな人生を送るらしい。

私の友達も同じようなことを言われていた。
けど、結構彼女に言っていることがぴったり当たっていたので
私に言ってくれた甘い占いも私は信じることにしている。わっはっは。

ヒーラーのおねえちゃんにはバリの薬草を使ったマッサージやれ、
色々と身体をいじくられて面白かった。そしてもちろん薬膳料理。
最後に手相を見せろと言って、頼んでないのに占いをはじめた。

私は友達にとても恵まれている。素晴らしい信頼関係がある。
そして深い愛で結ばれている旦那様が一生あなたを守っている。
と、嬉しいことをいっぱいいっぱい言ってくれた。

けど笑ったのが彼女は離婚した旦那がとんでもない男だったから
私は男は卒業した~と笑いながらケタケタしてた。

バリ島は神々の島。何処の家に行っても、お店に言っても
神棚があって、手を合わせている。

バリ島伝承医学のクスリをいっぱい、彼女は私の為にきちんと神様に祈りを捧げてからくれた。

祈るということ。
イタリアでもカトリック教徒が殆どのあの国では人々は祈っている。
インドではきっと祈らない人がいないんじゃないのかな。
インドの美しさはどんな神様でも、みんな一緒。
人は食べて、祈って、愛して、国は変わってもしていることは同じなんだ。

今まで出会って来た人たちで私の為に祈ってくれた人は、数多い。
その度に真摯な心に私の心は愛で満たされる。

祈るということはどういうことなんだろう。
神様という大いなる存在に祈りながらも、内なる神様に自分の決意を伝えることなのかな。
幸せになるという決意。愛するという決意。

私も今夜は今ちょっと苦しんでいる友達の為に祈ります。
彼女が自分の美しさ、温かさ、素晴らしさに気づきますように。
そして彼女が安心して愛に包まれて眠れますように。








食べる、祈る、愛する パート2

2010年01月07日 | 感じること、いろいろ
新年あけましておめでとうございます。
2010年がみなさまにとりまして、幸多き良き年となりますように。
食べて、祈って、愛し愛されて、笑いの多い毎日でありますように。

さて、前回の続き。祈る。
著者はイタリアで食べて食べて太ってしまい、
その脂肪が見事に次の目的地インドで削ぎ落ちます。心の悲しみとともに。

何故インドに著者が行ったのかといえば、彼女が離婚を決意して
苦しんでいた時にニューヨークで出会ったインド人のヨガの先生から
瞑想を教わり、不安定な彼女が少しは自分を見つめることができるようになった。

そして、その先生が修行をしたアシュラムに行って、より深く自分と向き合おうと
いう目的でインド行きを決意した、ということ。

インドにはこのようなアシュラム、修行寺みたいなところがい~っぱいある。
外国から自分自身を見つめようと、いっぱいやってくる。

著者の先生のアシュラムは、きちんと経済的に自立している人、という
条件があり、自分の人生に責任を持った人しか受け付けない。

著者は離婚で財産を全て失ってしまったので、出版社と掛け合い
こういう本を書くから、と前金をもらった。

そして、インド。
毎日朝5時に起きて瞑想。
日中も瞑想やれヨガやれ、自分と向き合う為の時間。

彼女は始めは全く集中して瞑想ができなかった。
悲しみ、怒り、喪失感や絶望感などが頭の中から消えない。
毎朝の瞑想が嫌で嫌で、どうやって逃げ出すかばかり考えていた。

ここでも彼女には素晴らしい出会いがあった。
あまりにもよく食べる彼女を、"食料品"というあだ名をつけたアメリカ人のテキサス出身のおじさん。
このおじさんが本当にいい味を出している。

彼女のここでの苦しみは、離婚後につき合い始めたボーイフレンドに
距離を置こうと言われたこと。あれだけ愛し合ったのに、あれだけ求め合ったのに、何故何故何故~?と。

それもおじさんが答えを見つける術を提供してくれるのだ。
答えは外にはない、愛も自分の外には無い、すべてが自分の中にしかないのだと。

苦しみもがき、答えが見つからずいる日々が何ヶ月も続いたある日、
彼女の心に静寂と優しさ、温かさが訪れる。

彼女の一方的な離婚の申し出に怒り狂い、財産を全て要求しやっと離婚にサインをしてくれた旦那。
ある夜彼女は一人瞑想している時に、彼の魂を側に感じる。
そして、瞑想の中で二人の魂は手を取り微笑み合う。
肉体レベルでは離婚した夫婦であっても、魂はお互いを尊重しあう尊い仲間なのだ。

次の日にボーイフレンドに、自分からさよならのメールを書く。
送信ボタンを押すのをためらいながら、彼女は新しい自分の心の状態で決意をした。

ある夜に大々的な瞑想会があった。彼女はもうアシュラムに4ヶ月もいるのと、
昨今あった彼女の中の変化で、スタッフとして参加することを頼まれる。

大勢の人が宇宙との一体感を求めて瞑想に入る。
彼女はその晩はじめて全てのものとの一体感を感じた。

全てとつながる為には、まず自分とつながってなければならない。心の静寂。
なんて心地よい、なんて温かく、愛おしく優しい喜び。
恍惚感に涙を流した。瞑想している人たちの間を歩きながら、彼女は自分とつながっている全ての愛に浸った。

インドでなすべき目的は終了。
脂肪と共に、悲しみも流した涙とともに宇宙に消えていった。

そして、彼女は次の目的地、バリ島へ向かう。
自分の心とつながった静かさと優しさと共に。

~つづく~


PS 待っていてくれたきみちゃん、星ちゃん、お待たせしました。
  本当にありがと。ハグハグ、ギュ~