50のひとり言~「りぷる」から~

言葉の刺激が欲しい方へ。亡き父が書きためた「りぷる」(さざ波)を中心に公開します。きっと日常とは違った世界へ。

「逆説なの。ごめんなさい・・・

2015-01-21 20:21:55 | 小説
「逆説なの。ごめんなさい。今本当のことを明かします。ぼくは」
と英次は突然深々と頭を父親の前に垂れて、その姿勢から、「ここ二ヶ月間は、ぼくはほとんど正常に戻っていたのです、ただ切っかけが欲しかった・・・・・・騙していたのでした。一種復讐のつもりだったのかも知れなかった。それが今日つくづく」
「バカげていると悟った。それは回復期が必要だったということで、欺いたのでもまして復讐でもない。そんなにいわんで貰いたい」
「今日、公園でいろいろあって、それからお堀の橋を渡って帰ろうとした時でした。さっきお話した車に出あい、ぼくの生活の何らかの欠如がつくづく知らされていた。親に甘えていて勝手すぎるじゃないかって。今も逆説とかと、おとうさんと試していたのですよ。あなたの返答次第でこういうつもりだったのですから。ぼくを知ってて街に出したわけ、公園に遊ばせてくれたわけ」

(つづく)

自家の二階家中・・・

2015-01-20 21:02:51 | 小説
自家の二階家中妙子の信仰に従う灯がともっていたが、ひっそりとした中で妙子はいつの日も拝みながら二人を待った。その家を英次が何度も見て通ったことで、雄吉にはある得心を持たせていた。それから緑の市が出た広場を見て、英次は途中から切り出すようにこういうのである。砂場やブランコやベンチを見つめ、
「側にいてやるほど動物は愛情が通じあうという、でしょう?」
「まあね」
どうしてと声を飲んだ雄吉は問わずにいたい気がしたものだった。冷静な態度を何よりも必要にして、有効な時間にしたかった。内心はいよいよ正気の賢明な英次に、ブランコに乗りたいような嬉々とした心持ちだったものの、英次の声はけれんみもなくて落ちつき、
「ぼくが動物として、いや動物並みに扱われてはいなかった」
「当然だよ」
何をいうかとまた声を飲む雄吉だ。

(つづく)

【閑話】親父の口癖その2

2015-01-19 22:04:33 | 小説
「家族のことだけを考えて生きなさい」
実は親父はとても家族想いであったと思う。節約と主夫と作家の毎日。

私が就職してから、会社のストレスもあり、少し遊びに度が過ぎると、
「家族のことだけを考えて生きなさい」

私が結婚してからも、仕事が忙しくなってからも、
「家族のことだけを考えて生きなさい」

人生とは何か、という問いへの一つの答えであろうと思う。

この私小説「鉤」は家族の話である。親父にとっては、日々の生活が、物書きとしての思考も含めて、家族がすべてあった・・・

英次が在学中、司法試験が・・・

2015-01-18 17:49:00 | 小説
英次が在学中、司法試験が通った日には、父親雄吉は喜びが天井を突くばかりに踊り狂うばかりだった。停年直前の日であった。妙子も晴れやかだった。

「ぼくは今一つ、この場で知りたいのです」
自家の灯と星空を肩越しに見あげ、雄吉は、
「今日はしかし疲れたことだし、明日からは幾らも親子の時間が残されている。明日にしようじゃないの、英次」
が自家には信仰心の厚い、ある意味で難物の妙子が待ち構えている。「英次に疲労がなければの話」
宵にかかる住宅街とその路上は程よい静けさであり、雄吉には好もしい時間なのだ。隣近所の目を本来気にしない質で、妙子のように体面ばかり飾り、その質を非難するのはよくないと逆らえる。何といってもあの過去の栄光が帰る息子がいるんだし、宵にかかる住宅街とその路上の程よい静けさは雄吉が五年もの間に、偏愛に等しく愛したものである。それから、英次が頭の中で言葉を整えるらしく、空を仰ぐので、雄吉は柔らかく、
「英次の声を聞く義務が、こちらにもありそうだな。将来、といってもこの歳、死に土産みたいなものかも知れんが」
と笑顔をまじえながらいう。「将来子と父の胸に、記念になる日とするためにも・・・・・・少し歩こうか、英次。散歩がてらの方がしっくり話したり、聞いたりしあえるものだよ。英次よ。隣近所の目を気にしたりしないことを知っているだろう」
「ええ、無論です」
とうなずき歩き始める英次の後に、雄吉は機嫌よくつき従って行ったのだった。

(つづく)

夢の中を歩く怖さも・・・

2015-01-17 17:40:16 | 小説
夢の中を歩く怖さもあるように膝頭が幽かにふるえ、雄吉は自分の笑顔のぎこちなさを知りながらいる。「だから今夜は黙って過ごそうじゃないの」いかにも冗談めかしてそういったのだ。動転、卒倒しかねない妙子のためにも・・・・・・。
「ああ。愉快ですね、お父さん」
英次はそういった時、自家の小さな門に十数歩の路上、何々会社社長宅の門灯を潜る若い女を横目に見て、つと足を止め、
「行く行くはずっと大きい家を立てましょうよ。ぼくは明日から、本当の会社へいくつもりでいます。だって弁護士の資格を持っているんですもの。それにいつだって優れた友人たちに恵まれていた、ぼくだったんですから」
英次は五年間の英次が大いに吹っ切れたように、背伸びをして見せるのだったが、雄吉は夢なら覚めずにあって欲しい心持ちを、内心ネアカの父親に立ち戻ってふくらませていた。自家の通りを辿って吹いた夜風が涼しく、心地よく雄吉の顔と白髪頭に触れて行った。肉体はあってなくて、血は頭にのぼりつめたようであり、門灯の明かりに顔が紅潮しているのであった。英次の正気をその言葉が確信させている。今朝の吉兆がまさしく当たっているとふと有頂天になるところだったのだから。「英次はもともと頭のいい息子」といって踊り出しかねない、ネアカな父親に立ち戻ったのは幾年ぶりか知らん・・・・・・と雄吉は思った。
「それはそうとおとうさん。その家を守る軍隊が必要だった。つまり知恵と労働の軍隊が、けれども今のぼくには備わっているわけです」
自家を背にし、きまじめな息子の表情で、正気の英次ほど難物なのを雄吉にこの時になって初めて、雄吉の経験則が嬉しく知らせている。

(つづく)