ネット政変が起きる少し前、直接民主制を可能とするための憲法改正が行われた。
それによりまず、国政単位で直接民主制の制度が確立、現在に至る。
だが、地方議会はそうはいかない。
間接民主制から直接民主制に移行するためには、住民の声を吸い上げ、公正に対処できる機関が必要になるから。
その役割を地方議会と役所が受け持っていたが、国政同様、数々の問題を孕んでいた。
間接民主制の議員は選挙で選ばれる。
そこに問題があった。
選挙に立候補するためには多額の選挙費用を要し、資金を持つ者、若しくは団体に所属していない者は、実質立候補できない。
普通に暮らす庶民には憲法で保障されていながら、はなから立候補の権利すら存在しないのだ。
では立候補できる者は、何故立つのか?そんなに多額の費用をかけてまで。
それはうま味があるから。知意欲、名誉欲を満たせるから。
どんなに高邁な理想を持った者でも、資金を捻出できない者は議員の地位を維持できない。
余程の資産家であるか、潤沢な資金を持つ政治団体に所属し頭角を現さなければ、立候補できないのだ。
政変以前の令和5年頃、政治家の派閥パーティー券問題が明るみになり政権を揺るがす大問題になったが、そもそも資金を集める事が出来ない者は、議員でいられない。
そう云う背景の中でどうやって理想を燃やし、議員として生きてゆけと云うのか?
一定の政党に属し組織の論理に縛られる者に、本来なら議員個人が持っている筈の固有の理想や信念を貫ける仕組みが、一体何処にあるのだろう?
そんなものはどこにも無い。
所属組織や政党の論理、それらを超えた議会全体の論理が総て。
見えない束縛が存在する閉鎖社会でしかない。
また、それらを助長するのが政府官僚や、地方の役所を牛耳る高位役人たち。
何処の行政機関もタブーの政治的問題を多数抱えている。
それらの問題を議会が改善しようとしても、軋轢を生むだけ。
そもそも国会や地方議会、国の機関である省庁や地方の役所はズブズブの関係にあり、特に地方議会はそのものが自治体の一機関に過ぎないのだから、どうしたって限界がある。
もし理想に燃えた議員が当選したとしても、タブーに触れた途端、議会組織または役所の行政組織に潰される。
議員として生き残るには組織の論理に妥協し従順になるか、さもなくば議員を辞めるしかない。
つまり現在の議員たちは、総てそうした世界の中で生き残る、汚れた存在なのである。
だからネット政変以前の旧社会では、私利私欲に溺れプライドの高いロクデナシしか議員を目指さないし集まってこなかった。
特に国政に於いては、こうしたロクでもない議員や高官が国を危うくし、国民を苦しめる結果を招いてきたのをこの国に生きる全ての者たちは目撃し、体験してきた。
その反省と怒りからネット政変は起こり、国政改革が行われた。
但しその制度改革が地方行政にまで及んでいるのか?と云うと それはまだ途上にあり、否としか言えない。
現状、直接民主制を構築出来ているのは、都道府県議会で全自治体の約半分、市町村議会では政令指定都市のみである。
残りは過疎などの人口減少や、組織規模自体が小さく、直接民主制を支える人的基盤が無い。
故に未だ地方では間接民主制が健在であり、土地の有力者が幅を利かせ、特権が維持されている現状は否めなかった。
早急に組織統合やAIを活用した意見集約システムを構築し、直接民主制を推進しなければならないが、そこでも旧体制派が改革の動きを阻み、力を維持しつつ改革を阻害してきた。
自分達の利権や特権を、みすみす手放すバカはいない。
彼らも必死なのだ。
人材が不足し、立候補者を定数ギリギリまでしか集める事が出来ない地方議会では、選挙を行わない無投票当選が散見するが、これは有権者にとって自殺行為に等しい。
選挙を行わず、総ての議員が決まると云う事は、議会は誰も有権者の投票による支持を得ていないと云う事。
つまり議員としての資格・根拠が無いのに、条例などの立法や行政に権限を手にしていると云う事になる。
確かに定数立候補の場合、選挙を行わず議員を決める事は法で定められている。
だがそれは、選ばれた者しか実質的に立候補できない仕組みが醸造されているからである。
例えば立候補者が定数なので、このままでは候補者全員が無投票当選となる場合、一般人であるあなたは、異を唱え立候補しますか?できますか?
どんなに不満を持っていても、自分個人に力が無ければ支持基盤も供託金も出せないのだ。
更にそうした閉じた社会に居る議員や高官は、その地位に長くいると、権益が一致する特権階級同士癒着し必ず腐敗する。
だから同じ地位に長くいてはいけない。
その地位にうま味を持たせてはいけないのだ。
この国の国や地方選挙における投票率は、非常に低い。
選挙に関心が無い。
投票しようと思う候補者がいない
政治なんて難しくて分からない。
どうせ自分の一票なんて、何の影響も持たない無力な権利だと思う。
投票に行くのが面倒くさい。家の中でゲームしたり、のんびりテレビを見ていたい。
今日は雨(雪や嵐、風が強い)だから外に出たくない。
それ等が投票を棄権する主な要因である。
その結果この国をここまで落ちぶらせたのは、汚れた議員に投票した者たちと、投票すら棄権する無関心層に責任があると言える。
だから自ら積極的に政治に参加する事が罪滅ぼしになり、国勢復活に繋がる。
その事に気づいた者たちが決起し、ネット政府を立ちあげた。
自分達の希望や意見を直接訴え、政治に参画する。
それこそが今考えられる最良の方法ではないのか?
そこで直接民主制に移行し、一般庶民が地方政治に参画するとはどういう事か?見てみたい。
それは市民(都道府県民)が、直接要望や意見を上奏するのが一般的な方法である。
具体例
最低賃金を上げろ
保育所を増やせ
道路・橋梁を補修、若しくは新たに建設しろ
年金から税金を取るな
PTA会費を公費から補填しろ
進学助成金をもっと充実させろ
(雪国などでは)除雪対策を徹底し、更にロードヒーティングを広く普及させろ
水素燃料を使用して運転費用を抑えろ
など。
だが、それらの意見・要望を叶えるには財源が必要。
増税せずに歳入を増やすには、どうする?
広く案や意見を求め、積極的に検討、採用する。
政治参画とはそう云う事。
でも外交や経済の舵取りは、高度な判断を要求される別の話なんじゃないのかな?
実は経済動向の判断は経済専門家やAIの見解を参考にできるし、外交はもっと簡単。国益を考えたら、やることは自ずと決まる。
国際社会で平和共存と協調を図るなら、独善的であってはならない。
隣の国みたいに自分の利益のみを追求し、他国を踏みつけにする行為は信用を失い、恨みを買う。
人の欲求とは、平和で豊かな生活を継続させ、将来に於いても保障する事。
それは国を問わず、何人にも共通する願いである。
だとしたら対策も明快なはず。
だから旧政界に巣食う魔界の主のような明晰な頭脳は、敢えて要らない。
権謀術数や派閥の統率術などを弄する必要はない。
必要なのは社会常識とモラル、責任感と正直さ。人間としての良心。途中で投げ出さない強い意思。
能力としては、中高程度の学力(赤点ギリギリの平助の成績でも可)。
それだけあれば十分理想的な人材なのだ。
つまり平均的庶民で、不必要なトラブルメーカーでなければ誰でも適任と云える。
だから会社勤めで可もなく不可もなく勤めてこられた平助などがそれに当たる。
誰でもできる!情熱さえあれば!
だからそれら(国民の要求)を実現するために行動する事が本来の政治であって、小狡い輩が無駄に難解にしてきたこれまでの政治は【まがい物】に過ぎない。
その事に気づいた国民が政治意識に目覚め、ネット政変の原動力になった。
『誰にでもできる政府、誰にでもできる役職』それが見えないスローガンとなって今がある。
そんな最中、平助たち一行が前話(第27話)で記述のアニメテーマパーク候補地視察と銘打って、現地の温泉旅行に赴いた。
当然受け入れ側の自治体は慌てて応対しようとする。
だが、この旅行は公務とは言えない。
あくまで視察と銘打っただけの私的旅行だから。
だが県もそれぞれの市もそんな事を知ってか知らずか、表敬訪問を受けるものと期待し、問い合わせてくる。
一国の首相が訪れるのだから仕方ない反応ではあるが、首相と云っても以前のような強い権限はないし、その地位も只の一年限りの役職に過ぎない。
だから私的な旅行なのに歓待を受けるのは筋違いであり、色々と誤解を招くようなアクションをされるのは、返って迷惑であった。
でもそれが内閣総理大臣であり、内閣官房長官や財務省主計局長なのだ。
今まで経験してきた執務上の公務とは違う、利権の絡む場所での私的旅行は誤解を避けるためにも慎まなければならない。
平助一行はこの時、立場を考えない軽率な行動であったと強く反省した。
だけど・・・、とても楽しかったぁ。
四角関係の微妙な空気が流れたが。
旅行から帰ってきても、エリカの平助に対する対応が気になる。
平助は相変わらず鼻の下を伸ばしたままだし、カエデはエリカをライバルとしてけん制しながらも、自らは政治の世界に深く関与するようになってきた。
と云っても余計な口出しをするのではない。
あくまでカエデは平助のご意見番なのだから表にシャシャリ出るのではなく、
平助を支える姿勢に徹する事にしたのだ。
午前中は鯖江に学び、午後は首相官邸で積極的に雑用を受け持つ。
そうしているうちに自然と政治の動向をカエデなりに見定め、自分なりの考えを持つようになってきた。
元々賢いカエデ。恋の確執と平行しながら財務省庁や官邸で経験値を積み上げ、首相のサポート役として大いにその能力を発揮するようになる。
「なぁカエデ、お前最近ドッシリしてきたな。
存在感が増してきたように感じるぞ。
何で?」
「私をお前って言うな!
それにドッシリ?存在感?私がデブになったっていうつもり?失礼な!!」
「いや、デブなんて言ってないし。
何だか言葉に重みが出てきて、説得力が増してきたんじゃないか?って言いたいんだよ。」
「そりゃ、有能で美人の私だもの。当ったり前でしょ!
今頃私の素晴らしさに気づいたの?だから平助は鈍感だって云うのよ。
私に感謝しなさいよ。
もうすぐ私の誕生日なんだから、心のこもったプレゼントを期待するからね。」
「アッ!そうか!!もうすぐカエデの誕生日だったな。
いくつになるんだっけ?
35?40?」
いきなり後頭部を思い切りシバかれる平助。
「誰が35よ!40よ!平助の同級生ってことは同い年でしょ!
ワザとボケて怒りを買ってんじゃないよ!
それに、本当に私の誕生日を忘れていたんじゃないの?
白状しなさい!バカ‼!」
「ちゃんと覚えていたさ!忘れる訳ないジャン!」
「どうだか・・・。最近平助はエリカさんの事が気になるようだし。
鼻の下を伸ばしちゃって、みっとも無いったらありゃしない。」
微かに狼狽える平助。
「ぼっ、僕が秘書のエリカを気にしてるって?そんな訳ないだろ!
彼女とは仕事以外の付き合いはないし。鼻の下も伸ばして無いし。
生まれつきこんな顔だし。」
ジトーとした目で覗き込むカエデ。
「怪しいなぁ~!なんか怪しい!でもいいわ、許してあげる。
だから誕生日プレゼントは心のこもった豪華なものにしてね。」
「別にカエデに許してもらう筋合いはないし。
それに僕は貧乏だから、安物しか買えないし。」
本当はカエデにとって平助から貰えるプレゼントは、どんなものでも良かった。
小学校の時から毎年くれるプレゼントを、宝物のように大切にしていた。
どんな安物でも、カエデにとって世界一のダイヤモンドより価値があるから。
例え大昔に貰ったオモチャのビーズ一個でさえも。
つづく