おせんタヌキがお地蔵さまの横で化けるようになって数か月。
里の村人の間ではすっかり有名なスポットとなった。
と云っても一日中24時間化けっぱなしという訳ではない。
村人がお供えを持ってくる時間帯だけ、チャッカリ成り済ますのがおせんタヌキ。
もちろんおせんタヌキだって一日中暇な訳ではなく、都合と云うものがあるのだ。
おミヨちゃんやお米ばあちゃんや与助のオヤジも、相変わらずお供物を供え続けている。
その決まった時間帯になると、好奇心に駆られた暇な村人がワザワザ物陰に隠れ、おせんタヌキが化ける様子や、元に戻りお供えの供物を持ち去る様子を見物する。
時には大胆にも素知らぬ振りをして、おミヨちゃんが供えるタイミングでただの通行人を装い横切りながら様子を盗み見る者までいた。
だって二体あるお地蔵さまのうち、おせんタヌキが化けたお地蔵さまは如何にも滑稽で可愛く、いつ見ても飽きないSHOWのようなものだったから。
おせんタヌキが化けたお地蔵さまは本物そっくりで一目見ただけでは見分けがつかないが、何処となく愛らしい。
一方本物は慈愛に満ちたお顔立ちで、その辺がチョットだけ違うんだなぁ。
そんな見分けの違いはともかく、村人たちは知らない。
タヌキの変身の術は、非常に気力と体力を消費する難行だと云う事を。
おせんタヌキは毎回お地蔵さまに変身する度に、身を削ってまでお供物をせしめているのだ。
何故そこまでして変身する?
それはもちろん村人が作ったお供物が欲しいから。
いつも木の実や川魚や野ネズミばかりでは、食の楽しみがない。
タヌキの世界では調理という概念がないから、総て生食。そればかりでは確かに飽きるし、あまり美味しくない。
それともうひとつ理由がある。
それはおせんタヌキがお里やお地蔵さまや村人たちが好きだから。
お里では村人たちが汗水流してよく働き、活気がある。
村人総出で田植え歌を歌いながら屈んで作業する田植え作業や、頻繁にやる草取りの様子、俵や藁を満載した荷車を右に左に押して行き交う男たち。
川でおしゃべりをしながら楽しそうに洗濯する女たち。
ハタを織る音や食事の時間になると一斉に調理の煙が立ち込める家々など、それらはタヌキの集落とは全く異質な世界であり、毎日通っても飽きないどころか驚きと興奮で観察できる楽しい場所である。
変身を解いてお供物を頂いた後は、日が暮れるまでお里の巡回をする日があるほど、村人たちが好きなのかもしれない。
おせんタヌキにとって、仲間がいるタヌキの集落より、お里で過ごす方が心地よさそうだ。
でもあまり人間のお里に入り浸る事を、権蔵タヌキはこころよく思っていない。
何故なら里の村人たちは気の良い人たちばかりだが、よその村から来る者たちが総て善人とは限らないから。
万が一のことを考えると、あまり人間界に深く関り過ぎて欲しくない。
権蔵タヌキは早くから親が居ない おせんタヌキの保護者のつもりで接しており、時には父親、時には兄のように世話を焼く。
おせんタヌキがお里に入り浸ったのは、もとはと云えば自分がお里のお地蔵さまからおにぎりを貰い、おせんタヌキに与えたことがキッカケなのに。
だからお里に行ってはダメだと強くは言えず、折に触れまだまだ幼い おせんタヌキが危険に巻き込まれないよう、お里での行動を監視した。
そんな権蔵タヌキの心配をよそに、相変わらずおせんタヌキがお地蔵さまの近くを徘徊していると、時折おミヨちゃんが慎太郎と言葉を交わす場面に出くわす。
若い二人はぎこちない。
「慎太郎さん、今日は田んぼの作業はお休み?」
モジモジしながら少しの間を置き、やっとのことで話かけるおミヨちゃん。
「・・・ああ、この時期は作業がひと段落したので、今日はこれからウナギ釣りにでも行こうかな?って思ってるんだ。」
「まぁ!ウナギ?たくさん釣れると良いわね。」
「もしも大漁だったらおミヨちゃんにもお裾分けするよ。期待して待っていて。
・・・って大口叩けないかな?ボクは釣りが下手だから。やっぱり期待しないで待っていてね。」
「あら、私は期待するわ。だってここはお地蔵さまの前よ。慎太郎さんがお裾分けしてくれたら、お地蔵さまにもお供えしたいし。」
「でもお地蔵さまに殺生した食べ物をお供えするのは、あまり良くないんじゃないかな?」
「それもそうね。でも供えるのはお地蔵さまだけではないわ。時にはもうひとり可愛いお地蔵さまも現れるから、美味しいものを食べていただきたいの。だから・・・ね。」
そう言ってどこかに潜んでいるかもしれない子ダヌキの存在を仄めかし、目配せした。
「そういう事か。分かった!それじゃぁ精々頑張ってみるよ。」
そう言って颯爽と出かける慎太郎。
笑顔で手を振るおミヨちゃん。
おせんタヌキは慎太郎の大漁を心一杯願いながら、帰りを待つことにした。
一刻以上待っただろうか。
手提げ網いっぱいのウナギを引っ提げ、慎太郎が凱旋する。
お地蔵さまの前まで来ると、おミヨちゃんの家はすぐそこ。
家の前で落ち葉を掃き集め焚火をしようとしているおミヨちゃんを見つけると、慎太郎は駆け出し「おーい!おミヨちゃ~ん!」と呼ぶ。
「ほら、見て!!えへん!今日は大漁だったよ!」紅潮した顔で自慢げに釣果を披露した。
「あら、凄いわね~!慎太郎さん、エライ!」
「少しでも早く見せたくて、走ってきてしまったよ。これは少しだけどお裾分け。」
と腰に下げていた丸いカゴに数尾のウナギを入れ差し出した。
「まぁ、ありがとう!遠慮なくいただくわ。これで可愛いお地蔵さまも喜んでくれるでしょう。今夜の晩御飯はウナギの塩焼きね。」
遠くでそれを聞き、飛び上がらんばかりに喜んだ おせんタヌキ。
でも本当に喜んだのは、いつもとなりに居る本物のお地蔵さまだった。
お地蔵さまがウナギの塩焼きを食べたいからではない。
お地蔵さまにとっても、おせんタヌキが喜ぶのを見るのが嬉しいのだ。
さすがお地蔵さま。慈しみの心は誰にも負けないようである。
その日の晩は満足げなおせんタヌキがお山のタヌキの集落の中にあって、輪の中心でポンポコ踊りを踊る姿が見られた。
つづく