「アタシ、坂下りたいな…」
U子の虚ろな視線は、既に芸大坂の方向を向いていた。
壁に『南河内芸術大学』という文字の入った11号館の校舎をバックに、同級生の女5人で集合写真を撮った後、スクールバス乗り場から懐かしの学び舎を後にするべく、いざバスに乗り込もうとした時のことであった。
小高い丘の上に建つ大学は、正門を入ってすぐに急な坂道がある。昔の学生たちは坂の下でスクールバスを降りた後、皆自力で歩いてこの坂を上り登校していた。そしてこの坂はいつしか学生の間で「芸大坂」と呼ばれるようになり、芸術を中心に学びいささか運動不足の学生たちにとっての難所であり、また大学の象徴的な場所でもあった。
その思い出深い坂道を、さっきバスに乗ったままいとも簡単に上ってきてしまったことが、U子には少し許せなかった。後輩Kのガイドで30年振りの母校を満喫したU子だったが、ひとつだけ心残りに感じていたのが、この芸大坂。大学時代の4年間、毎日歩いて上り、毎日歩いて下りていた芸大坂を、バスで乗って上るのではなく、あの学生時代の日々と同じように、やはり自力で体感したかった。
「え? ホントに行くの? 宴会間に合わなくなるよ。先バス乗って行っちゃうよ!」
ちょっと呆れた表情でやや冷たい言葉を投げかける仲間たちを尻目に、U子は足早に芸大坂へと歩を進めた。
「私も行きたい!!」
ひときわ元気な声で、Y江が後に続く。
「じゃあ行きますか?」
後輩Kも2人に並んだ。
すかさずY江がU子を気遣う。
「けど大丈夫!?」
「大丈夫だよ。だって毎日上り下りしてたんだから!」
弾んだ声で、U子が答えた。
「変わってないよね、この坂」
弾んだU子の声とは対照的に、後輩Kが淡々とした口調で解説する。
「こっち側に歩道が出来たんですよ。昔はほらそこの右側にある石垣みたいなのの上を歩いてたでしょ」
「そうか~、歩道が出来た分広くなったんだ~!」
変わらずテンションの高いU子。
それよりもなおテンションの高い声で、Y江が続ける。
「あ、この木あったよね!!」
1本だけ坂道にせり出している木を指さして言ったY江の言葉に、半ば上の空で携帯を開きパシャリパシャリと写メを撮り続けるU子。
「…うん、あった、よね…」
と、生返事で答えるU子。
先輩2人の噛み合わないやりとりを見て、後輩Kがカラカラと笑う。そして坂を下りた所で、Kは蘊蓄話をひとつ。
「バスが坂を上るようになった当初、慣れない運転手が、バスを門柱に激突させてしまったという、ちょっとした事故もあったんですよ」
「Sマンション見えるかな?」
せっかくの蘊蓄話よりも、かつて自分の住んでいたマンションが気になっている先輩の態度にめげることなく、Kは遠くを指さしながら言う。
「あれです。あそこに、屋根が煤ボケた緑に見える、あのマンションがそうですよ。たぶんその後オーナーさんが変わったんでしょう、今は別の名前の建物になってます。不動産屋のホームページ見たら、月3万8千円て出てましたよ。ええ、学生だけじゃなくて一般の人も住めるみたいですね」
無理にでも蘊蓄話で押し通そうとガイドする後輩K。
さて戻りましょうかと、一度出た正門を再び入る3人。
「え? どこ? どこの門柱にぶつかったって? あれ? へえ、なるほど段差があって難しそうだもんね!!」
Y江のワンテンポもツーテンポも遅れた相変わらずの反応に、軽いめまいを感じる後輩K。
改めて3人で坂を上り始めたところで、背中越しに広がる鮮やかな夕景にふと気付く。振り返り立ち止まって真っ赤な夕陽を写メに収めようと、U子がまた携帯を開いた。
「あのクレーン、ちょっと邪魔だよね」
工事現場と思しき場所にあるクレーン車のアームが、丁度PLの塔に迫るようなシルエットに見える。
「うん、やっぱりあの木あったよ!!」
「うんうん、あったあった。私も確かあったと思うよ!」
相変わらず坂道にはみ出した1本の木にこだわるY江と、写メを撮りまくりながら歩くU子とのやり取りが、やはりどことなく噛み合わない。
「最近のオープンキャンパスで見学に来た子の中には『あんな坂嫌だ』とか何とか言って、受験しに来ない高校生もいるらしいですよ」
と、後輩Kがまた蘊蓄を垂れる。
「そんなに大した坂じゃないじゃない! 全然しんどくなかったよ!」
U子の言葉に3人で頷きながら芸大坂を上りきり、すぐバス停に向かうと「先行っちゃうよ」って言っていた他の4人が待っていてくれた。
「ごめんね、有り難う!」
「どうだった? 満足? 納得した?」
そんな言葉と笑顔を交わしながら、満員のバスに飛び乗る7人。早速、車内の吊皮や手すりに必死にしがみつく7人。
後輩である若い現役学生らに混じって、50を過ぎた6人のオバサンと1人のオジサンとそれぞれの思い出を乗せたスクールバスは、滑るように芸大坂を駆け下り「南河内芸大前」と記された交差点を大きく右折した後、一路、喜志駅を目指しそのスピードを上げていった。
(文中の敬称は略させていただきました)
(これは、実際にあった出来事を基に創作した、フィクションです)
U子の虚ろな視線は、既に芸大坂の方向を向いていた。
壁に『南河内芸術大学』という文字の入った11号館の校舎をバックに、同級生の女5人で集合写真を撮った後、スクールバス乗り場から懐かしの学び舎を後にするべく、いざバスに乗り込もうとした時のことであった。
小高い丘の上に建つ大学は、正門を入ってすぐに急な坂道がある。昔の学生たちは坂の下でスクールバスを降りた後、皆自力で歩いてこの坂を上り登校していた。そしてこの坂はいつしか学生の間で「芸大坂」と呼ばれるようになり、芸術を中心に学びいささか運動不足の学生たちにとっての難所であり、また大学の象徴的な場所でもあった。
その思い出深い坂道を、さっきバスに乗ったままいとも簡単に上ってきてしまったことが、U子には少し許せなかった。後輩Kのガイドで30年振りの母校を満喫したU子だったが、ひとつだけ心残りに感じていたのが、この芸大坂。大学時代の4年間、毎日歩いて上り、毎日歩いて下りていた芸大坂を、バスで乗って上るのではなく、あの学生時代の日々と同じように、やはり自力で体感したかった。
「え? ホントに行くの? 宴会間に合わなくなるよ。先バス乗って行っちゃうよ!」
ちょっと呆れた表情でやや冷たい言葉を投げかける仲間たちを尻目に、U子は足早に芸大坂へと歩を進めた。
「私も行きたい!!」
ひときわ元気な声で、Y江が後に続く。
「じゃあ行きますか?」
後輩Kも2人に並んだ。
すかさずY江がU子を気遣う。
「けど大丈夫!?」
「大丈夫だよ。だって毎日上り下りしてたんだから!」
弾んだ声で、U子が答えた。
「変わってないよね、この坂」
弾んだU子の声とは対照的に、後輩Kが淡々とした口調で解説する。
「こっち側に歩道が出来たんですよ。昔はほらそこの右側にある石垣みたいなのの上を歩いてたでしょ」
「そうか~、歩道が出来た分広くなったんだ~!」
変わらずテンションの高いU子。
それよりもなおテンションの高い声で、Y江が続ける。
「あ、この木あったよね!!」
1本だけ坂道にせり出している木を指さして言ったY江の言葉に、半ば上の空で携帯を開きパシャリパシャリと写メを撮り続けるU子。
「…うん、あった、よね…」
と、生返事で答えるU子。
先輩2人の噛み合わないやりとりを見て、後輩Kがカラカラと笑う。そして坂を下りた所で、Kは蘊蓄話をひとつ。
「バスが坂を上るようになった当初、慣れない運転手が、バスを門柱に激突させてしまったという、ちょっとした事故もあったんですよ」
「Sマンション見えるかな?」
せっかくの蘊蓄話よりも、かつて自分の住んでいたマンションが気になっている先輩の態度にめげることなく、Kは遠くを指さしながら言う。
「あれです。あそこに、屋根が煤ボケた緑に見える、あのマンションがそうですよ。たぶんその後オーナーさんが変わったんでしょう、今は別の名前の建物になってます。不動産屋のホームページ見たら、月3万8千円て出てましたよ。ええ、学生だけじゃなくて一般の人も住めるみたいですね」
無理にでも蘊蓄話で押し通そうとガイドする後輩K。
さて戻りましょうかと、一度出た正門を再び入る3人。
「え? どこ? どこの門柱にぶつかったって? あれ? へえ、なるほど段差があって難しそうだもんね!!」
Y江のワンテンポもツーテンポも遅れた相変わらずの反応に、軽いめまいを感じる後輩K。
改めて3人で坂を上り始めたところで、背中越しに広がる鮮やかな夕景にふと気付く。振り返り立ち止まって真っ赤な夕陽を写メに収めようと、U子がまた携帯を開いた。
「あのクレーン、ちょっと邪魔だよね」
工事現場と思しき場所にあるクレーン車のアームが、丁度PLの塔に迫るようなシルエットに見える。
「うん、やっぱりあの木あったよ!!」
「うんうん、あったあった。私も確かあったと思うよ!」
相変わらず坂道にはみ出した1本の木にこだわるY江と、写メを撮りまくりながら歩くU子とのやり取りが、やはりどことなく噛み合わない。
「最近のオープンキャンパスで見学に来た子の中には『あんな坂嫌だ』とか何とか言って、受験しに来ない高校生もいるらしいですよ」
と、後輩Kがまた蘊蓄を垂れる。
「そんなに大した坂じゃないじゃない! 全然しんどくなかったよ!」
U子の言葉に3人で頷きながら芸大坂を上りきり、すぐバス停に向かうと「先行っちゃうよ」って言っていた他の4人が待っていてくれた。
「ごめんね、有り難う!」
「どうだった? 満足? 納得した?」
そんな言葉と笑顔を交わしながら、満員のバスに飛び乗る7人。早速、車内の吊皮や手すりに必死にしがみつく7人。
後輩である若い現役学生らに混じって、50を過ぎた6人のオバサンと1人のオジサンとそれぞれの思い出を乗せたスクールバスは、滑るように芸大坂を駆け下り「南河内芸大前」と記された交差点を大きく右折した後、一路、喜志駅を目指しそのスピードを上げていった。
(文中の敬称は略させていただきました)
(これは、実際にあった出来事を基に創作した、フィクションです)
私、アベラ監督の代役としてトークゲストとして参加致します!!27日は京都で会いましょう! RT @gessekai_eiga 10/27(土)マチヤ映画夜行~ハロウィンオールナイト2~のプログラムが決まりましたのでお知らせします!... fb.me/1DWkpFyYZ
1 件 リツイートされました
【RT希望】10/27(土)19時~翌5時、町家スタジオでマチヤ映画夜行~ハロウィンオールナイト2~を行います!秋の夜長に映画と交流とフードと仮装を楽しみましょう!ご予約はgessekairyokousya@gmail.comまで!詳しくはfacebook.com/machiyaeigayak…
河村宏正さんがリツイート | 10 RT
妻も義母も恐らく「パパのことや」と思うだろう。しかし亡義父は草葉の陰でこう言っているかもしれない。「僕はいつも言うてたんやで!」。お出かけはひと声かけて鍵かけて…。 twitpic.com/b76mqa
29.富田林市内の某医院の待合室。老女の会話より。
「金剛大橋が水に浸かったら、サンプラなんかもう海底やがな!」
比較的災害の被害を受けることが少ない、南大阪を表現したかったのだろう。
石川に架かる金剛大橋近くにあるスーパマーケット「サンプラザ富田林店」は、川の堤防からもなお低い土地、いわゆる「ゼロメートル地帯」にある。故に万が一川が氾濫して洪水になった際は、 なるほど店はどっぷり水に浸かってしまうことが想像される。
それにしても、川の氾濫でいきなり「海底」とは……。
「私な、雷落ちるとこ見てんで! そらもう辺り一面真っ白やがな! PLの花火の最後んとこみたいやったで!」
いかにも富田林のオバアチャンらしい、発想が面白い!
スーパーマーケット「サンプラザ」
http://www.super-sunplaza.com/
「金剛大橋が水に浸かったら、サンプラなんかもう海底やがな!」
比較的災害の被害を受けることが少ない、南大阪を表現したかったのだろう。
石川に架かる金剛大橋近くにあるスーパマーケット「サンプラザ富田林店」は、川の堤防からもなお低い土地、いわゆる「ゼロメートル地帯」にある。故に万が一川が氾濫して洪水になった際は、 なるほど店はどっぷり水に浸かってしまうことが想像される。
それにしても、川の氾濫でいきなり「海底」とは……。
「私な、雷落ちるとこ見てんで! そらもう辺り一面真っ白やがな! PLの花火の最後んとこみたいやったで!」
いかにも富田林のオバアチャンらしい、発想が面白い!
スーパーマーケット「サンプラザ」
http://www.super-sunplaza.com/