「・・・・僕とは結婚したくないの?
ゴメン、カエデならウンって言ってくれると思った。」
「違うの。そうじゃないの。
平助と結婚したいとか、したくないとかじゃなく、今私にはやりたい事が見つかったの。」
「やりたい事?」
「そう、やりたい事。
平助の任期はあと少しで終わるジャン?
私はこの間、平助やエリカさんや田之上さんたち、皆をみてきたわ。とても勉強になった。
私の知らなかった事がいっぱいあって、それを皆でクリアしてきたのを目撃してきたの。
私は(お目付け役としての)職務上、蚊帳の外だったけど直ぐ近くにいたわ。
皆の奮闘する姿を見られて幸運だった。
でもこの一年近くの任期では、やり残した事がいっぱいあったでしょ?
私はそれを引き継ぎたくなったの。」
「僕のやり残した事?」
「そう、やり残した事よ。
現役で働く人たちの減税や職場環境改善や、低所得者へのセーフティーネットとか、子供食堂の充実や、会社の環境整備だってまだ手付かずの部分があるでしょ?
少子化問題だって残念だけど、何も解決してないわ。
子供の進学だってそう。平助も私も大学を出ていないわ。
頭が悪いからじゃない、家庭の事情で進学を諦めたじゃない?
(平助は思った。自分は高校時代赤点ばかりだったからなんだけど。って)
あ、平助、今自分の過去の成績を思い出した?
でもね、平助はこの一年近く、今まで誰もやった事の無い偉業をやってのけたのよ。
ひと昔前まで政治は一流大学出身者ばかりが占めていたのに、何もせず何もできないで国を傾かせたじゃない。
なのに平助はやったのよ。
あなたは馬鹿で助平だけど、みっともないし、セコいし、小心者だけど、自分に課せられた責務を立派にやり遂げてきたわ。
それは誇るべきだし、平助には大学で学ぶ能力と資格があったはずよ。」
「ドサクサに紛れて随分ディスってくれたな。失敬な!!
でも、自分は兎も角、カエデは確かに大学に行くべきだと思っていたよ。
いや、今でもそう思ってる。
だからカエデが言うように、大学に行きたい者、行ける能力のある者、将来何がしたいか明確な目標を持つ者は経済的事情に関わらず、大学に行くべきだね。
そういう人たちが進学できるように、国が環境をもっと整備すべきだよ。」
「そう、そうすべきだわ!でも今の平助の代ではまだ財政が追いつかなくて、そこまで充分に手が回らなかった。
だけど、私が次を目指す頃は、早くて研修を終えた2年後になるでしょ?
2年有ったら財政も大分潤って、楽になっている筈よ。
日本近海の資源開発も順調だし、水素燃料の活用も上手くいってるし。
歳入が増えたらできる事も増えると思うの。だからその時には私がこの手で実現してみたいのよ。
頑張っているおとなや子供達の喜ぶ姿を見て見たい。この気持ち分かる?平助なら分かるでしょ?」
「そうだね、気持ち分るよ。
ただカエデがそんな事思っていたなんて、とっても驚いたよ。
カエデはいつも、僕の世話を焼きながら干渉するだけに興味があると思ってた。」
「人を何だと思ってるの?私は美人で有能なカエデ様よ!見くびらないで!」
「ゴメン!怒った顔が大魔神のカエデ様!」
(すかさずカエデの鋭いスマッシュの鉄拳が、平助の前頭葉にヒットする。)
「平助はまだ反省が足りていないようね。容赦ない神罰が下るわよ!」
「イテテ!やった後に言うな!手遅れだろ?」平助の反応にお構いなく、
「それにね、まだ平助には他にもやり残した事はあるわ。
とても重要な事よ。」
「何だよ、それ?」
「戦争よ。」
「戦争?」
「そう、戦争。世界ではまだまだ争いや憎しみが消えていないわ。
ウクライナやパレスチナだって燻り続けているでしょ?
もう何年も経つのに、未だに終わらないなんて不幸よ。
それって日本に関わりのない事なの?違うでしょ?
ロシアじゃせっかくプー〇ンが病死したのに、後継が懲りもせず戦争を継続しているわ。救いようの無い人たちよね。
アメリカもヨーロッパも、ロシアの侵略を本気で止める気がないみたい。
私はとても見ていられない。そうでしょ?
それにイスラエルとパレスチナだって、日本はどちらとも友好関係を保っているわよね?だったら私たちは自分にできる努力をもっとすべきよ!そう思わない?」
「そうだね。僕もそう思うよ。
だけどサ、その問題と僕たちの結婚と、どう関わるの?
カエデが政治を目指すのは良いとして、それは僕たちが結婚してもできる事でしょ?」
「だって平助は、私が身の回りの面倒を見ないと何もできないじゃない?
私が平助の面倒を見ていたら、政治に全力で取り組めないし。
そうじゃない?」
「なぁ~んだ、そんな事か!
カエデ!ボクはもう大人だよ。自分の身の回りくらい、自分でできるさ。」
「出来ていないから私が見てきたんじゃない?
平助は自分の事、良く分かっていないのよ。」
「大丈夫だよ。その時は自分の事は責任を持って自分でやるサ。
それより僕がカエデの足手まといになる方が問題だよ。
カエデにその気があるなら、僕は全力で応援するからやりたい事を諦めないでくれる?」
二人の遣り取りを固唾を呑んで聞いていたエリカと田之上は、その時思った。
自分達も応援したいと。
「そうよね。平助総理は見た目は頼りないけど、追い込まれた時に底力を発揮するタイプみたいだし、自立した生活も多分大丈夫だと思うよ。
カエデさんが自分の道を見つけたなら、自分を信じて進むべきだわ。
平助総理を今まで支えてこれたあなたなら分かるはず。
悔しいけれどあなた達ふたりは、大切な所で繋がっているのね。
だからきっとこれからも上手くやってゆけるでしょう。頑張って!あなたがそう決めたなら私は全力で応援するわ。」
とエリカ。
「そうだよ、僕もそう思う。板倉さんも言ってたけど、平助総理はヤッパリボクの見立て通り、火事場で馬鹿力を発揮する男だって。
そんな平助総理をずっと支えてきたカエデさんは、ヤッパリ人を見る目があるよ。
それにしても、最初の頃はオイオイ泣きながら板倉さんのスパルタに何とか付いてきてたけど、よく頑張ったよね、平助さんは。」と田之上。
「おいおい、誰がオイオイ泣いていた?実際あれは泣くほど辛かったけど、それは(田之上)憲治君も同じだろ?ただし僕は一度も泣いてないし。
それに頑張ったのは僕より憲治君の方じゃない。
この一年近く官房長官として、よく内閣を取りまとめてくれたよ。あらゆる問題をテキパキ処理してくれたのは憲治君じゃないか。だから僕たちはこれまでやってこれたんだよ。
僕はいつも感謝している。」
「平助君も憲治さんもよく頑張ったよ。私はそう思う。
ふたりを見ていると、何だか私もカエデさんと同じ気持ちになったもの。
何ていうか・・・、胸が熱くなってきて、ジッとしているのがもどかしく感じるわ。
私は秘書という立場でこの一年近くやってきたけど、ホントは少し後悔しているの。
私にはもっとたくさんできる事があったんじゃないか?って。
もっと自分から積極的に関われば、やれることがあったハズじゃないか?って。
正直、不完全燃焼よ。
私の任期もあと僅かで残念だけど、望んでも継続してこの仕事はできないわ。任期一年って決まりですものね。
でも次の人たちの応援はできると思うの。アドバイスやお手伝いはできる筈よ。
もしカエデさんが総理大臣や他の担当を目指すなら、私も応援するわ。
カエデさんの気持ちがよく分るもの。
そして私も何年後になってもまた総理を目指してみたい。
カエデさんの後を追ってね。だって今になってやりたい事がドンドン思い浮かぶもの。」
「ありがとう、エリカさん。
今の制度では立候補してなれるものではないけれど、挑戦はしてみても良いと思う。
最終的には選考委員会とネットアンケートが決める訳だし。
そうでしょ?平助。」
「そうだね。今度、板倉さんに相談してみるよ。カエデは僕のお目付け役ではあったけど、政府の職に就いていた訳じゃないしね。一年の縛りには当て嵌まらないだろう。
きっと何か道が開けると思うし。」
「ありがとう!平助。頼りにしているわ。」
「だから、結婚してくれるね?」
「それはどうかしら?これから次第ね。」
「カエデぇ~」
こうして竹藪平助内閣の第四世代は、恙なく任期を終える事ができた。
おわり