私は、子供の頃
大人は子供とは違って
ある種の賢さを持っているものと思っていました。
しかし
20歳の頃
大人は必ずしも賢さを持っている訳ではない
ということに気づきました。
今、大人になった自分が、これらのことを振り返ると
このときは、かなり大人を理想化していた
ということを感じます。
今では
思慮深さや叡智などといった賢さは
大人になったから得られる、というものではなく
色々なことを経験し、学び、深めていった結果、育まれる
と思うようになりました。
そして、この種の学びは
いわゆる知識を蓄えるお勉強というものではなく
誰かから強制されるものでなかったり
自分の好きなようにやって構わなかったりします。
その学びは
自らの責任の下に、考え、行動を起こしたり
自ら立てた仮説に対して、実行と検証を行ったり
あるものごとが起きた根本原因を追究したり
といったようなことの、繰り返しによって深まっていくようです。
それは
仕事、技術の習得、人間関係、読書、内省など
日常でのあらゆることから
自分というものを通じて、深めていくものなのかと思います。