今日はカエデの誕生日。
朝から軽快な出立のカエデは、リュックを背負い『蓬莱軒』の店舗前に現れた。
そこは通い慣れた平助のアパート。
もうそこには平助が待っている。
「やあ、カエデ。おはよう。今日は澄み渡った青空でよかったな。」
「おはよう、平助。こんな格好で来いと云うから来たけど、動きやすい格好と、よそ行きの服って何?」
「お!スニーカーだね。よそ行きのヒールはリュックの中かい?」
「そうよ、この中は服と靴だけ。
着替えを用意して、何処に連れてってくれるの?」
「それはね・・・。ジャン!!」
とアパートの側面の壁を指さした。
そこには自転車が立てかけてある。平助はその自転車を押してきて、カエデの前に停めた。
「へぇ~二人乗り自転車ジャン!面白~い!これどうしたの?拾ってきたの?」
「誰が拾ってくるんじゃい!それに何処に落ちてるんじゃい!ボクを何だと思ってる?天下の内閣総理大臣 竹藪平助様だぞ!どこぞから拾ってくる訳なかろうが!
この自転車はね、カエデとふたりで乗るためにワザワザ買ったんだよ。特注だぞ!二人乗りだぞ!凄いべ!!」
「へぇ~、天下の内閣総理大臣 竹藪平助様ねぇ~。肩書と中身が不一致なのは何でだろう?(平助の「ほっとけ!」の声)
その自転車、特注?珍しいね。二人乗り自転車なんて実物は初めて見た!結構大きいんだ!凄~い!」
「凄いだろ?僕の友達の加藤が勤める自転車販売会社に頼んで、特別に作って貰ったんだ。
世界にこれ一台しかないんだぞ。」
「世界にこれ一台?ただの「二人乗りママチャリ」ジャン?
それにこの自転車に私も乗るの?私、疲れるから乗りたくな~い。こぎたくな~い。」
「出たよ!【我儘怪人カエデ】!」
「何よ!誰が【我儘怪人カエデ】よ!何、勝手に変なあだ名付けて!どうせつけるなら、【世紀の美女カエデ女王様】とお呼び!」
「そんな世界一似つかわしくないあだ名、誰がつけるか!・・・ってそうじゃなくて、この自転車、よく見ろ!電動自転車だよ。漕がなくても良いんだよ。」
(2025年以降、法規改正で電動アシストをパワーアップした、フル電動自転車の走行が許されている。ただし免許は要らないが、走行速度は普通の自転車並みの低速に抑えられていた。)
「ほら、自転車用ヘルメットも二つ用意したし。
これで10km(ホントはもっと長距離)ほど走ってベイエリアの公園に立ち寄ったり、予約したホテルでディナーだ。な、良いだろ?」
「へぇ~、平助にしては気が利くじゃん?どこでそんな知恵をつけたの?
日頃ボ~っとして何も考えていないくせに、よく思いついたね。」
「人を痴呆みたいに言うな!これでも何日も時間をかけて考えたんだぞ。な、偉いだろ?」
「そうね、今日ばかりは褒めてあげる。平助は免許持っていないし、電車やバスじゃぁ、こんな気持ちのいい日なのに勿体ないし、電車やバスの車内で他人と一緒じゃ落ち着かないもんね。」
「そうだろ?じゃぁ決まりだ!ボクが前に乗って運転するから、カエデは後ろな。」
「嫌ョ、せっかくの二人乗りなんだから、私が前で平助が後ろよ!」
「運転大丈夫か?交通量が多い道を通るんだから、気をつけないと。」
「その時は平助に代わって貰うわ。じゃあ出発進行~ォ!」
「平助ェ~、長く乗ってるとお尻が痛いんだけど。」
「そりゃそうだろ、自転車のサドルは固いんだから。僕が毎日官邸までママチャリで通っている辛さが分かったかい?
もう少し行ったら適当な店で休憩しよう。ゆっくりのんびり行けばいいさ。目的地に着くのは夕方で良いし。」
そうしてマックやらスタバを見つける度に休憩するふたり。
「傍からみたら珍道中だよな」なんて言いながら、お気楽に旅を楽しんでいた。
しかし自転車に乗っているのはふたりだけではなかった。
少し離れてSPの杉本が追尾している。
「あれぇ~杉本さんじゃない!なに私たちに隠れて尾行してるのよ?アナタ、そんなに暇なの?」
「んな訳ないだろう!護衛だよ!護衛!!一国の首相が自転車に乗って一般道を走行するのに、護衛無しなんて有り得ないから。」
「ふ~ん、たったひとりで護衛ねぇ~。」
「カエデは知らないのかもしれないけど、杉本さんは凄い人なんだぞ。以前、別の要人の護衛対象が暴漢に襲われた時、たったひとりで十人も制圧した実績があるんだから。
今回だって僕は一応護衛を断っているんだけど、こっちはプライベートでも、公人の護衛はSPの任務なんだって。
それに傍にいるのは杉本さんひとりでも、追尾システムで僕たちの位置情報は常にSP本部に送られていて、緊急時の対応に備えているそうだよ。」
「そうなんだ。お疲れ様、大変ね。」
「そういう訳だから目障りだと思うけど、察してください。」
「目障りだななんて、とんでもない!!むしろ申し訳ないと思っているわ。
ありがとうございます。こんな私たちのために。」
そんな事もあって、ふたりから少し離れて杉本のチャリもついてきた。
夕方一行はベイホテルに到着。着替えて最上階ラウンジに登る。
そこは雰囲気満点のレストランであった。
「素敵な場所!ねぇ平助、こんな所を予約してくれたの?嬉しいわ、ありがとう!」と抱きつかんばかりのカエデ。
しかし視線をレストランの中に戻すと、何やら見知った人影が。
「あれ~?田之上さんとエリカさん?どうしてここに?」
「もちろんお目付け役よ。本来のお目付け役はカエデさんなのに、ミイラ取りがミイラになっちゃったらダメでしょ!だから私と田之上さんが臨時で買って出たの。」
「あら、そうなの。」(この人、まだ平助の事諦めていないのかしら?)と思うカエデ。
「実はミイラ取りがミイラになっちゃって、そのミイラ取りが更にミイラになっちゃいましてね。」
と、田之上。
「????」
「だから、僕とエリカさんは今日から交際する事にしたんです。テヘッ!」
「テヘッ!って・・・、ミイラ取りがミイラになっちゃって、そのミイラ取りが更にミイラに?
ややこしくて何言ってんのか分からないんですけど。
要するにお二人さんは付き合っているって事ね?」
「そうなんです。デヘヘ。」
「何でそうなったのか、詳しい経緯が知りたいんですけど。」
「僕も良く分からないんです。エリカさん、何か心境の変化でもあったんですかね?」
「アンタも知らんのかい!!」と呆れる平助。
「私ねぇ、昨日の平助さんとカエデさんを見ていたら、無性に羨ましくなったの。
お二人はいつも喧嘩ばかりしているのに、他人が中に入れないような独自の世界を持ってるって思うの。私もそんな相手が欲しいなって。
そしたら、直ぐ隣に田之上さんがいるじゃない。
髪形は角刈りだけど、よく見たら背が高く男前だし。見た目より優しいし、誠実そうだし。
だからこの人でいいかって。」
「この人でいいかって・・・。まあ良いわ。エリカさんにそう思ってもらえるだけでもめっけもんだし。 ありがとう、エリカさん。」
こちらも二人の世界に入っていく・・・。
こうして同じフロアの隣同士のテーブルに、首相と官房長官のカップル、プラス、テーブルとテーブルの間に立つSP。プライベートなハズなのに、物々しく珍妙な光景が見られた。
やがて料理が運ばれ、頃合いを見計らった平助が「フゥ~!」と深呼吸し、ポケットからおもむろに小箱を取り出しカエデの前に差し出す。
箱のふたを開けるとそこには指輪が。
「カエデ・・・、カエデさん、僕とケ、ケ、結婚してください。」
柄にもなく平助の手と声が、緊張で震えている。
少しの沈黙のあと、
「ヤダ!」
「へ?ダメなの?」
その場に緊張が走る。
つづく