近鉄南大阪線&吉野線「橿原神宮前(かしはらじんぐうまえ)」駅。
初めてこの駅を利用したのは、確か昭和50年代半ば以降のこと。河南町の大学に入学し、その後京都にいた家族も羽曳野に引っ越してきた頃、最寄りの「神宮」と呼ばれる大きな神社へ初詣に出かけた。それが橿原神宮であった。
以来、毎年正月には、なるべく橿原神宮へ初詣に行くようにしている。
最初は両親、兄、私の家族4人で出かけていた初詣も、やがて父が死んで、母も高齢で出不精になり、おまけに兄までが数年前から骨折治療中ということで、近年は私一人で参拝することも多くなっていた。
そして昨年、一月一日。朝、役所で入籍を済ませた後、その足で早速、夫婦に成り立ての二人で橿原神宮に参拝した。また今年も何とか、二人で行くことが出来た。
そんな訳でこの駅と言えば、利用目的は初詣以外にはなかったのであるが、昨年夏、眩暈に襲われた際、友人に専門医のいる医院を紹介してもらい、以来通院時も、この駅を利用している。
個人的には、もうそろそろ「初詣の為だけの駅」に戻したいと思っている、今日この頃である。
初めてこの駅を利用したのは、確か昭和50年代半ば以降のこと。河南町の大学に入学し、その後京都にいた家族も羽曳野に引っ越してきた頃、最寄りの「神宮」と呼ばれる大きな神社へ初詣に出かけた。それが橿原神宮であった。
以来、毎年正月には、なるべく橿原神宮へ初詣に行くようにしている。
最初は両親、兄、私の家族4人で出かけていた初詣も、やがて父が死んで、母も高齢で出不精になり、おまけに兄までが数年前から骨折治療中ということで、近年は私一人で参拝することも多くなっていた。
そして昨年、一月一日。朝、役所で入籍を済ませた後、その足で早速、夫婦に成り立ての二人で橿原神宮に参拝した。また今年も何とか、二人で行くことが出来た。
そんな訳でこの駅と言えば、利用目的は初詣以外にはなかったのであるが、昨年夏、眩暈に襲われた際、友人に専門医のいる医院を紹介してもらい、以来通院時も、この駅を利用している。
個人的には、もうそろそろ「初詣の為だけの駅」に戻したいと思っている、今日この頃である。